日本生態学会誌
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66 巻 , 2 号
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大島賞受賞者総説
  • 山田 俊弘
    2016 年 66 巻 2 号 p. 275-282
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    熱帯林の劣化は地球環境問題の一つであり、地球温暖化緩和や生物多様性保全等に関心を持つ国際機関や非政府組織等から注目を集めている。そして熱帯地域で商業伐採として行われている選択伐採(択伐)が、熱帯林劣化の主要な要因である。択伐を受けて劣化した森林は既に熱帯景観の主要な構成要素となっており、今後も択伐を受けた熱帯林が増加していくことが見込まれていることから、択伐後の森林をいかにうまく管理していくかが熱帯林の生態系機能の維持・向上の鍵を握っている。択伐を受けた森林は 長い時間をかけて択伐前の状態に戻ると期待されるが、択伐を受けた森林が伐採前の状態に戻るためにはどの程度の時間が必要なのであろうか。本稿では約60年前(1950年代後半)に択伐を受けたマレーシア、パソ保護林で得られたデータを用いて、森林構造・林冠構造、光環境、動態パラメーター・個体群成長速度、バイオマス、樹木の生物多様性の視点からこの疑問について考えた。地上部バイオマスは伐採後50年ほどで伐採前の水準近くまで回復していた。一方で択伐を受けた森林の森林構造・林冠構造、光環境、動態パラメーターや個体群成長速度は未伐採の森のそれらと区別することができた。また樹木の生物多様性は択伐を受けた森林のほうが未伐採の森林よりも低く、森林を構成する種も両森林間で大きく異なっていた。生物多様性は伐採後60年程度では十分回復できず、その回復にはとても長い時間がかかることが明らかとなった。
大島賞受賞者総説コメント
特集1 カルタヘナ議定書にある「生物の多様性の保全及び持続可能な利用への影響」はどのように評価できるのか?
  • 松井 一彰, 横川 太一
    2016 年 66 巻 2 号 p. 287-289
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
  • 上田 匡邦
    2016 年 66 巻 2 号 p. 291-300
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書は、バイオテクノロジーにより改変された生物(Living Modified Organisms)が生物多様性の保全と持続可能な利用に及ぼす可能性のある悪影響(人の健康に対するリスクも考慮したもの)を予防するために、そうした悪影響を及ぼす可能性のあるLMOの越境移動等を、事前の情報に基づく合意(AIA)手続とそれと連動して行われるリスク評価を用いて国際的に規制するものである。カルタヘナ議定書上、リスク評価は、締約国がLMOの輸入に伴うリスクが許容又は管理しうるものであるかどうかを判断しその輸入可否を決定する際に従うべき手続的要件として位置づけられている。輸入可否の決定に当たっては、科学的なリスク評価の実施によって明らかになったLMOの生態系に及ぼす可能性のある悪影響に関する科学的証拠に加えて、社会経済上の配慮といった科学以外の要素も、衛生植物検疫措置の適用に関する協定などの他の国際義務に整合する限り考慮することができる。LMOのリスク評価に関しては、近年、締約国による議定書の国内実施を補助することを目的として、締約国会合の下でガイダンス文書の策定に向けた作業が進行中である。リスク評価に関するガイダンス文書草案は、リスク評価の手続きに関与する主体をリスク評価者と意思決定者とに分けて、それらの権限を明確に区分し、科学的評価の客観性を担保しようとしている点で評価できる。また同草案には、リスク管理やリスクの許容性に関して考慮すべき点が新たに盛り込まれている。その一部には予防措置の実施を正当化する効果があると思われる。
  • 横川 太一
    2016 年 66 巻 2 号 p. 301-308
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    細菌群集は生態系を構成する3機能群(生産者、消費者、分解者)のひとつである分解者の役割をおもに果たしている。細菌群集は地球上において生物量として優占し、その代謝を介して有機物を無機物へ変換する能力が、生態系における物質循環過程の大きな枠組みの1つを構成している。また近年の16S rRNA遺伝子を基にした系統解析からは、この生物群が系統的に非常に多様であることも明らかになりつつある。しかし細菌群集の生物地球化学的な重要性が理解される一方で、その多様性の時空間分布および変動要因に関する普遍的な知見は少ない。そのため生態系の保全という観点において、細菌群集多様性の機能とその重要性についての議論はほとんどされていない。  現時点における「生物多様性の保全」を目指した規定(例えば生物多様性条約)の作成は、生産者および消費者として存在するマクロ生物(肉眼で観察することのできる生物)の多様性を対象にした生態系将来予測と、そこから導かれる生態リスク評価に基づいている。つまり現在の「生物多様性の保全」という観点には分解者である細菌群集の多様性は含まれていない。そこで本論文では、まず生態系の分解者としての機能を担う細菌群集の特徴とその重要性について紹介する。つぎに多様性の評価方法を中心に、細菌群集多様性の研究のこれまでの歩みと現状を整理する。そして最後に、本特集号の企画趣旨(松井・横川 2016)において示された、「生物多様性を対象とした生態学研究の成果を基にした生態リスク評価」の一環として、細菌群集多様性の動態を定量的に観測することの重要性を示し、定量的観測値を基にした細菌群集多様性の把握が生態リスク評価の指標の一つとして重要な要素になることを説明する。
  • 道越 祐一, 松田 裕之
    2016 年 66 巻 2 号 p. 309-318
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    GM生物の侵入による生物多様性に影響を与える可能性のある事象として、在来同種または他種との競合による生物多様性の減少や種または地域個体群の絶滅、有害物質の産生による捕食者の絶滅や減少、交雑による在来種の遺伝的固有性の喪失やそれを通じた副次的な被害拡大などが想定される。新たなGM生物の認可に当たっては、これらの生態リスクについて、発生確率とハザードを評価すべきである。そのための既存の数理モデルとしては、個体数の増減のみを考えるスカラーモデル、齢構成を考慮した生活史モデル、個体群間の空間構造を考慮したメタ個体群モデルと、ストレスへの感受性のばらつきなど個体ごとの属性を記述する個体ベースモデルなどがある。さらに、他種への副次的影響を考えるためには多種を想定した食物連鎖モデルも必要になるだろう。それぞれのハザードを定量評価するためには、①在来種の個体群サイズ、齢構成、繁殖率とその変化等を把握(競合、有害物質)、②個体群内における遺伝的影響の程度把握(交雑)、③GM生物の個体群サイズの把握(競合、有害物質、交雑)、④在来種による有害物質の摂取量及び感受性のばらつきなどの情報が必要である。また、GM生物と非GM生物は野外観察による同定は難しいが、いくつか実用的な生化学的手法が開発されている。現状では,定量的・確率的評価を行えるだけの情報基盤が足りないと考えられ、野外において実際にGM生物やその交雑体を発見し、その動態を観測すれば、その後のリスク評価に多くの知見が得られるだろう。そのためのモニタリング体制の構築が重要である。
  • 水口 亜樹
    2016 年 66 巻 2 号 p. 319-323
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    日本において遺伝子組換え生物を使用する場合には、カルタヘナ法にもとづき、生物多様性影響評価が事前に実施される。この生物多様性影響評価には、数多くの生態学的知見等が必要である。農林水産省は、これらの知見を集積するため研究プロジェクトを立ち上げた。本稿ではこの研究プロジェクトで実施され、公表されている研究について紹介し、今後も生物多様性影響評価を科学的な方法で実施するために、さらに何が必要かについて考える。
  • 松井 一彰, 横川 太一, 上田 匡邦, 道越 祐一, 水口 亜樹, 松田 裕之, 三木 健
    2016 年 66 巻 2 号 p. 325-335
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    本特集ではカルタヘナ議定書を題材に、法的な解釈、細菌の多様性評価およびリスク評価に注目した話題を提供してきた。カルタヘナ議定書は、2014年4月現在、生物多様性条約下で発効している唯一の議定書である。生物多様性に対する影響因子が遺伝子組換え生物に限定されているが、生物多様性の影響評価を法的に取り決めた国際条約として、今後の国際的な取り決めの前例になることが予想される。しかし評価の対象となる「生物多様性」や「生物多様性に対する影響」については、概念的な理解は進んでいるものの、その実体は必ずしも捉えきれておらず、定量的な評価基準が定まっているわけではない。このような状況下で「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に及ぼす可能性のある悪影響」の評価はどこまで科学的に実施できるのであろうか。本稿では、まずカルタヘナ議定書の成立過程と現在の論点を概観し、次に遺伝子組換えを含む、現代のバイオテクノロジーによって改変された生物(LMO: Living Modified Organism)に対して懸念されるリスクの内容と、生物多様性への影響評価がどのような観点から進められてきたかについて整理を試みる。それを受けて「生物多様性の影響評価」を実施する上で、生態学の貢献が期待される点について展望を示したい。
特集2 生態学分野における状態空間モデルの利用
  • 飯島 勇人
    2016 年 66 巻 2 号 p. 337-338
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
  • 山村 光司
    2016 年 66 巻 2 号 p. 339-350
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    状態空間モデルの枠組みでは、モデル内の変数を「観測される変数」と「観測されない変数」の2種類に明示的に分けてモデル化が進められる。この枠組みによって観測値に付随する観測誤差を適切に処理することが可能となり、モデル内のパラメーターを偏りなく推定することが可能になる。さらに、状態空間モデルの枠組みは、観測値の動態を、その「主流部分」と「派生部分」に分ける効果も持っている。本稿では、2種類の水田害虫(ニカメイガとツマグロヨコバイ)の50年間の年変動解析を例として、状態空間モデルの枠組みを用いる効果と、その適用の際に生じる諸問題(トレンド除去および初期値問題、モデル評価など)について議論する。
  • 飯島 勇人
    2016 年 66 巻 2 号 p. 351-359
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿では、近年世界各地で増加しているシカ類の個体群動態を推定するために収集されるデータと適用される推定方法、そして推定方法の一つとして状態空間モデルを用いる利点を整理した。狩猟対象であるシカ類において最も収集が容易なデータは捕獲数であり、その齢や性が明らかな場合にはコホート解析やSex-Age-Kill(SAK)モデルを適用することで個体群動態の推定が可能となる。しかし、これらの手法は個体数を推定する空間を明示できない上、推定に用いることができる量と質のデータを得るためには労力と予算がかかる。別なデータとして、シカ密度と関連する指標がある。シカ密度指標には様々な種類があるが、シカ密度を直接示すことができる指標は少ない。また、指標の観測に大きな誤差が伴う。そのため、シカ密度指標から直接は観測できないシカ密度を、観測誤差と生態的過程に関する誤差を分離して推定できる状態空間モデルがいくつか開発された。研究によっては、5 kmメッシュ単位でのシカ密度の時空間変動を推定することが可能になった。今後、状態空間モデルはシカ類の個体群動態の推定において、一般的な枠組みになると考えられた。
  • 伊東 宏樹
    2016 年 66 巻 2 号 p. 361-374
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    状態空間モデルを使用した統計解析をおこなうためのソフトウェア環境として、dlm・KFAS・BUGS言語・Stanを紹介する。dlmおよびKFASはRパッケージであり、比較的簡単に利用可能である。dlmは誤差分布に正規分布のみ利用可能であるが、KFASではポアソン分布なども利用可能である。一方、パラメーター推定に関してはdlmでは最尤推定のほか、マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)によるベイズ推定が可能である。BUGS言語は、MCMCによるベイズ推定のためのモデリング言語であり、実行処理系としてはWinBUGS、OpenBUGS、JAGSがある。柔軟なモデリングが可能であり、状態空間モデルを記述することもできる。Stanは比較的新しいソフトウェアであるが、ハミルトニアンモンテカルロ法を使ってベイズ推定をおこなえる。Stanにはgaussian_dlm_obsという分布が用意されており、この分布を使用して、誤差分布が正規分布の状態空間モデルのパラメーター推定がおこなえる。また、gaussian_dlm_obs分布を使用せずに、状態空間モデルを記述することも可能である。複雑なモデルのパラメーター推定は、BUGS言語またはStanによりベイズ推定でおこなうことになるだろうが、dlmやKFASで最尤推定が可能なモデルであればそれらを使用する方が実用的であろう。
  • 深谷 肇一
    2016 年 66 巻 2 号 p. 375-389
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿では統計モデルとしての状態空間モデルについて基本的な解説を与えるとともに、生態学研究において状態空間モデルを適用することの動機と利点を示し、近年急速に発達した生態学のための状態空間モデルの体系を概観した。状態空間モデルは直接的に観測されない潜在的な変数を仮定することにより、観測時系列データに含まれる2種類の誤差であるシステムノイズと観測ノイズを分離した推定を実現する統計モデルである。生態学では特に個体群動態や動物の移動などの研究において、頑健な統計的推測のための重要な手法として確立している。状態空間モデルは階層モデルの1つと位置づけることができ、観測過程と背後にある状態過程・パラメータの構造を分離したモデル化によって、関心の対象である生態的過程に関する自然な推測を実現できることが大きな利点である。野外調査と統計モデリングの融合を原動力として、状態空間モデルは今後も生態学においてその重要性を増していくものと考えられる。
特集3 東南アジア熱帯雨林林冠の節足動物の群集構造と多様性
  • 乾 陽子, 市岡 孝朗
    2016 年 66 巻 2 号 p. 391-395
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    ボルネオ島の北西部のランビルヒルズ国立公園(マレーシア、サラワク州)は、主に低地フタバガキ林で構成される広大な熱帯雨林に覆われている。ランビルヒルズ国立公園の熱帯雨林には、生物多様性がきわめて高い生態系であるとされている東南アジアの熱帯雨林の中でも、特に卓越して種多様性の高い生物群集が生息している。また、ランビルヒルズ国立公園は、平均すると数年に一度の不規則な間隔で訪れる短い時期にさまざまな樹種が開花期を集中させる、東南アジアの熱帯雨林地域に特有の一斉開花現象が見られる。生物学的に興味深い多くの問題が潜むこの地の貴重な熱帯雨林に、馬日米の共同研究プロジェクトによって、野外調査のための研究拠点が1990年代の初め頃から設けられ、その後、高い林冠部での調査や観察を容易にするための林冠観測システムが拡充されてきた。研究プロジェクト参加メンバーの何名かは、それらの施設を利用して、熱帯雨林においてきわめて高い生物多様性が生み出され維持される要因・機構の解明にとって不可欠な、林冠に生息する節足動物群集を対象にした生態学研究に20年以上取り組んできた。本特集では、この間に蓄積された研究成果のなかから、特に2009-2013年に進展した研究成果を紹介するとともに、熱帯雨林の林冠に生息する節足動物群集に関するこれまでの研究の展開を概観し、今後の課題について論じた。
  • 岸本 圭子
    2016 年 66 巻 2 号 p. 397-402
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    1980〜90年代、複数の熱帯林において、林冠部に生息する節足動物相が網羅的に調べられ、その豊かな多様性に注目が集まった。しかし、そうした研究の多くは節足動物群集の構成と種数の記述にとどまっており、熱帯林・林冠部の節足動物群集に関する研究は次の点で不十分である。1)陸上生態系の中で最も豊かな生物多様性を擁する熱帯雨林における研究が未だ少ない。2)熱帯の昆虫群集はダイナミックに変動することが分かってきたが、群集の時間変化に着目した研究が少ない。3)林冠部へのアクセスの難しさから、多数の樹種を対象にした研究がほとんどない。そこで、著者と共同研究者らは、これらの問題点を克服し、林冠の節足動物群集の構造をより詳細に解明することを目指して、ランビルヒルズ国立公園のクレーンをもちいて、25科72種の樹木の樹冠部で節足動物の定量的・定期的調査を実施した。中でもカメムシ群集に着目した研究では、東南アジア低地フタバガキ混交林に特有の現象である一斉開花(数年に一度不規則な間隔で林冠を構成する樹木が群集規模で開花を同調させる現象)が、群集を構成する種の変化をもたらす一要因であることが示された。
  • 丸山 宗利
    2016 年 66 巻 2 号 p. 403-405
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    東南アジアにおいて樹冠のアリの巣の好蟻性昆虫はこれまでにほとんど調べられたことがなかった。シダスミシリアゲアリ Crematogaster difformis の巣内の調査により5種の好蟻性種が発見されたが、大部分は属単位で固有であり、分類学的にきわめて特異である。
  • 橋本 佳明
    2016 年 66 巻 2 号 p. 407-412
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    アリ類の多様性がきわめて高い熱帯林では、アリ類に擬態する生物の多様性も高いことが知られている。本研究では、ボルネオ島のランビルヒルズ国立公園をはじめ、東南アジア熱帯林で、多様性創出維持機構としてのアリ擬態の実態を解明するために、アリ擬態するハエトリグモ科アリグモ属の種多様性と同所に出現するアリ類多様性との関係や、画像解析技術を活用したアリグモ類の擬態マッチングの解析、安定同位体を用いたアリグモ類の食物連鎖解析、供餌実験等によるアリグモ類の採食生態の調査などを行ってきた。その結果、同所に出現するアリグモとアリ類の間で種多様性や擬態関係に密接な関係が見いだされることを明らかにすることができた。さらに、アリ擬態現象がアリグモと非擬態クモ類との「すみわけ」やアリグモ種間の「喰い分け」のメカニズムとしても機能している可能性も分かってきた。これらのことは、熱帯でのアリ類の高い多様性がアリ擬態現象を介して、アリグモ類の多様性を創出する鋳型となり、さらに、その多様性を維持する多種共存機構や生態系安定化の機構となっていることを示唆している。
  • 乾 陽子
    2016 年 66 巻 2 号 p. 413-419
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    ランビルの森に優占するフタバガキ科の林冠木の樹冠には、シダやランなどの着生植物が多く見られる。こうした着生植物が提供する微小生息場は、主として樹上性のアリ類が占有している。特に、着生のシダ(ウラボシ科)2種は、明瞭なドマティア(空隙構造)を有し、そこに著しく攻撃性の高いシリアゲアリが排他的に営巣する。このアリ種により、他の樹上性のアリ類やシロアリ類が少なくなるだけでなく、シダや林冠木の食害も低く抑えられていることがわかった。極めて多様性の高い樹冠において、シリアゲアリと着生シダのコンビネーションは多様な他種を排除し画一化を促進しているようにも見えるが、着生シダのドマティアには、この強力なアリの攻撃をかわし好適な微小生息場を得る好蟻性の節足動物が複数生息していた。そのなかで極めて豊富だったのが新属新種のゴキブリである。特筆すべきはこのゴキブリ種が自身の化学的プロフィールをアリコロニーに蔓延させ、多くの好蟻性昆虫に知られる化学擬態とは異なる方法でアリ巣に潜入していたことである。シリアゲアリ種は、着生シダさえあれば樹冠に君臨し高い排他性を示す一方で、化学的セキュリティーを致命的に欠くように見える。一方、同じ調査地に分布する亜高木のオオバギ属(トウダイグサ科)アリ植物にも植物を防衛するアリの攻撃をかわし、特定のオオバギ種を専食するムラサキシジミ類(シジミチョウ科)の幼虫が知られている。このムラサキシジミ類もまた、よく知られた好蟻性昆虫の化学擬態とはまったく異なる特徴的な化学的戦略をもつと示唆される化学プロフィールを示した。熱帯雨林地域にのみ進化したアリ植物の共生系は、単に防衛アリと植物の相利的関係としても種間関係の強度が多様であることがこの十数年で明らかになったが、さらにその共生系に便乗する好蟻性昆虫も非常に多様であり、そのなかにはこれまで知られていなかった種間関係やその化学的な維持機構が潜んでいる。
  • 兵藤 不二夫
    2016 年 66 巻 2 号 p. 421-428
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    帯雨林は地球上で最も生物多様性の高い地域の一つである。節足動物はその中でも最も種数の多い生物群であり、現存量も大きいため、熱帯雨林の生態系において植食者や腐食者、捕食者として重要な役割を果たしている。しかしながら、技術的な困難さのため、多くの節足動物の種の詳細な食性は十分にわかっていない。本稿は、ランビルヒルズ国立公園の節足動物の食性を同位体分析によって調べた筆者らの共同研究の成果をまとめたものである。筆者らは、まず始めに多様な節足動物がどのような炭素・窒素同位体の分布を示すのかを調べた。この結果、陸上食物網においても水域食物網に見られるような栄養段階に沿った窒素同位体比の上昇があることを確認した。一方、炭素同位体比は捕食者の多くで植食者よりも高く、腐食者に近い炭素同位体比を示した。このことは、高い炭素同位体比を持つ腐食者を捕食者が餌源として利用していることを反映していると考えられた。次に、熱帯雨林の動物の現存量の大部分を占めるハチ目とシロアリ目について、種ごとの炭素・窒素同位体の分布を調べた。アリ類では林冠の花蜜食アリから捕食性の軍隊アリとなるにつれて窒素同位体比が高くなっていた。一方、シロアリ類では、食物の腐植化の程度を反映してリター・木材食から土壌食となるにつれてその窒素同位体比が高くなっていた。カリバチ類でもアリ類と同様に窒素同位体比の大きなばらつきが見られ、花蜜や甘露が重要な餌源となっているものから捕食性のものまで食物の資源分割が生じていると考えられた。土壌食シロアリと軍隊アリは炭素・窒素同位体比に有意差が見られなかったが、放射性炭素同位体分析から求めた食物の古さ(食物年齢)は、土壌食シロアリのほうが軍隊アリに比べて有意に古かった。このことは陸上の節足動物の食性を正確に理解するには、複数の同位体分析が有効であることを示している。これら同位体を用いた節足動物の食性解析は、熱帯雨林の生物種の保全や生態系の復元においても重要な意味を持つと考えられる。
  • 市岡 孝朗
    2016 年 66 巻 2 号 p. 429-438
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    熱帯雨林は生物多様性の宝庫として数多くの研究者を魅了してきた。その多様性の根幹をなすのは、昆虫類を中心とする節足動物である。なぜ、熱帯雨林では節足動物の種類が極度に多いのか。多様な節足動物の進化を促し、共存を許容する要因の一つとして、熱帯雨林の「大きな」林冠の存在に関心が払われてきた。熱帯雨林の樹木の生産・成長・繁殖活動の中心である林冠には、多様な樹種の梢・葉・花・果実が豊富に産み出されるほか、様々な着生植物、つる植物、絞め殺し植物が繁茂して、微気象的な環境要因が異なる多様な微小空間が集まってできあがった複雑な立体構造が形成されている。こうした林冠の特性が、熱帯雨林における節足動物の高い多様性の創出・維持に大きく貢献しているのではないかと考えられてきた。本論文では、この仮説を実証的に検証することをめざした、今日に至る一連の研究を整理して、今後の研究の展望を示すことを目的とした。仮説を検証する第一歩として、熱帯雨林の林冠には、同地の林床や他のタイプの森林の林冠と比べて、いかに多くの節足動物が生息しているかを示そうとした研究がなされてきた。これらの研究結果から、熱帯雨林ではほとんどの分類群で林冠と林床の両方に共通する種の数はかなり少ないこと、熱帯から温帯に向かって林冠の大きさ・複雑さが減少すると林冠の節足動物種数が減少することなどが示された。仮説のさらなる検証には、林冠のどの部分にどのような節足動物が生息しているのか、林冠のなかにみられる環境勾配に対して種構成がどのように変化するのか、節足動物が関与する生物間相互作用が林冠内の空間異質性に対してどのように反応しているのか、などといったことを具に明らかにする必要が有る。しかし、熱帯雨林の林冠は、あまりに背が高いために研究活動が容易には進展せず、それらの問題を解決するための野外調査が進んで来なかった。高い林冠という障壁を克服するため、近年、林冠観測システムが世界中の熱帯のいくつかの地点に設置され、林冠の節足動物群集についての研究が急速に進展した。筆者らによる林冠のアリ類群集の資源利用様式に関する一連の研究成果を含む、林冠観測システムを用いた研究結果から、熱帯雨林の林冠には多様な微小環境が混在しており、その空間異質性に対応する形で、これまで予想されていた以上に多様で量も豊富な節足動物群集が存在していることが明らかになってきた。
特集4 高等植物の道管流・師管流の計測技術と生態学における研究展開
  • 小林 剛, 種子田 春彦
    2016 年 66 巻 2 号 p. 439-446
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
  • 種子田 春彦, 大條 弘貴, 大塚 晃弘
    2016 年 66 巻 2 号 p. 447-464
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    植物体内の水輸送は、個体が適切な水分含量を保ちながら光合成生産を行うために重要な現象である。通水コンダクタンスはこうした水輸送の速度を決める要素のひとつであり、植物種間や環境によって大きく変化する。そこで、通水コンダクタンスを調べることは、植物の水利用戦略を考えるうえで重要な情報を与える。本稿は、根、茎、葉の3つの組織における通水コンダクタンスの測定手法について、それぞれの組織の水の流れ方と手法の利点と欠点を中心に解説した。
  • 越智 誠, 矢野 裕也, 寺尾 京平, 鈴木 孝明, 高尾 英邦, 小林 剛, 片岡 郁雄, 下川 房男
    2016 年 66 巻 2 号 p. 465-475
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    陸上高等植物の体内における道管流の動態に関する評価向上には、従来、計測が困難であった小さな器官や組織を含む多点的な計測、かつ植物体への影響が極力小さく、リアルタイムで情報を取得可能な計測システムの構築等が不可欠である。このような状況を鑑み、著者らは、植物体内の水分・栄養物質動態を非破壊的に高解像度で追跡することが可能な道管流/師管流モリタリングシステムの確立を目指した研究開発を進めている。  本論文では、主に高木を対象とした道管流(樹液流)の代表的な計測方法の一つである熱消散法(heat dissipation method、ヒータ付き温度センサとリファレンス用の温度センサから構成されるグラニエセンサを用いる方法)をもとに、新たに超小型道管流センサを提案した。提案した超小型道管流センサの実現に向け、半導体微細加工技術を応用したMEMS技術(micro electro mechanical systems, MEMS)を駆使して、センサの主要な構成要素であるマイクロプローブ、温度センサ(pn接合ダイオード)、薄膜ヒ-タ等を凡そ5 mm角のSiチップ上に機能集積化したプロトタイプの製作に成功した。製作した超小型道管流センサのプローブの大きさは、プローブ径:約0.1 mm、プローブ長さ:約0.3 mmであり、従来のグラニエセンサに比べて1/10以下のサイズである。更に、マイクロシリンジポンプ、シリコンチューブ、マイクロ電子天秤等を組み合わせて簡易な疑似植物実験系を構成し、製作した超小型道管流センサのマイクロプローブ部を細径チューブ(直径1 mm)に挿入して流速(流量)測定に関する基本実験を行ない、その実験結果から、提案した超小型道管流センサを用いることにより、微少流速 (0〜150 μm/s)の測定が可能なことを明らかにした。これらの一連の実験結果から、MEMS技術を駆使して実現される超小型道管流センサは、植物体における器官・組織スケールでの道管流計測に資する可能性を示した。
  • 溝上 祐介, 寺島 一郎
    2016 年 66 巻 2 号 p. 477-487
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    光合成の基質であるCO2は大気中から、気孔、細胞間隙、細胞壁、細胞膜、葉緑体胞膜を経て葉緑体ストロマまで拡散する。この拡散経路は2つの抵抗、気孔抵抗(Rs)と葉肉抵抗(Rm)に大別される。通常はこれらの抵抗の逆数、気孔コンダクタンス(gs)、葉肉コンダクタンス(gm)をCO2の拡散しやすさを表す指標として用いる。CO2拡散経路において、gsの環境応答メカニズムの研究は多くあるが、gmについての研究はまだ少ない。その理由として、gmgsと同程度の値であり光合成の律速要因として重要である、といった認識や、gmgs同様、変化するものであるといった認識が希薄であるからと考えられる。さらに、gmの測定方法が難しいこともその理由として考えられる。そこで、本稿では、特にgmのさまざまな測定方法を注意点を交えながら解説した。また、実際にパラメータの設定などで、得られるgmがどの程度変化するかを解析した。gmの測定方法は、クロロフィル蛍光法、カーブフィッティング法、炭素安定同位体法の3つに大別され、これらはガス交換測定が基本となっている。さらにクロロフィル蛍光法にはconstant J methodとvariable J methodがある。カーブフィッティング法、constant J methodは環境条件によらずgmを一定と仮定しているため、gmが変化することが分かってきた現在、推奨できる方法ではない。variable J methodは、低O2条件で、クロロフィル蛍光測定に細心の注意を払えば使えるが、炭素安定同位体法と併用することが望ましい。炭素安定同位体法は、現在もっとも信頼されている測定方法であるが、やはり、パラメータの設定や、測定環境には細心の注意が必要である。gmはCO2濃度の変化に応答すると報告されており、この応答にパラメータの設定が与える影響を解析したところ、大きく影響を与えるのはミトコンドリア呼吸が起きていないと仮定した時のCO2補償点(Γ*)と光照射下での呼吸速度(Rd)であった。これらのパラメータは文献値を用いる場合も多いが、植物種、生育条件、測定条件ごとに値が異なるため、Laisk法を用いて測定すべきである。以上のように、gmの測定には多くの注意点があるが、精確なgmを測定することが葉内のCO2拡散を理解する上で大切である。
  • 関 元秀, 佐竹 暁子
    2016 年 66 巻 2 号 p. 489-500
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    維管束系の生理学的理解は年々深まっているが、篩部構造にはいまだわかっていない点が多い。また生態学的理解、つまりなぜ現存する生物集団内で、特定の維管束系形態が維持されているかについては、アプローチ自体がほとんどなされていない。本稿では、適切な量の栄養を適切な時期に適切な部位に供給することのできた個体が自然選択または人為淘汰によって子孫数を増やしてきたという観点に立ち、篩部ショ糖転流について、生理学モデルを用いた生態学的理解を試みた。具体的題材としてイネを用いた研究を紹介し、ショ糖篩管輸送モデルをもとにイネ穂構造と収量の関係について考察した。イネを用いた事例研究では、まず現実の個体の穂形が代入された際に現実的な成長パターンを再現できるモデルが開発され、次に様々な仮想穂形をモデルに代入し収量比較がなされた。シミュレーションの結果として、個体収量はショ糖合成能や穎果総数だけでなく、穎果配置にも大きく左右されることが示された。モデルによって同定された収量を最大化する穎果配置は、現在広く栽培されている品種のそれであることが指摘された。さらに、穎果配置の大幅な改変をともなう改良品種では穎果総数が増加しても平均玄米重が減少してしまうという現象が実際に知られていたが、その原因がショ糖合成能の限界だけではなく、穎果配置構造の改変のせいでもあることが明らかにされた。
  • 檀浦 正子, 種子田 春彦, 小林 剛
    2016 年 66 巻 2 号 p. 501-513
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    維管束植物の師部は、光合成生産物を植物体の各部位に輸送する通路であるだけでなく、生態系の炭素循環において炭素が大気から土壌への炭素の移動する際の重要な経路となっている。この師部における師液流を数値化するために有効な方法のひとつとして、炭素安定同位体パルスラベリングがある。これは、主にガス態の13Cを標識物質として、光合成によって炭素を植物体へ取り込ませ、その後の移動過程を追跡する手法である。本稿では、森林を構成する高木を主な対象として、このパルスラベリングの原理を解説し、師液流を評価するための方法を紹介する。また、樹木体内の師部を介した生態系における炭素移動メカニズムに係わる研究動向を解説し、今後の課題を考察する。
  • 松本 一穂
    2016 年 66 巻 2 号 p. 515-544
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/24
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿では森林生態系における炭素と水の流れ(フラックス)を、コンポーネント、単木、生態系の各スケールで計測するための方法について解説する。フラックスは測定方法によって対象となる時空間スケールが異なるため、用途に応じた方法の選択が重要になる。一般に、小さいスケールでのフラックス測定はプロセスやメカニズムの解明に適しており、スケールが大きくなるほど代表値の評価に向いている。本特集のテーマである樹液流計測は時間的・空間的に多様なスケールのフラックスの評価に用いることができる方法であり、その技術の進歩は森林生態系における炭素・水循環過程のさらなる理解に役立つものと考えられる。
博物館と生態学(26)
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