本研究は,すくい縫いミシン縫製において,縫製方向の変化に伴ってすくい量やすくい形態に影響を及ぼす要因を解明するために,高速度カメラを用いて縫製中の生地の変形挙動を直接的に観察したものである.さらに,生地特性や物性に着目して,すくい量と縫製方向の定量的関係について検討した.
カメラ画像からバイアス方向の縫製において,生地は布上げにより突き上げられ,さらに送り歯による布送り作用が加わることにより,せん断変形を生じていることが観察された.このようなせん断変形が織糸間が詰まったタイトな構造を引き起こすと考えた.
すくい縫い縫製において,地糸に沿った縫製の場合,送り歯と押え金の間で織糸の拘束は直接的である.しかし,バイアス縫製では送り歯と押え金による織糸の拘束は間接的となる.このような縫製方向の相違から,バイアス方向では,送り作用によりせん断変形しやすくなり,地糸に沿った場合よりも針の貫通時間が長くなることがカメラ映像から明らかとなった.生地の拘束が小さいことから,カメラ映像に基づくこれらの現象が,すくい量の増加と標準偏差の減少およびすくい形態の多様化を引き起こしたものと考えられた.他方,地糸に沿った縫製においては,前述のように織糸の拘束が大きいため,針貫通が衝撃的となり,針が織糸を割って進入する確率は小さくなると考えられた.これが,地糸方向の縫製の場合に,すくい量が小さくなり,その標準偏差は大きくなり,そしてすくい形態が限定的になる理由である.
様々な縫製方向におけるすくい量は,布厚さTMと伸び率EMTを含むTM・EMT(θ)/EMT(0)という変数を導入することにより,定式化できることがわかった.