背景および目的:成人期に達した川崎病既往者の冠動脈後遺症病変の長期的変化については,長い間議論が継続しているにもかかわらず,いまだに一定の見解に至っていない.冠動脈後遺症を伴う川崎病既往者はもちろんのこと,冠動脈後遺症を伴わない川崎病既往者においても成人期の急性冠症候群発症の報告が散見されるため,当院での成人期川崎病,特に冠動脈後遺症を伴わない症例に着目し,その追跡状況およびその予後を調査した.
方法:2017年12月時点で20歳以上の当科受診歴のある川崎病既往患者を抽出した.当院小児科より成人科移行として紹介された56例,または産科より川崎病既往のため心機能および冠動脈瘤評価目的で紹介された9例の計65例を検討した.
結果:当科最終通院時点での年齢は平均25.9歳,予後調査時点での平均年齢は33.9歳であった.川崎病診断後,急性期に静注用免疫グロブリン(IVIG)療法が確認できた症例は8例,アスピリン内服のみの症例が23例であった.IVIG施行を確認しえた8症例は1986年以降に発症の症例で,冠動脈瘤形成を1例に認めるが,急性期一過性冠動脈拡大,退縮は認めなかった.冠動脈後遺症を伴わない川崎病既往者57例中,予後調査時点で連絡可能であった全51例に心臓突然死,急性冠症候群の発症は認めなかった.
結論:現在までに当科受診の冠動脈後遺症を伴わない川崎病既往患者に心臓突然死および急性冠症候群の発症を認めてはいないが,近年これらの報告が散見されるため,そのリスクベネフィットを十分説明したうえでの追跡が重要であると思われた.
70歳代男性.労作時息切れや浮腫を主訴として当院を受診した.心エコーとCTで中程度の心嚢液貯留と高度な心膜肥厚を,MRIで左室下壁側の心膜に付着した腫瘤を認めた.心臓カテーテル検査では両心室の充満圧が均等化しており,滲出性収縮性心膜炎と診断した.その後乏尿となったため,緊急心嚢穿刺に続けて心膜開窓と腫瘤摘出術を行った.これにより循環動態は安定化し,尿量が回復して体重は入院時よりも約10 kg減少した.心膜腫瘤は器質化血腫であった.成因不明の心膜血腫を伴った滲出性収縮性心膜炎類縁の貴重な症例を経験したので報告する.
症例は64歳女性.来院1カ月前に感冒症状を自覚した.来院2週間前に発熱と吸気時胸痛に対して,近医にて解熱鎮痛薬の処方を受けたが,症状の消失は得られず,精査加療目的に当院を紹介受診した.経胸壁心臓超音波検査で心嚢水貯留を認め,急性心膜炎と診断した.入院後も解熱鎮痛薬とコルヒチンの投与を行うも,炎症反応の再上昇や吸気時胸痛の再増悪が認められた.入院2週間後に抗核抗体陽性,抗DNA抗体陽性,直接クームス試験陽性が判明し,全身性エリテマトーデス(SLE)の診断基準を満たした.プレドニゾロン30 mg/日の投与を開始し,炎症反応の低下と自覚症状の寛解を認めた.比較的高齢発症(50歳以上)のSLEでは典型的でない初発症状(胸膜炎,心膜炎,間質性肺炎など)が多いとされており診断に難渋する.今回,漿膜炎症状のみを呈した高齢発症SLEの1例を診断し得た.急性心膜炎の治療においては原疾患の有無を詳細に精査し,原因の特定に努めることが重要と考えられた.
臓器血流障害は,急性大動脈解離の予後を左右する合併症である.今回我々は急性大動脈解離に伴う臓器血流障害に対し血管内治療にて治療した3症例を経験したので報告する.
症例1:48歳男性.急性A型大動脈解離に対し緊急で上行弓部置換術を施行.術後に急速な肝腎障害を認め血管造影を施行したところ,腹腔動脈ならびに右腎動脈の臓器血流障害を認め同部位へステント留置.術後肝腎機能は改善し退院した.
症例2:55歳男性.急性B型大動脈解離に対し降圧療法を開始.急速に進む乏尿性腎不全を認めた.入院時CTで右腎の造影不良があり腎血流障害を疑い血管造影を施行.右腎の血流障害に対し炭酸ガス造影と血管内超音波を使用してステントを留置.施行後腎機能は改善し退院した.
症例3:51歳男性.急性B型大動脈解離に対し降圧療法で治療.いったん退院したが,退院後食事の度に起こる腹痛で消化器内科入院.絶食と補液で経過をみたが改善しなかった.造影CTで上腸間膜動脈の臓器血流障害が疑われ血管造影を施行.真腔は,偽腔に圧排されており,上腸間膜動脈の造影遅延を認めた.経皮的な開窓術を施行し圧較差が改善,術後腹部症状は消失した.いったん退院後,偽腔開存型であり血管径の拡大もあったためステントグラフトによるエントリー閉鎖術を施行.臓器障害なく現在外来通院観察中である.
症例は74歳,男性.腰痛の精査にて近医より当院整形外科に紹介受診となり精査入院中,低血糖と見当識障害を契機とした全身精査にて,三尖弁に直径20×16 mmの疣腫を認め,三尖弁感染性心内膜炎と診断した.直ちにペニシリンG 2400万単位を開始した.その後,腰椎においても,初診時にはみられなかった骨破壊像が出現し,化膿性脊椎炎と診断された.三尖弁の疣腫は手術適応とされるサイズであったが,腰椎の感染巣の存在下での開心術は術後感染リスクが高いと判断された.一方,腰椎の骨破壊は進行性で,保存的加療での改善は困難と判断され,腰椎後方固定術を施行された.第79病日にて抗生剤投与終了したが,感染の再燃徴候なく,三尖弁の疣腫にも変化を認めず,開心術は施行せず経過観察の方針となった.
症例は70歳男性.転移性腎細胞癌に対し分子標的治療薬であるスニチニブの投与中であった.投与開始から50日目に,うっ血性心不全を発症した.スニチニブ投与前の心臓超音波検査では左心機能は正常であったにもかかわらず,左室壁運動はびまん性に高度の低下を認め左室駆出率は約20%に低下していた.分子標的治療薬の有害事象と考えスニチニブを中止した.標準的心不全治療を施行した結果,速やかに左心機能は改善した.近年本邦でも分子標的治療薬の使用が増加している.分子標的治療薬の有害事象は多彩であるが早期に診断し,適切な治療を開始すれば可逆性であることも多い.欧米では抗癌剤による重篤な副作用の予防,早期発見には腫瘍専門医と循環器専門医の連携が重要であるとの観点からOnco-Cardiologyという領域が確立されている.本邦でも高齢化が進み,癌患者の増加が見込まれている.抗癌剤,特に分子標的治療薬による心機能障害は留意すべきであり循環器内科医が熟知しておくことは重要である.
症例は60代男性.X年9月眩暈,息切れ,下腿浮腫,全身倦怠感,盗汗,微熱を認め近医を受診した.心電図では伝導比不整の心房頻拍,CTにて右房と左腎背側に腫瘤,心エコーでは右房に高輝度腫瘤を認め当院に紹介となった.LDH 468 IU/L,IL2-R 5680 U/mLと高値で,PET-CTにて心房と左腎背側に集積が認められ入院となった.左腎背側腫瘤からのCTガイド下針生検にてびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫と診断され,10月より化学療法が開始された.化学療法中に動悸を伴う心房頻拍が出現しCa拮抗薬やβ遮断薬が投与されたが無効であった.その後CT,心エコーでは右房と左腎背側の腫瘍は消失していたが,心房頻拍は終日持続し11月カテーテルアブレーションを施行した.3D mapping systemを用いてactivation mapを作成し,低位右房側壁にて最早期興奮部位を認め同部への通電により心房頻拍は停止し,以降も再発なく経過した.化学療法前にリンパ腫が浸潤していた右房の腫瘍瘢痕組織を起源とした心房頻拍に対し,心筋焼灼術による根治が得られた稀少な1例を経験したため報告した.
症例は45歳女性.叔母にStanford B型大動脈解離の既往あり.36歳,胸痛を主訴に当院を救急受診した際,緊急冠動脈造影検査を実施した.右冠動脈に高度狭窄および血管内超音波検査で解離を認め,冠動脈解離による急性下壁心筋梗塞と診断した.45歳,Stanford A型大動脈解離のため緊急上行大動脈人工血管置換術を実施した.その後,腹痛にて婦人科受診,その後子宮筋異常が発見された.特徴的な身体所見はないが,血管型エーラス・ダンロス症候群(vascular Ehlers-Danlos syndrome;vEDS)の疑いがあり遺伝子解析を実施したところ,COL3A1遺伝子の変異(p.L1021I)を認めた.この表現型および遺伝子の異常は典型的vEDSにみられるのものではないが,vEDSに準ずる疾患の可能性があると考えられる.