六甲山の670m及び800m地点において1年以上にわたって霧水採集とスギ樹冠下での樹冠通過雨の測定を行ない,次のことを明らかにした。 六甲山における霧の年間発生頻度は11.5~15.5%,霧水量(Liquid Water Content)の年平均値は0.059g/m
3であった。霧の発生は相対湿度が80%を越えると急に高まり,86%では発生頻度はおよそ70%に達した。六甲山の霧水の化学成分濃度(1997年度平均)はpH3.81,SO
42-11.2μg/ml,NO
3-7.7μg/ml,NH
4+3.1,ug/mlで,pHは関東地方の山岳地とほぼ同じレベルであった。樹冠通過雨測定から算出した霧水沈着量と霧水採集量との間に有意な相関関係が認められ,樹冠通過雨測定によって樹冠への霧水沈着量を定量的に測定できることが示された。 標高800mの尾根部のスギ樹冠には,年間で1420~2860mmの霧水が沈着しており,これは年降雨量の0.89~1.79倍にあたる。霧水沈着量は林分の地形条件や調査木の立地条件により異なり,谷斜面に比べ尾根部で,また林内に比べ林縁部やギャップに面したところでより大きな値を示した。霧水によってスギ樹冠にもたらされる酸性沈着量は年間でSO
42-204kg/ha,NO
3-153kg/ha,H
+2.5kg/ha,NH4+58kg/haであり,全湿性沈着量の85~92%の酸性沈着が霧水によってもたらされている。六甲山において測定されたH
+,SO
42-,NO
3-の霧水沈着量は,いずれも北米東部の山岳地帯の森林で報告されている最高値と比べて,同程度かより大きな値であった。スギ樹冠に対するSO
42-の乾性沈着量は全沈着量の22%,霧水沈着量の33%であった。暖候期について霧発生頻度,霧水量及び風速との重回帰分析を行なったところ,霧水沈着量と3変数との間に有意な相関関係が認められた。 以上のことは,山地~ 山岳地の尾根部にある針葉樹(林)には霧水により降雨を上回る水分補給や酸性沈着がなされていることを示唆しており,山地の森林生態系における物質収支を検討するにあたっては,霧水沈着量の見積りが不可欠であることを示している。 六甲山の地形・立地環境は決して特異なものではないことから,国内各地にある山地の森林地帯において同様な現象がみられるものと推測される。山地~山岳地帯における樹冠通過雨の測定を含む,酸性沈着の総合的なモニタリング調査が必要である。
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