降水の酸性化が,植物体からの重金属(Fe,Mn,Zn,Cd,Cu)の溶脱・収着現象にもたらす影響を知るため,着生地衣植物(ウメノキゴケParmotrema tinctorum)を用い,人工酸性雨水溶:液に浸漬する実験手法による基礎的検討を行った。 その結果,Cuを除く全ての重金属は溶脱・収着現象の分岐点となるpHを有することを見いだした。すなわち,MnはpH3.4~3.6を境にして低pH側で地衣体から溶脱を,逆に高pH側で地衣体に収着される現象を見いだした。Mnの溶脱量は0.78±0.24μeq・g
-1(pH2.1),収着量は0.38±0.21μeq・g
-1(pH3.9)であり,その量はともに溶液中のMnの濃度レベルに比例して増大した。同様の溶脱・収着反応がFe,Zn,Cdでも見られ,この溶脱,収着現象の分岐点となるpHはFeでpH2.7~3.1,ZnでpH3.1~3.3,CdでpH2.4であった。CuはpHに影響されず全pH領域で地衣体に収着された。 また,人工酸性雨水中における重金属の共存は,陰・陽両イオン(K
+,Ca
2+,Mg
2+,NH
4+,NO
3-,SO
42-)の溶脱・収着量をそれぞれ増加させ,とくに,NH
4+,NO
3-の収着量を著しく増加させた。 反応速度論的解析により,これら溶脱・収着現象がいずれも一次反応として示しうること,また,溶脱現象の見られるpH領域(pH2.1)での半減期(τ)はMn(4.5min.),Zn(16.3min.),Fe(34.3min.)であり,収着現象の見られるpH領域(pH3.9)でのそれはMn(4.1min.),Zn(7.3min.),Cu(8.4min.),Fe(13.Omin.)であることがわかった。これらの結果は,Mnの溶脱(Mnの欠乏障害)・収着(Mnの過剰障害)が比較的容易に起こり得ることを示すとともに,クチクラ層の有無という組織構造上の差異はあっても,同反応が高等植物にも起こりうることを示唆している。
抄録全体を表示