院内感染とは, 病院などの医療施設において新たに感染症に罹患することである.通常, 院内感染が成立するためには, 微生物の接触, 付着, 定着が起こり, 微生物の病原性が宿主の抵抗力よりも勝ることが不可欠である.院内感染は弱毒菌感染症のグループに属するので, 感染が成立するためには, 宿主の抵抗力(免疫能)が重要な因子となる.すなわち, 悪性腫瘍や代謝不全などの基礎疾患や抗腫瘍薬, 放射線療法, 腎透析などの医原的要因による免疫能あるいはその他の抵抗機構が低下した患者(Compromised host)であれば, 容易に感染が成立する.一方, 微生物側では, 従来, あまり臨床で問題にされなかった弱毒菌やさまざまな抗菌薬や消毒剤に対する耐性菌が, 院内感染症では問題となる.なかでも, メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)や多剤耐性緑濃菌(MDRP)は, 院内感染例で高率に分離され, その感染予防や治療に苦慮している.それに加え, 最近, 欧米においてバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)による院内感染症が多発していることが報告されている.特に, ペニシリン, アミノグリコシドおよびバンコマイシン耐性の3剤耐性腸球菌による院内感染が増加し, MRSAについて深刻な社会問題となっている.日本でもVRE感染症が散発的に報告され, 近い将来, VREあるいはバンコマイシン耐性を獲得したMRSAによる院内感染の蔓延が危惧されている.MRSAやVREの耐性メカニズムは, 主として抗菌薬の作用点の変化または修飾である.MRSAは, mec遺伝子(mecR1, meclおよびmecA)がcodeする新たな架橋酵素であるpenicillin-binding protein 2´(PBP2´)の産生により, β-lactam剤をはじめ種々の抗菌薬に耐性を, VREは, バンコマイシン耐性遺伝子(vanA, vanB, vanCあるいはvanD)がcodeするアミノ酸結合酵素(VanA, VanB, VanCあるいはVanD ligase)が正常に合成されたGluNAc-MurNAc-pentapeptideの末端の_D-Alanyl^4-_D-Alanine^5とは異なる_D-Alanyl^4-_D-Lactate^5または_D-Alanyl^4-_D-Serine^5を合成し, バンコマイシンとの結合特異性を低下させることにより耐性を示す.またMDRPでは, 外膜に存在するporin蛋白の発現量低下または欠損による薬剤透過の減少, およびoprM, oprJ, oprN operonがcodeするMexA-MexB-OprM, MexC-MexD-OprJ, MexE-MexF-OprN pumpによる薬剤の細胞外排出が主な耐性メカニズムを担う.それとともに, β-lactamaseやaminoglycoside acetyltransferase (AAC)などによる抗菌薬の不活化やDNA gyraseの変化による抗菌薬親和性の減少, さらにbiofilm形成による抗菌薬の低浸透などが組み合わさり多剤耐性化する.このように, 院内感染症で高率に分離される院内感染起炎菌はさまざまな耐性メカニズムを有するため, 各医療機関で院内感染予防対策を困難にしている.本稿では, 歯科領域においても遭遇する主要な院内感染起炎菌であるMRSA, VREおよびMDRPによる院内感染症とその耐性メカニズムなどについて概説する.
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