都市緑地は都市域における重要な生態系サービス源であり,都市住民の生活満足にも貢献している。しかしながら,都市部における人口増加に伴って,緑地が提供する生態系サービスが十分に考慮されずに都市開発が進められている。都市部の緑地が軽視されてしまう理由として,生態系サービスが可視化されていないことが挙げられる。市街地に点在する都市緑地が果たす役割は生態系サービスの中でも文化的サービスによるところが大きく,その価値は一般的な市場では取引できない性質のものである。本研究では,こうした非市場価値を貨幣評価するためにLife Satisfaction Approach(LSA)を適用する。この手法を用いることで,人々の主観的な生活満足度が緑地から受けている影響を貨幣単位で評価し,それを緑地の価値として認識することができる。本研究は兵庫県の六甲山系を含む阪神間地域を事例に,GIS(地理情報システム)を利用して地理データを独自に構築した。都市緑地については学校林,社寺林,公園緑地を特定した。その上で,同地域で社会調査を実施し,それらデータを合成して緑地の価値評価を行った。その結果,生活満足度をベースにしたときに,都市緑地は森林の6倍程度の価値を有することが示された。さらに本研究では心理学分野で使われるK6指標を採用することで,緑地が近隣住民の精神的健全性に与える影響についても分析した。結果として,都市緑被率の高いところに居住する人ほど,精神的健全性が良好な状態にある傾向を示した。さらに都市緑地の中でも社寺林が精神的健全性に与える影響が顕著であることを示した。本研究では,LSAを適用して森林と都市緑地の価値を区別して推定した。それによって都市緑地は近隣住民の主観的福利に大きく貢献していることが明らかとなり,主観的福利の観点から都市緑地の評価を行う必要性が示された。一方で森林については,LSAでは価値の過小評価につながってしまう可能性が示唆された。
本研究は,緑藻類,珪藻類および藍藻類を供試藻類とし,マイクロプレートを用いたAGP試験の基礎検討を行うとともに,AGP試験により河川水と下水処理水の水質評価を行った。その結果,マイクロプレートリーダーによる吸光度と藻類細胞濃度との間には高い相関が認められ,吸光度の測定によりマイクロプレートウェル内での藻類増殖量を測定できることが示唆された。また,藻類細胞濃度の経時変化から,緑藻類および珪藻類は培養開始より10~14日,藍藻類は14~18日経過した時点での藻類増殖量をAGPとすることが妥当であると考えられた。さらに,AGP試験によって桂川流域の水質評価を行ったところ,下水処理水のAGPは桂川本川のAGPと比べて高い値が示され,桂川の富栄養化に対して下水処理水流入が及ぼす影響は大きいと推察された。緑藻類,珪藻類および藍藻類を利用したAGPについて,3種類の藻類によるAGPは異なっており,緑藻類だけでなく珪藻類や藍藻類を利用したAGPも測定する必要があることが示唆された。
低炭素社会を実現するために大量生産・大量消費社会における浪費型ライフスタイルから低炭素型ライフスタイルへの転換が喫緊の課題となっている。これまでにもエネルギー消費やCO2排出の人間行動要因については数多くの研究が行われてきたが,従前の研究の多くは例えば空調や給湯などの消費者による直接エネルギー消費に着目したものであった。実際には民生部門や運輸部門のCO2排出と比較して産業部門のCO2排出は非常に多いため,今後は消費者側から製品やサービスの消費に伴うCO2排出量を削減することを検討する必要がある。そのための基礎研究として,本研究では家計調査や全国消費実態調査,産業連関表といった統計資料から,消費者のエネルギー消費による直接CO2排出量と,製品やサービスの消費により誘発される間接CO2排出量を推計した。この結果,直接CO2排出も一定の割合を占めており,当然ながら省エネルギーも依然として重要課題であるが,間接CO2排出は直接CO2排出をさらに上回っていることが明らかになった。したがって,例えば食事形態や移動手段など,製品やサービスの消費についてもCO2排出が少ない手段を選択することが有効なCO2排出になり得る。次に,直接・間接CO2排出量を世帯属性別に比較し,世帯属性によりCO2排出量は大きく異なっているという結果を得た。ただし,この推計では年齢や世帯人員数などの個々人のライフステージに伴う要因とライフスタイルによる要因とを区別することが難しいため,今後,個々の生活行動とCO2排出量との関係についてより詳細に検討する必要がある。
先進国は経済成長の過程で工業化とモータリゼーションを加速させ,その結果として重金属汚染を起こし,生態系に大きな影響を及ぼすことを経験してきた。モータリゼーションの進むモンゴルは世界的にも有数の遊牧民族であり,都市部周辺で遊牧される家畜を介したヒトへの影響が懸念される。そこで,モンゴル国Ulan Bator市における遊牧家畜の健康影響評価を目的として,血中鉛濃度の測定を行うこととした。2015年8月末に,Nalaih地区で鉛蓄電池を含む自動車廃部品のリサイクルを行っていると考えられた廃棄物処理施設付近に定住している農家,同施設付近で生活している遊牧民,Ulan Bator市街地から50 km離れた地域(Erdene sum地区)で遊牧されている家畜から採血し,LeadCareIISystem(Magellan Diagnostics)を用いて予備調査を行ったところ,家畜の血中鉛濃度はいずれも検出上限の65 µg/dLを超えていた(参考値:66~281 µg/dL)。この結果を受けて,2016年8月末の調査では,Ulan Bator市街地から東西南北に20~50 km程度離れた4地区を対象として家畜の血中鉛調査を行った。その結果,Ulan Bator市街地の南に位置するTuw-aimag地区以外では検出下限以下であった。2016年のモンゴルは春から継続的に降雨が続き,経時的に採血調査している同一個体の血中鉛が昨夏,今春と比べて今夏では1桁低かったことから,家畜の鉛暴露源である牧草に付着した鉛が恒常的な降雨によって洗い流された可能性が考えられた。また,Tuw-aimag地区は幹線道路に面していることから,廃棄物処理施設以外にも鉛汚染要因があることが示唆された。