宗教研究
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特集号: 宗教研究
95 巻, 2 号
特集:宗教と疫病
選択された号の論文の21件中1~21を表示しています
論文〔特集:宗教と疫病〕
  • 編集委員会
    2021 年 95 巻 2 号 p. 1-2
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー
  • ケニア海岸地方ドゥルマ社会におけるキリスト教、妖術、病い
    岡本 圭史
    2021 年 95 巻 2 号 p. 3-23
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    二〇二〇年三月にWHOがパンデミックと宣言したCOVID-19(Coronavirus Disease 2019)は、世界各地の日常生活に大きな影響を及ぼし続けている。本稿では、アフリカ諸地域の事例を基に、宗教人類学が新興感染症を扱う際の諸問題を検討する。初めに、ケニア、ドゥルマ社会の事例を基に、病いの経験と密接に結び付く妖術や憑依霊の観念へのキリスト教の影響について検討する。特に、憑依霊への悪魔としての性質の付与や、占いを通じた不幸の原因究明の過程の省略という状況に焦点を合わせる。次に、アフリカ諸地域におけるマラリア及びHIV/AIDSと妖術ないしキリスト教の関係について、主に医療人類学における先行研究を基に検討する。発症から治療までの経緯を追跡しやすいマラリアと結びつきにくい妖術言説が、病いの経験を追跡し難いAIDSとはより高い親和性を持つ可能性を指摘する。更に、都市部の病院が妖術言説を賦活する場ともなり得ることを、ドゥルマの事例を基に示す。

  • 宗教的なものの新たな様態
    島薗 進
    2021 年 95 巻 2 号 p. 25-51
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    新型コロナウイルス感染症の世界的流行で多くの犠牲者が出た。犠牲者を看取り、葬儀で送ることもしにくい状況が続いた。ふだんの宗教行事を行うことも慎まざるをえなかった。十分な医療を受けられずに死亡する人や、仕事を続けられずに貧窮に陥る人、自死せざるをえない人も生じた。人類社会を襲う最大級の災害といってよい。東日本大震災では多くの犠牲者をともに慰霊・追悼する、あるいはともに偲ぶ機会が少なくなかったが、新型コロナウイルス感染症では、日本ではその機会が乏しい。世界的には政治的な動機をも含めて、さまざまな形で犠牲者を偲ぶ行事も行われた。他方、伝統的な宗教的応答とは異なり、苦しむ人をケアする行為や仕事の意義が見直された。理不尽な苦難に対してケアする行為で応答する人々への感謝・リスペクトにある種の宗教的意義を見てもよいだろう。

  • 西村 明
    2021 年 95 巻 2 号 p. 53-74
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    本稿は、近代の衛生政策に大きな影響を与えたコレラについて、明治一〇年代の流行に焦点を当てて取り上げる。まず、幕末以降の流行と人々の宗教的・民俗的対応を概観した上で、一八七九年のコレラ流行以降に焦点を当てる理由を述べる。とりわけ、内務省によって教導職がコレラ予防の啓発活動に動員されたことに注目している。後半では、それに関連するテクストとして、『虎列刺豫防諭解』、『コレラ豫防心得草』、岸上恢嶺『説教帷中策』第三五席、干河岸貫一「虎列刺病豫防並に消毒法に注意すべき事」について検討する。それらの検討から、神仏の加護を全面否定しないかたちで、政府の方針に沿った衛生の徹底に向けた自助努力を促す言説の特徴を確認した。

  • 通過儀礼としてのパンデミック
    堀江 宗正
    2021 年 95 巻 2 号 p. 75-98
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    二〇二〇年初頭に始まったパンデミックでは、宗教的集会が感染爆発の震源地と見なされた。本稿は多様な事例、統計データ、学術論文をもとに、宗教と感染の関係を明らかにし、その過程で宗教がどのように変容してゆくかを論じる。基本的統計からは、西欧と南北米のキリスト教国での死亡率の高さが明白である。これは、グローバル都市への人の流入、密集して暮らす民族集団などの要因が重なっており、キリスト教そのものが原因ではない。とはいえ、米国ではニューヨーク市周辺の州を除けば、礼拝出席率と死亡率がおおよそ相関することが分かった。次に、宗教がパンデミックを通して「COVID-19の悪魔化」「宗教のスティグマ化」「宗教の再純化」の三段階の通過儀礼的プロセスをたどると論じる。この三段階のプロセスを日本に当てはめると、多くの宗教は科学的感染対策に適応し、悪魔化もスティグマ化も起こらなかった。礼拝のヴァーチュアル化や共同体でのリーダーシップなどの再純化も不十分だった。それは長期的に見た活動の停滞の兆しとも言える。

  • 日本MTLの「救癩」について
    松岡 秀明
    2021 年 95 巻 2 号 p. 99-120
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    一九二五年に癩の根絶を目的として創立された日本MTLは、日本人による初めてのキリスト教団体であった。「救癩」をスローガンとしたこの団体は、しかし、患者の隔離政策を推進していく。患者の療養所への入所を促進した目的は、「救癩」よりも当時の「先進国」のなかでは比較的患者が多かった日本を救うことだった。本稿は、三人のキーパーソン、すなわち初代理事長小林正金、社会活動家賀川豊彦、そして非クリスチャンで医師の光田健輔の関係を検討する。社会福祉に従事していた小林も社会の改良をめざして活動していた賀川も、個人よりも集団に注目する方法を採ってきており、光田の公衆衛生的な癩へのアプローチに容易に共感した。一方、光田はヨーロッパやアメリカのMTLの成果を知っており、キリスト教の(一)組織力、(二)療養所の患者たちの精神を安定させる力、に注目して、癩根絶のためにキリスト教を利用したのである。

  • 古代日本における仏教美術と疫病
    山本 聡美
    2021 年 95 巻 2 号 p. 121-144
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    近代的疾病観においては、病を健全な身体の対極にあるものと捉え、加療を通じて健常なる状態へ近づけることに価値が置かれる傾向にある。一方、古代・中世日本においては、これとは異なる疾病観が存在していた。特に仏教の教義や実践において、病には、人間の存在の根源に関わる現象としての重要な意味が見出されていた。病を生存への脅威として排除するのではなく、これと折り合い、場合によっては、秩序ある社会を構築する梃子として肯定的に捉えていくことさえなされた。

    本稿では、平安時代末期の浄土僧、永観による「病は善知識なり」との成句に着眼する。善知識とは、仏教における発心や成道への導き手を指す。通常、多くの修行を積んだ高徳の僧を言うが、悟りに至るきっかけとなる人物や事物を広く指す言葉でもある。「粉河寺縁起絵巻」に描かれた病に発心の契機としての肯定的な意味を読みとくことからはじめ、そのような疾病観が形成された歴史的経緯を、古代日本における造像の伝統から明らかにする。

  • 山吉 智久
    2021 年 95 巻 2 号 p. 145-170
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    旧約聖書において、疫病は自然現象としてではなく、専ら神ヤハウェと結び付けられて、神から人間や動物にもたらされるものとして描かれている。神の力の表れとしての疫病は、古代イスラエルの人々にとって災いの中で最も深刻な出来事の一つであり、戦争、飢饉と並んで、災いの典型と見なされるようになる。ヤハウェを唯一の神とする一神教の展開に伴って、災いとしての疫病も、それを被った人間自身が犯した罪の結果として捉えられるようになった。それは専ら、神ヤハウェの律法を忠実に守らなかったことに対する処罰とされた。それと同時に、この因果応報が持つ根本的な問題についても、旧約聖書は無自覚ではなかった。疫病がわれわれ人間の限界を思い知らせる存在であり続ける中で、疫病の蔓延によって社会的な弱者がより苦しめられるのは無視すべからざる現実である。この社会的な不平等は、それを生み出している人間自身の力で解決されなければならない。

  • 弓山 達也
    2021 年 95 巻 2 号 p. 171-196
    発行日: 2021/09/30
    公開日: 2021/12/30
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は、一九一八〜二〇年のスペイン風邪の流行下で宗教行事が催行されていたことに注目し、なぜこれらが可能になったのか、その要因を明らかにすることである。そのため新聞記事データベースをもとにスペイン風邪によって制限された活動と、通常通り催行された宗教行事を含む諸活動とを対比させる年表を作成した。同時に本稿ではスペイン風邪に罹患した皇室・政治関係者の記録、スペイン風邪に言及した文学者の作品や日記を検討した。その結果、諸活動の制限や管理の対象になった学校・病院・軍隊・工場などが近代的空間を象徴する場であるのに対して、諸活動が催行された宗教行事をはじめ、祝賀会や行楽が伝統的空間に属していることが判った。さらに催行された祭礼や盆行事に関する記事を参照したところ、伝統的空間は近代的空間とは異なる世間という公共性を有し、そこには死の受容すら内包する柔軟さをも持ち得ていたことが示唆された。

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