山腹斜面崩壊における地中水の動きとして,降雨の地中浸透と基岩面に沿う横流れがある。降雨が地中に浸透し,地層の上方から徐々に浸潤前線が形成されるが,やがて難透水層である基岩面に達し,それまで下向きに働いていたtractionが上向きに変り,横流れが生じる。この時,水の流動に伴ない,流れの方向に沿って浸透水圧
P=γ
w・
i(
i:動水勾配)が生じる。地層内に水みちができ,浸透水圧が増大するにつれていわゆるパイピング現象が進行し,斜面が崩壊すると考えられる。また山腹斜面崩壊の要因として,降雨,傾斜,斜面長,土層深,孔隙率,透水係数,含水量,土の強度定数(
c,φ)が列記される。これらの要因から水の移動現象とそれに伴なう斜面の崩壊現象が説明されなければならない。物理モデルとしては,すでに発表されている,地表流と地中浸透流の両方を考慮したSmithモデルと基岩面に沿う横流れを示すBevenモデルを用い,昭和57年7月の長崎豪雨災害を例にとって山腹斜面崩壊現象を考察した。その結果以下の結論が得られた。
(1)初期飽和度として基岩面付近の飽和度を大きくとった場合,土層深が1~2mのレキ混り土については3~4時間,土層深が4~5mの赤色粘性土についてはおよそ5時間で地下水面が地表面近くに達し,安定計算でも安全率が1.0以下となった。これは現地の崩壊発生時刻と一致する。
(2)初期飽和度として土質試験結果の値を採用した場合と,基岩面付近の飽和度を大きくとった場合とでは,前者の方が崩壊時間が1時間遅い。災害時に斜面が崩壊した理由として,3日前の先行降雨によって基岩面付近の飽和度が大きかったことが計算によって裏づけられた。
(3)Smithモデルは基岩面に沿う横流れについては不十分である。Bevenモデルは砂質土で土層深が浅いものについては適用できるが,粘性土または土層深が深いものについては実際と合わない。
今後,SmithモデルとBevenモデルの長所を生かし,山腹崩壊現象を説明しうる物理モデルを検討したい。
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