壁画, 屏風, 掛軸などに画かれている古来からの日本画を保存するということは重大な問題であるにかかわらず, 実際には単に経験によってのみ行なわれているのが現状である。そこで我々はこの問題を物理的および化学的に追求し, 科学的保存法を確立しようとして本研究を始めたのである。日本画の保存を研究する場合にはまずいかなる変化が生ずるかを知らねばならぬ。すなわち日本画は基質である画面 (一般に紙また布) に有機, 無機の種々の顔料をにかわ, 胡粉などと共に水でねって塗布したものであるのでこれら種々の成分の各々が長い年月の間に空気中の湿気, 種々のガスと接触するため, また日光や照明による光エネルギーの照明により, それぞれ何らかの変化を生ずると共に各成分間の相互作用により変質する。
これらの変化は変色, 退色, 脱離 (画面と絵の具) の他に基質自身の劣化 (虫にくわれたり, やぶれたりくずれたり) などきわめて多岐にわたっている。我々は日本画の保存法の確立の研究の第一段階として, 種々の変化のうち顔料の変退色がどんな原因により生ずるかを解明し, 次にその原因を削除するか, その対策を案出しようとした。しかし変退色の問題にしても実際の絵にはきわめて多くの顔料が用いられており, それらはいずれも化学的成分を異にしているので各々が長い年月の日に受ける変化は全く異なる。ゆえに問題をさらに単純化しないと判然とした結論を得ることは困難であるのでまず手始めとして古来から比較的よく用いられている鉛丹 (Pb
3O
4) をとりあげた。この鉛丹に類似した密佗僧 (PbO) をあわせて研究した。
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