長野県諏訪地方には倉が主屋に内包されている建てぐるみと呼ばれる伝統民家がある.これらは諏訪地方の厳しい自然環境に適応した気候景観であると考えられているが,これまでに温熱環境の実測調査に基づく研究は行われていない.そこで本研究では,倉が主屋に包まれることが倉の室内温熱環境の形成に及ぼす影響を明らかにすることを目的として,2008 年及び 2010 年の冬季及び夏季に建てぐるみの室内温熱環境の実測調査を行った.その結果,他の空間に包まれた倉の室温の日較差は約 0.5℃であり,包まれていない倉の室温の日較差よりも小さかった.また,他の空間に包まれた倉の室温の絶対値は包まれてない倉よりも冬季においては約 0.5~3.0℃高温となり,夏季においては約 0.5~2.0℃低温となっていた.これらは,倉が他の空間に包まれると他の空間が熱的な緩衝空間となり,他の空間に包まれている倉の外壁の熱貫流量が低下し,倉の室内温度環境が安定するためと考えられる.一方,他の空間に包まれる倉の壁面の割合の大小と他の空間に包まれている倉の室温の絶対値の高低とは必ずしも対応しない場合がみられた.また,他の空間に包まれている倉の室温の絶対値の高低と倉の隣室の室温の絶対値の高低とは概ね対応していた.このことから,他の空間に包まれている倉の室温の形成には,倉の隣室に形成されている室温が強く影響を及ぼすことが明らかとなった.そして,各倉の室内の相対湿度の日較差は冬季夏季共に約 3% 以下,各倉の室内の絶対湿度の日較差は冬季夏季共に約 1.0 g/kg’ 以下であることから,他の空間に包まれたとしても倉の室内には極めて安定した湿度環境が形成されていることが明らかとなった.以上のことから,建てぐるみは倉を他の空間に内包し倉の室内の温熱環境の安定度を向上させることで,諏訪地方の厳しい気候条件に適応している建築デザインである可能性が示された.
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