近年、人間社会と生態系の間でのフィードバックループの重要性が指摘され、社会科学と生態学が急速に接近してきた。本稿は、現在躍進中のこの分野横断的な新しい動向を、理論的視点から紹介することを目的とする。特に、Forest Transition仮説に焦点をあてる。森林伐採により世界の森林は減少しているが、一人あたりGDP 4,600ドルを越える国では、森林は減少から増加に転じているという報告がある。森林の減少から増加傾向への遷移は「Forest Transition」と名付けられ、西ヨーロッパ、アメリカ、東アジアなど数多くの社会で見いだされてきた。私たちは、生態学と経済学の理論を組み合わせた土地利用モデルを開発し、Forest Transitionの機構を理論的に導いた。特に以下の二つの仮説に焦点を絞った。[森林希少価値仮説]森林枯渇に伴い森林の価値が上昇する。これは閉じた市場経済において、森林産物の価格が資源量の減少に応じて上昇する状況に対応する。[生態系サービス仮説]森林枯渇に伴い森林の価値が下がる。それは森林被覆面積の減少によって、土壌、栄養塩や水循環の劣化、火災頻度の上昇が生じることによる。これら二つの仮説を土台として、人間を含んだ生態系が収束する平衡状態、およびその安定性を調べた。両者の仮説において、土地所有者が森林伐採から得られる目前の利益を優先する場合には、Forest Transitionは生じず、大規模な森林伐採後には農地あるいは放棄地が優占する。土地所有者の時間割引率が低く将来の森林価値を見通す場合には、Forest Transitionが生じ、それに緩やかな森林再生が合わさると、再生した森林は安定して維持されることが予測された。森林再生速度が速いと、森林が再生した後再び大規模な森林伐採が生じる可能性がある。生態系サービス仮説では、ある面積以上の森林が伐採されると、森林から荒廃型社会への不可逆な推移が生じうる。そうした推移は森林再生速度が速いほど生じやすい。得られた結果を世界各地の事例と照らし合わせ、森林推移後の将来像を描くとともに、数理生態学の視点が環境科学に貢献する可能性を整理する。
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