本論文では,自閉症スペクトラム障害(ASD)の診断をもつ男子中学生が,さまざまな体験を通して自他を分化させていった過程において,何が作用したのかを考察した。クライエントの話は非常に解りにくく,それは他者に対する彼の閉ざされた様相の表れでもあった。そこでセラピストは,描画法を導入してやり続けたところ,クライエントの描線に隙間が生まれてセラピストとの相互作用が可能になり,体験に開かれるクライエントのあり様と自他の分化が同時的に見られるようになった。外界にも開かれたクライエントは,話すべき物語を得て,その物語をセラピストに伝えようと,時制を整理し,“こちら側”と“あちら側”も出てきて,話が解りやすいものになった。ASDの心理療法において,描画法など,セラピストが焦点を絞って狭め,クライエントに繰り返し体験させていくことの重要性を論じた。
現代は,主体の問題を指摘する言説は多く,とりわけ大学生において主体の問題は顕在化しており,主体の確立を支える心理療法を考えることは喫緊の課題である。そこで本論では,ある女子大学生の事例を提示し,垂直性をめぐる動きと水平性をめぐる動き(「世界や他者を認識する動き」と「世界と関わりあう動き」)という二つの観点から,いかに主体が確立していくかをベクトルのイメージとして理解していく。来談時,彼女は他者との関わりに不安があり,主体は曖昧な状態にあった。セラピストは,彼女の語りについて垂直性をめぐる動き,水平性をめぐる動きという観点から理解し,主体的な考えや行動を尊重して関わった。怒りを含めた様々な否定的な感情が表現され,それをセラピストは積極的に受容した。そうしたプロセスを経て,セラピストへの安心感が醸成され,家族や友人と親密になるなど他者との関係が深まり,自己主張もできるようになった。また,自他のありかたや内面について正確に認識できるようになり,また自らを振り返る自己関係も確かになっていった。プロセスは苦しみも伴ったが,彼女はそれを乗り越え主体を確立させていった。
発達障害者の増加により,成人期の発達障害者への臨床心理学的支援の必要性が求められている。本論文は,成人期の発達障害傾向をもつ男性との面接過程から,成人期の発達障害者への臨床心理学的支援について検討する。クライエントは,セラピストとの関わりを通じて怒りを表出することにより,主体性を生じる機会となった。さらに,バウムテストと風景構成法を用いることで,クライエントの発達障害傾向のアセスメントができ,さらに,バウムテストでは固いバウムから情緒的なバウムへの変化が見られ,風景構成法では項目同士の連関が見られない羅列型から,連関が作られて構成されていく変遷が見られ,描画法が治療的に働いたと考えられる。本事例から,描画法を用いた成人期発達障害者への臨床心理学的支援の効果が示された。
本研究では,自閉スペクトラム症(ASD)傾向のクライエントとのプレイセラピーにおける境界の成立について論じた。先行研究において,ASDのプレイセラピーでは主体の生成が重要であり,その際に自他の分離が起きると述べられている。しかし,今回提示する事例では初期段階でクライエントは分離を経験したが,融合状態に戻り続け自他境界が成立することの困難さが示された。そのため,本論では境界がもつ動きの側面を「区切り」と位置づけ検討した。セラピーの経過から,枠によってクライエントとセラピストが「区切られる」という受動的な状態があること,「区切り」が偶発的に生起すること,そして,「区切り」と「つながり」の同時性が生まれることが明らかになった。このプロセスを経て,クライエントが自ら能動的に「区切り」を創出する,つまり境界の成立に至ると考えられた。
心理療法の展開において,クライエントとセラピストの関係性は非常に重要な要因である。しかしこれまでの研究においては,インタビューや質問紙などを用い,言語のみで表現される関係性を扱うに留まっていることが課題であった。そこで本研究では,曖昧で感覚的な体験を言葉で表してもらうための関係性図という方法を通して,クライエントとセラピストそれぞれの関係性における体験を探索的に明らかにすることを目的とした。クライエント役とセラピスト役,各10名の調査協力を得て,各ペア2回にわたる模擬カウンセリングを実施し,関係性図による表現とそれについてのインタビューを行った。インタビューデータの質的分析を行った結果,クライエント側,セラピスト側ともに,関係性の体験に関する15のカテゴリが生成された。さらに,それらの体験全体は三つの視点から捉えられる可能性が示された。特に,存在に関わる体験が実際の調査協力者の語りから見いだされたことは新しく,本研究の意義であると考えられた。
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