史学雑誌
Online ISSN : 2424-2616
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133 巻, 12 号
選択された号の論文の4件中1~4を表示しています
  • 2024 年133 巻12 号 p. Cover1-
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/01/23
    ジャーナル フリー
  • 2024 年133 巻12 号 p. cover2-
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/01/23
    ジャーナル フリー
  • 越前国十郷用水の井奉行を事例に
    黒滝 香奈
    2024 年133 巻12 号 p. 1-27
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/12/20
    ジャーナル フリー
    本稿は、支配錯綜地域の用水組合を管理した中間層に着目し、個別領主の支配領域を超えて構成された集団の家格意識とその変容を検討する。
     中間層の性格を考えるにあたっては、彼らが地域社会においてまとった権威が重視され、権威を得ようとする中間層の動きと、権威を与えた領主の動向の両面が検討されてきた。本稿では、従来十全に追究されていない、支配の異なる者によって構成された集団の家格意識を検討することで、身分格式に関わる同一規定・条件がない地域・集団における中間層の家格意識の醸成のあり方を考察する。また、その際には、彼らの由緒が一九世紀初頭の幕府地誌編纂事業を契機として再発見され、天保期にその地域の領主の用水支配に利用されていったことに注目する。
    本稿で対象とした井奉行は、最上流部の上金屋村(丸岡藩領)に居住し比較的新興の土肥家と、最下流部の下番村(福井藩領など支配変遷あり)に居住し中世以来の由緒を持った大連彦兵衛・三郎左衛門家からなった。享和三年の幕府地誌編纂事業の際の旧記改めにおいて、大連両家の由緒は幕府役人の目に留まり、苗字帯刀が許された。これに触発され、土肥家も自家の由緒書を作成あるいは再構成した。また、土肥家は、最上流部に住み、取水口の情報を先取できたため、しばしば不正を働いた。そのなかで、福井藩は天保期に周辺諸藩との軋轢を抱えていたことを背景とし、周縁部の支配錯綜地域に位置した十郷用水の統制の必要性を認識し、大連両家の由緒や家格を利用して、大連両家を重用していった。嘉永期の用水争論では、大連両家と土肥家とが対抗意識を強め、両者の家格意識の特徴が色濃く表れた。このように大連両家は、幕藩領主からも認められる旧記と由緒を持ち、地域で求心力を有する福井藩から重用された一方、土肥家は上流優位という用水の固有の原則では圧倒的に優位に立ったため、両者の家格意識は折に触れて表れたのである。
  • 加藤 真生
    2024 年133 巻12 号 p. 28-51
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/12/20
    ジャーナル フリー
    本稿は、欧米で形成されていた軍陣医学・軍陣衛生学を通じた帝国間関係への日本陸軍衛生部の参入過程について、軍事医療統計に注目して検討した。
     一九世紀後半の欧米各国陸軍衛生部では、軍事医療統計を活用した衛生改革に成功しており、より優れた成果をあげるべく、軍事医療統計の国際化が目指された。各国陸軍衛生制度や統計作成方法の差異により、軍事医療統計の国際化の実現自体は極めて難航したが、欧米各国陸軍衛生部は協調的に事業を進めた。このような取り組みは当初欧米中心に展開したが、北清事変以降の東アジアへの関心を背景に、日本陸軍衛生部も組み込もうとする動きにつながった。
     一方、日本陸軍衛生部では1875年以降、軍事医療統計を作成し始め、一般人口の死亡率以上に陸軍の死亡率が高いという問題に直面した。この問題を克服すべくドイツに軍医を派遣した。このドイツ派遣を契機に、日本陸軍衛生部は、軍事医療統計の刷新を行い、欧米各国陸軍衛生部と軍事医療統計を交換するようになった。これにより日本陸軍衛生部は、各国陸軍の死亡率を比較し、欧米各国陸軍の兵営改革を取り入れ、腸チフスの死亡率を改善することに成功した。日本陸軍衛生部は、こうした成果が反映された軍事医療統計を積極的に発信し、欧米各国陸軍衛生部もまた日本陸軍衛生部の成果に関心を寄せるようになり、最終的に日本陸軍衛生部も国際軍事医療統計事業に加わることとなった。
     また、欧米各国陸軍衛生部の軍事医療統計の入手は、植民地台湾への進出にも活かされ、英領インドの建築衛生の採用、それによるマラリア予防実験の成功につながっていった。軍事医療統計を契機に熱帯衛生を通じても欧米各国陸軍衛生部とのつながりを築き上げるに至った。
    一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて、日本陸軍衛生部は軍事医療統計を通じて学術的な「言語」を取得し、それらを通じて多角的に帝国間関係に参入していった。
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