人間活動に伴い大気中に放出されたアンモニアや窒素酸化物,その他の化学物質は大気の移流や拡散により広範囲にわたり周辺地域への負荷となっている。これらの負荷物質が生態系の物質循環に与える影響を明らかにするために,乗鞍岳前川流域の森林において物質循環調査を実施した。乗鞍岳は長野県松本市の西南西約40kmに位置し,調査地付近の窒素負荷量は約31mmol/m
2/yrと日本の平均負荷推定値の約6割と小さい。また亜高山帯に位置する本地域では,低温や積雪などの気候条件が植物等の生育を制限する重要な要因となっている。貧栄養多雪地帯における窒素循環を明らかにし,窒素負荷の影響を推察するために,針葉樹林および落葉広葉樹林において,林内降水,A0層浸透水,土壌水による養分フラックスの測定およびリターフォール調査を実施した。窒素負荷量の小さい乗鞍調査地では植物一土壌間における窒素の内部循環量は213-272mmol/m
2/yrと日本の平均的な森林と同程度であるが,土壌層からの窒素流出量が非常に小さいことが分かった。年間を通して土壌水中のアンモニウムイオンおよび硝酸イオンの濃度は非常に低く,植物による吸収また土壌微生物による同化などにより,窒素が速やかに利用されていることが示唆された。しかし,一時的にアンモニウムイオン沈着量が増加した時期や融雪期などに,A
0層や鉱質土壌層から窒素の流出が見られたことから,沈着あるいは内部循環に由来するA
0層における窒素フラックスの急激な増加に伴い,系外へ窒素が流出する可能性があることが示された。
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