生命の起源に関係する生命のホモキラリティーは,未解決の難問である.その起源の説明として,地球の自転運動(コリオリ力),円偏光による光不斉反応,磁場中の光不斉反応,三つの候補が提案されている.本解説では,磁気キラル二色性や渦運動と分子キラリティーの関係性に関する近年の研究を,生命のホモキラリティー起源に対する化学的アプローチの観点から紹介する.
赤色光又は近赤外光(> 650 nm)は,生体組織透過性が高い.フタロシアニンは,赤色又は近赤外光領域に強いQ 吸収帯,蛍光を示し得ること,及び効率良く一重項酸素を生成し得ることから,生物学的応用に有用である.新規光線力学的治療用光増感剤,ビタミンC 検出用蛍光プローブの開発の観点から,フタロシアニンの光生物学的応用について紹介する.
インスリン様成長因子(IGF-1)はインスリンとよく似た構造を持つタンパク質分子であり,細胞の成長,分化などを促進する.一方,インスリンは血糖値を下げる作用をもつタンパク質である.すなわち,インスリンとインスリン様成長因子は似た構造を持っているものの,それぞれ異なる受容体に結合している.これら2 つの分子のどのような差異を利用しているかを推測するために,IGF-1 とインスリンの電子構造の比較を行った.その結果,これらの間で静電ポテンシャルの分布ならびに電子密度分布の特徴的な部位を確認することができた.
14 族元素化合物を配位子として持つ遷移金属錯体・クラスター分子は,高い触媒活性などの興味深い性質を有する.本研究では,14 族元素であるゲルマニウムを持つ錯体合成法の開発を指向し,hexaphenyldigermane と低原子価ニッケル種との反応を行った.その結果,ニッケル種のGe-Ge 結合への挿入と併行して,Ge-Ph 結合への挿入も進行することを見出した.また加熱条件下で反応を行うことで,Ge-Ge 結合への挿入生成物を選択的に合成できることを見出した.
脳は運動・知覚・意識や記憶といったヒトのすべての活動において重要な役割を果たしている.脳の機能が生み出される仕組みを理解するために,多様な手法(EEG, fMRI など)が発展してきたことに加え,近年はヒト幹細胞から脳に似た構造を持つ組織体(脳オルガノイド)を作製して解析する試みが盛んに行われている.本稿では,複雑な脳の秘密を解き明かす手法として,基礎研究と産業応用の両面から期待されている脳オルガノイド研究の現状を紹介し,さらなる発展への工学・化学分野の必要性を議論する.
実験植物であるシロイヌナズナの葉の表皮細胞は成長するにつれて境界線が複雑に入り組み,ジグソーパズルに似た形状のパターンを形成する.これを本論ではジグソーパターンと呼ぶこととし,木造建築の継ぎ手へ応用することを考え,簡易な引張試験を行い,強度や特性を伝統的な継ぎ手と比較した.その結果,今回取り出した曲線については継ぎ手としてある程度の強度と,靭性のある破壊挙動を示した.ジグソーパターンを用いることにより引っ張り方向だけでなく全方向的に靭性のある接合が実現できるのではないかと考えられる.
転移はがん関連死の大半を占めていることから,その主経路たる血管とがんの相互作用の理解はがん治療法の開発において重要である.しかしながら,これらの相互作用時の細胞動態解明においては,従来の平面培養された細胞や動物を用いた研究手法では限界がある.In vitro で生体内環境を模倣するOrgan-on-a-chip は,従来の動物実験では困難であった物理的・化学的パラメータの制御やライブイメージングを容易にするため,細胞- 組織レベルでの詳細な解析への利用が期待される.そこで本稿では,血管に焦点を当てたがん転移模倣デバイスの研究例や課題・展望について概説する.
信号灯器位置の違いによる運転挙動の違いを実車実験により実証することを目的に,東京大学柏キャンパスの生産技術研究所(当時,千葉実験所)の試験走路を用いて,far とnear の信号灯器位置の違いによる運転者の挙動の違いを実証分析する.青信号表示終了時の切替り時の通過・停止の判断は,far に比べてnear では停止線から離れていても通過を判断し,最終通過時刻が遅くなること,青信号表示開始時の発進挙動に交差側信号表示の視認性による違いが見られること,および,青信号表示終了時に対応直進車両の停止を確認後の右折挙動では,near の右折開始がfar より1 秒ほど遅いことが確認された.