歯からの求心性情報に影響されない下顎位を診査するために, 歯を接触させずに開閉口運動を行わせ, 顎関節や咀嚼筋群の作用によって誘導された下顎位を求めることがある. この下顎位はヒトによりばらつきがあり, 姿勢によって影響を受けるとされているが, いまだ詳細は明らかではない. そこで本研究では歯の接触を伴わない連続開閉口運動の最閉口点(CP)が, どのような下顎位を示すか, またその下顎位がどのような要因で変動するかを明らかにする目的で, 開口距離, 開閉口速度, 姿勢を変えて, 歯の接触のある開閉口運動(タッピングポイント, TP)と比較し, またその再現性について検討した. 顎運動の記録は, MKG K6ダイアグノースティックシステムを用い, 切歯点運動のアナログデータをシグナルプロセッサ 7T17にてAD変換し, 咬頭嵌合位を基準として, vertical曲線からみた開閉口運動の最閉口点の三次元的位置を計測した. 実験1 開口距離および開閉口速度の影響 自覚的に顎関節や咀嚼筋群に異常を認めない有歯顎者19名(平均年齢24.5歳)を被験者として, 直立座位で連続10回以上の習慣性下顎開閉口運動を行わせた. 開口距離は大, 中, 小の3種とし, また開閉口の速度は, 速い, 中等度, 遅いの3種で, それらの大きさや速さは被験者の任意とした. 歯の接触を伴わない運動では, 歯が接触しないで, できるだけ閉口位をとるように指示した. 試行はそれぞれの条件を無作為な順序で選び, それぞれ2回繰り返した. 側方および前後方向への偏位量と各条件との相関を調べた. その結果, CPは, TPより変動が大きく, 2〜3倍の範囲にばらついた. TPとCPの変動には前後, 側方方向ともに正の相関が認められ, TPの偏位が大きなものは, CPの偏位も大きくなることがわかった(P<0.001). また開閉口速度が速くなるとCPは有意に後方に移動したが(P<0.001), 側方の方向にはその影響は認められなかった. さらに開口距離が大きくなると, 側方への変動が有意に増加した(P<0.002). 実験2 姿勢の影響および反復開閉口回数の経過の影響 健常有歯顎者10名(平均年齢25.0歳)を被験者として, 背もたれと足の部分を可変できる木製の椅子に座らせ, 連続20回以上の下顎開閉口運動を記録した. 被験者の体位は, 直立座位, 上体の45°傾斜位, および仰臥位とした. 開口距離は大・中・小の3種とし, それらの大きさおよび開閉口の速さは被験者の任意とした. 試行は無作為な順序でおのおの3回繰り返した. 各条件の影響を分散分析法により解析した. CPは, 開閉口の回数の経過に伴い漸次前方に偏位し, 10回目以降で, とくに大開口時に著明であった. また直立座位, 45°傾斜位, 仰臥位と上体が後方に倒れるほど, 前方に移動する傾向が大きく, 開口量の増加が, この傾向をさらに顕著にした(P<0.001). このことから外側翼突筋の姿勢に対する関与が推察された. 実験3 顎口腔機能異常との関係 自覚的にはなんら異常を訴えていないが, 咬頭嵌合位が不安定であるかまたは習慣性開閉口路が側方ヘ2mm以上偏位する被験者5名(平均年齢26.4歳)に対して実験1と同様の測定をした. TP, CPともに正常者群より変動が大きく, とくにCPの変動は著しく, 顎口腔機能の状態を反映していることが明らかとなった. 以上のことから, CPは, タッピングポイントより変動が大きく, 開口距離, 速度, 開閉口の回数, 姿勢によって変動することがわかった. また直立座位で開口量が小さいときが, 変動が小さく最も安定することが明らかとなった. さらにCPは, 歯の接触がないにもかかわらず, 咬頭嵌合の状態を反映していることがわかった.
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