本稿は,幕末期における領主財政と地域社会との交錯,それに伴う領主財政の変容の歴史的意義について,旗本財政を分析対象として論じるものである。そこではとくに,領主財政論と地域社会論との接点に立ち,領主財政の運営構造自体に分析の主軸を据えて,領民・地域に対して領主財政が果たした機能や役割がいかに変容したのか,に着目した。幕末期の旗本財政は,知行地の豪農商に財政運営を委託する場合が多くみられたが,本稿での検討の結果,彼らが財政運営の過程で,余剰資金を「別廉積置金」と称して財政内部に貯蓄する一方,これを領主の家産ではなく地域の財産として,知行地内外で独自に運用していたことが明らかとなった。同時に,江戸よりも知行地を優先して借入金を償還したことや,知行地経費支出には付加しない利息が家政経費支出にのみ計上されていたことなどの事実も,地域財産の維持や保全が重視されていた結果と理解される。したがって,幕末期の旗本財政は,江戸の領主家の財政と地域の財政の区分が明確化され,地域財政としての性格がより比重を高めていくという,質的な変容を遂げていたと捉えることができる。
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