安全とは数値などの理解に基づく理性での判断であるのに対し,安心とは信頼に基づく感性での判断で ある.本稿では安全に対する従来の経営者の意識,安全性への配慮がいかに重要であるかについて,事故例とともに説明した. そのうえで「安全学」という新しい学問についてその基本的な考え方,すなわち「人は過ちを犯す」「機器は故障する」という前提に立った安全対策の例を示した. 安全を総合的に確保する対策としてM-SHEL モデルを紹介している.化学物質の安全対策としては上記の安全学の原則に加えて「化学物質は諸刃の剣」および「有害性は量で決まる」という考え方を加える必要があり,安全学の考え方から化学物質の管理の在り方を提言した.
プラスチックは「軽い,壊れにくい,水に強い」という長所を有するが,環境中に放出されると「沈まずに遠くまで運ばれる,自然分解されず残留しやすい」という短所になり代わり,プラスチック汚染は現代のグローバルな環境問題となっている.本報では,河川におけるマイクロプラスチック(MP)の動態に着目し,現在までの知見と今後の課題を記述する.特に,日本全国の河川水中におけるMP 汚染状況や河川内におけるプラごみの堆積状況をプラスチックのサイズ別に検討した結果について,著者らの研究成果を中心に紹介する.
コーヒーは昔から薬として使用され,今日では飲料として多くの人に愛されている. コーヒーと聞くとカフェインが真っ先に浮かぶ物質である.カフェインには脳の活動の活性化,思考力や集中力の上昇,疲労感の軽減などの作用があることが知られている.その他にクロロゲン酸,フェルラ酸,トリゴネリン等の体に良い影響をもたらす物質も存在する.これらの物質には,発がんリスクの低下に係わっていると考えられている. 近年の研究では,コーヒーを飲む人の肝がんや子宮体がんの発生率がコーヒーを飲まない人と比べてかなり減少し,発がんリスクを下げることが報告されている. コーヒーは漢方と違い,発症してから飲むのでは薬理的な効果は発揮されない.しかし,がん予防だからといっても限度があり,適度に嗜好品として飲むことが重要である.
近年,火災・爆発等の産業安全問題は,依然として発生しており,産業界のみならず,学会,行政も含めた対応が必要である.本稿では,まず,技術立国を目指す日本の国際競争力強化のため体系的安全教育プログラムの構築と推進について触れ,次に大手企業に加え,数ある中小企業への保安教育の支援体制について述べている.さらに,日本の将来を担う大学の安全活動と安全教育の現状を紹介している. 安全工学グループ関連では,災害情報データベースの活用を通じた企業の安全活動事例を紹介している.保安力向上センターは近年ますますその認知度が高まっているが,そのセンター内の自主的な安全活動事例を紹介し,リスクセンス研究会からは,GSEF 顕彰に基づく,良好事例紹介とその活用について触れている.本稿では,こうした様々な安全活動と人材育成の概況について紹介する.
日本学術会議にて開催された「安全工学シンポジウム2019」の第1 日目(7 月3 日)に当学会から「RBSM(Risk Based Safety Management)の紹介と産業界での実施,展開」と題するオーガナイズドセッションとして参加した.石油・石油化学企業4 社から非常にオープンな情報開示が成され,稀に見る実務的セッションとなった.活発な議論が行われ,安全性向上への関心の高さと事故防止への熱意が伺われた.論点となった高度安全技術者の育成とRBSM の取り組み拡充は企業間・産学官連携で加速化が必要な喫緊の課題であり,そのためにも当学会が主催する「プロセス安全シンポジウム」の継続・発展が望まれる.
消防庁では「火災危険性を有するおそれのある物質等に関する調査検討会」を開催して,消防法上の危険物には該当しないが,危険物の性状を有するおそれのある物質を調査している.これまでに当該検討会で検討された物質で,危険物に指定された物質や消防活動阻害物質,また,危険物や消防活動阻害物質に対する指定の考え方などについて紹介する.
国立大学の法人化に契機として,京都大学では安全管理の強化が行われた.2010 年以降に発生した約 1 900 件の事故情報を対象としてリスクを定量的に評価するために,アンケートのパラメータ間の比較と自由記述部の自然言語処理を用いた分析を実施した.分類毎の事故の報告数では,針刺し,転倒,交通事故,体液曝露,切れ・こすれの合計が,総報告数の7 割近くを占めていた.発生月は6 月が最大であり, 11 月も多い二峰性を示していた.自然言語処理では,車道から歩道に移動する際の自転車による転倒など,分類調査だけでは分からなかった傾向を,ベクトル俯瞰図から得た.またこれらの転倒は,接触型とスリップ型に分類でき,それぞれの要因についても明らかにした.
経済産業省では,消費生活用製品安全法に基づき,平成19 年度から重大製品事故として事業者から報告された事故の事故原因調査に取り組んでおり,調査の結果,製品に問題があり,事故の再発が予見される場合は,事業者にリコールの実施を指導してきている.リコールについては,消費生活用製品安全法による強制的な命令によるものもあるが,その多くは事業者の自主的な判断によるものであり,経済産業省としても,事業者の自主的なリコールの実施を促すように,リコール実施のガイダンスとなるリコールハンドブックや経済産業省のWebsite で実施中のリコールの公表をするなど取り組んできたところである.この10 数年間を経て,リコールは着実に企業の活動の一環として普及しつつある.一方,リコール実施上の問題点や,経済産業省の事故原因調査からリコールの指導につなげるという一連の活動についても,課題が出てきており,今後も事業者が主体的にリコールを実施していくために様々なリコールの課題と解決に向けた取り組みについて平成30 年11 月から令和元年5 月まで検討会を開催し,とりまとめを行った1).
危険は意識した瞬間に激減すること,そして意識するためには気づくことが始まりであることを前報で述べたが,今回はこの気づく力を育て,高めるための着眼点について整理する.気づくためには,科学的原理原則,経験,事故事例等多くの知識が必要であるが,事象のノウホワイを意識する習慣,事故事例をその本質原因まで考える習慣,そして何より自らの頭で考えようとする姿勢が知の連鎖とも言うべき気づきの展開,すなわち気づく力の強化に大きく影響することを述べる.合わせて現場の基礎知識としてのマニュアルの位置づけや,教育の効果について論じるとともに,同じ知ではあっても,チェックリストではチェックできない,気働きとも言うべき感性,そして見えないモノや未知のモノが存在していることを認識しているという真摯な姿勢の大切さについても言及する.
業務執行の階層組織が,個人からなり,すべての個人の「個人の動機」が大切であることを表現するモデルを,仮説として提示する.このモデルを,チャレンジャー号事故に適用すると,サイオコール社の上級副社長はじめ各個人が,それぞれの位置において重要な役割を担っていたことがわかる.コロンビア号事故をも通じて,組織に配置され,特定の職務を担う専門職個人の重要性が理解される.シャトル計画の「リスクは高く,安全は剃刀の刃ほどに薄い」目標は,階層組織のすべての個人の「個人の動機」が,組織として一つに統合されることによって達成される.そこに,「組織内」の個人の役割,官(NASA)と民(事業者)の「組織間」の関係,さらに,より大きな,国の規模の関係があり,組織のなかの個人の注意を妨げ,事故を引き起こす要因がかかわる.