心臓血管外科周術期の心房細動発生は血行動態を不安定とする.心房細動は周術期だけでなく遠隔期の心イベントや生命予後にも影響し,その発生を予防することは重要である.術後心房細動の予防に対しての研究は様々報告され,その中にβ遮断薬の有効性も報告されている.
ビソノテープ®はビソプロロールを成分とした高血圧治療における新しい経皮吸収製剤である.嚥下困難をはじめ,術直後など経口投与が難しい状況でも容易に使用できる点など臨床的意義が高い.
今回,当科で心臓血管外科術後にビソノテープ®を使用し,その作用発現にかかる時間と有効性について検討した.術直後,挿管されている時でも貼付剤であるビソノテープ®は使用開始できるため術後ICUに帰室後すぐに血行動態をみながらビソノテープ® 4 mgを開始した.開始時と効果が発現されたと思われる時の心拍数,血圧とその時間間隔を後方視的に検討した.何らかの理由で中止した症例も除去するだけでその効果は消失するが,このような症例についても徐脈(≦60回/分)や血圧低下(≦100 mmHg)が解消されたと思われる時の血圧,心拍数,その時間間隔について同様に検討した.その作用発現や不都合な効果の解消にかかる時間は約3時間であった.
次に人工心肺使用症例の中で術後にビソノテープ®を含めβ遮断薬を使用しなかった群と術後ビソノテープ®を使用した群で術後心房細動の発生について比較した結果,その予防の可能性が示唆された.ビソノテープ®は心臓血管外科術後患者に簡便に使用でき,術後の頻拍性不整脈による血行動態の破綻を防ぐ可能性がある.当科での現在までの症例を検討し,文献的考察を加え報告する.
症例は47歳女性.32歳頃より動悸発作を自覚し,2012年に発作性上室性頻拍(PSVT)と診断され,2014年に電気生理学的検査・高周波アブレーションを施行した.室房伝導および房室伝導は減衰伝導特性を認め,室房伝導は房室結節単伝導路と診断した.一方,心房期外刺激では3回のjump-up現象を認め,房室伝導は房室結節4重伝導路と診断した.頻拍は容易に生じ,頻拍周期は544 msと長く,AH間隔は514 ms,HA間隔は30 msであった.頻拍中の最早期心房興奮部位はヒス束カテーテルであり,”slow”/fast型の房室結節リエントリー性頻拍(AVNRT)と診断した.頻拍は3回目のjump-upの後(very slow pathwayとする)のみに誘発可能であり,この頻拍中に単発の心房期外刺激を加えるとfast pathwayとvery slow pathwayを順伝導する心室二重応答が再現性をもって観察され,その後も頻拍は持続した.Aspを指標にslow pathway ablationを行い,以降頻拍は誘発不能となった.通電後はdual pathwayが残存したが,very slow pathwayは消失していた.伝導時間が非常に長いslow pathwayの存在が頻拍の誘発・維持に関与した興味深い症例であり,アブレーションの結果から4重伝導路の解剖学的距離を検討し得たため報告する.
症例は72歳男性.動悸を主訴に救急外来を受診したところ,持続性心室頻拍症と診断され電気的除細動を受けた.これまで冠疾患の既往はなかったが,心筋シンチでは一部心尖部を含み側壁から下壁にかけて集積低下を認めた.心臓カテーテル検査では,心尖部まで到達する灌流域の広い左回旋枝の有意狭窄病変に加えて,前側壁から心尖部および下壁にかけての左室瘤形成が認められた.狭窄部へのインターベンションと同時にアミオダロンが導入されたが,初回心室頻拍発作から18日後と92日後に持続性心室頻拍が発生し,いずれも救急外来での電気的除細動が必要となった.3回目の頻拍発生時期より視力障害を訴えるようになり,眼科で角膜色素沈着を指摘されアミオダロン角膜症が疑われた.左室拡張末期容積103 mL/m2,左室収縮末期容積67 mL/m2と心室瘤としては容量も小さく心不全症状も乏しかったが,不整脈手術と左室形成術を施行した.術後心室性期外収縮は著明に減少し,アミオダロンを中止してからも心室頻拍の発生は認められていない.
症例は54歳男性.感冒症状,呼吸困難増悪認めたため前医受診し,心筋炎による心不全が疑われ,当院心臓内科に緊急搬送となった.緊急心臓カテーテル検査および心筋生検を施行し,カテコラミン投与,大動脈内バルーンパンピング(IABP),経皮的心肺補助(PCPS)で循環補助を行ったが,左室機能低下(LVEF 21%)を認め,循環動態維持困難なため当科にて左室補助人工心臓(LVAD Nipro)装着術を施行した.その後左室機能が十分に回復したことを確認し(LVEF 72%),LVAD off testも問題なく術後第14病日にLVAD離脱した.その後経過良好にて入院から2カ月後に独歩自宅退院となった.心筋生検では心筋間にリンパ球を主体とする炎症細胞の高度な浸潤がみられ,劇症型心筋炎に矛盾しない所見であった.LVADはPCPSより循環補助能力に優れ,駆動管理が容易であるため長期管理にも対応できる.劇症型心筋炎に対する当院での治療戦略ならびにLVAD離脱症例の文献的考察を加えて報告する.
症例は60代男性.高血圧,糖尿病で近医加療中であった.症状はないが動脈硬化のリスク因子があるため,心機能評価目的で当院受診.経胸壁心エコーでは僧帽弁後尖に約18 mm大の高輝度を示す浮動性の構造物を認めた.心臓CT,心臓MRIも合わせた所見より血栓や疣贅は否定的で,心臓腫瘍と考えた.無症状ではあるが腫瘍は可動性を有し,塞栓症のリスクが高いため,手術療法を選択した.肉眼所見では僧帽弁後尖の一部とその腱索に付着した桑実状の腫瘍を認め,病理診断は粘液腫であった.心臓の原発性腫瘍は剖検例中0.017〜0.33%と非常に稀で,僧帽弁から発生する腫瘍はさらに希少である.僧帽弁後尖とその腱索に付着する粘液腫を経験したので,心臓CTやMRIの所見と文献的考察を含め報告する.
症例は,90歳,女性.約2カ月前に右大腿骨頸部骨折を受傷,前医で大腿骨頭置換術を施行された.創部の術後経過は良好であったが,座位にすると出現する低酸素血症のため,離床が進まず寝たきりとなった.肺塞栓症が疑われ抗凝固療法が開始されたが低酸素血症の改善なく,当院に転院した.経胸壁心コントラストエコー図で,心房間での右左短絡を認めた.胸部造影CTでは上行大動脈高度蛇行および拡大を認めたが,肺塞栓症は明らかではなかった.右心カテーテル検査では肺動脈圧および肺血管抵抗は正常であった.POSと診断し,経皮的卵円孔閉鎖術を実施した.術後,座位にしても低酸素血症は生じなくなった.卵円孔開存および大動脈蛇行が原因の超高齢で発症したPOSを経験したので,報告する.
症例は46歳男性.職場で失神して倒れているところを発見され救急搬送された.病院搬送時は意識清明で胸痛を訴え,心電図でⅡ,Ⅲ,aVF誘導のST上昇を認め,急性下壁心筋梗塞の診断で緊急心臓カテーテル検査を施行した.#3 100%,#6 90%の所見であり,責任病変の#3に対して経皮的冠動脈インターベンションを施行,血栓吸引の後に薬物溶出性ステントを留置した.集中治療室へ入室後に,急激な意識障害が出現したため,頭部CTを施行したところ,左脳溝にクモ膜下出血を認めた.ヘパリンリバース,新鮮凍結血漿投与を行ったが,経時的に運動失語と左片麻痺が出現し,神経所見の悪化を認め血腫の増大も認めたことから,緊急開頭血腫除去術を施行した.脳動脈造影を行ったが動脈瘤を認めず,経過から外傷性クモ膜下出血が抗血栓薬により急激に増大したものと考えられた.本症例では目撃者がなく初診時の診察で頭部に外傷所見がなかったため頭蓋内出血の可能性を考えなかった.外傷の有無が不明な失神や転倒の場合は,頭部の出血合併症の併発を念頭におき,初診時から頭部CTによる検索を考慮する必要があると考えた.
症例は66歳男性.○年○月,ハーフマラソン20 km付近で心肺停止となった.一度の自動体外式除細動器(AED)作動で心拍再開し,当院来院時は意識清明で循環動態は安定していた.心電図にてV5-6のST低下を認め,超音波検査では前壁中隔の中部から心尖部に高度壁運動低下を認めた.急性冠症候群の診断で緊急冠動脈造影検査を施行したところ,左前下行枝#7に90%の狭窄を認めたため経皮的冠動脈形成術を施行した.peak CK/CK-MB 3946/108 IU/Lの心筋梗塞で,急性期Forrester Ⅱ型で利尿薬治療を要したが,退院時には壁運動はほぼ改善し利尿薬も不要となった.本症例は前駆症状のない症例であり,事前に詳細なメディカルチェックを行うことは困難であった.しかしながら,迅速な心肺蘇生により神経学的にも良好な転帰を得られており,ランナーの救命率向上のためには,一次救命処置の普及・啓発やAEDの配備が重要であると考えられた.