自動車排気ガスの構成成分中には発癌性の疑いがある多環芳香族炭化水素類(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons:以下PAHs)が含まれる。そのため,自動車交通による大気汚染の実態を解明し,その安全性を確認するためには,簡便で多点同時観測を可能とする大気のモニタリング法が必要である。そこで,本研究では持ち運びと設置が容易で曝露期間を任意に設定できる,栽培したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を沿道大気モニタリングの対象生物試料として利用し,大気汚染を評価する方法の確立を目的とした。シロイヌナズナの経路毎のPAHsの取り込み量を推算するために,経路毎の生物分配係数を導出した結果,今回の曝露条件は分配平衡には不十分であるものの成分毎に安定した値を示すことが確認された。したがって,シロイヌナズナ中のPAHs濃度は大気汚染モニタリング指標として適用する上で必要な一定の安定性を有することが示された。さらに,シロイヌナズナにおける経路毎のPAHsの取り込みの寄与率を推算した結果,大気経由による取り込みの寄与率はBenzophenoneが97.2%,Fluorantheneが89.1%,Pyreneが86 .5%であり,取り込みの大部分は大気経由であると推察された。また,大気中のPAHs濃度とシロイヌナズナ中のPAHs濃度には相関があると考えられた。したがって,シロイヌナズナの苗を現場で育成し,14日間の曝露を経て,シロイヌナズナ中のPAHs濃度を測定するという簡易な手法により,その現場におけるおおよその大気PAHs汚染濃度を安定して推算できると考えられた。また,シロイヌナズナにおける大気中PAHsの取り込み媒体として蒸気態の寄与が大きい物質はPhenanthrene ,Anthracene,粒子態の寄与が大きい物質はBenzophenone,Fluoranthene,Pyreneであると推察された。さらに,シロイヌナズナにおける大気中PAHsの取り込み媒体の寄与の差が物質固有の普遍的な定数であるヘンリー定数によって説明できたことから,本論文で推算した取り込み媒体の寄与が地域限定及び一過性のものではなく,一般性を持つものであると考えられた。
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