理科教育学研究
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62 巻, 1 号
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特集「将来を切り拓く若手研究者による理科教育学研究」
巻頭言
総説論文
  • 中村 大輝, 原田 勇希, 久坂 哲也, 雲財 寛, 松浦 拓也
    2021 年 62 巻 1 号 p. 3-22
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    近年,教育学を含む多くの学問分野において過去の研究知見が再現されないという再現性の危機が問題となっており,その原因の1つとして問題のある研究実践(Questionable research practices, QRPs)の存在が指摘されている。本研究では,国内の理科教育学分野におけるQRPsの実態を明らかにし,再現性問題への具体的な対応策を提案することを目的として,『理科教育学研究』に掲載された過去4年間の論文におけるQRPsの状況を分析した。その結果,8種類のQRPs(妥当性の確認不足,母集団の未定義,出版バイアス,誤った多重比較,検定力不足,HARKing,過度の一般化,記載情報の不足)が行われていることが示唆され,理科教育学分野の実証研究における研究方法の問題点が明らかになった。また,再現性問題の解決に向けて,QRPsを防止するために,本誌に関わる研究者,実践者,編集委員会が取り組むべき対応策として「追試の積極的な実施」「適切な研究方法の普及」「事前登録制度の導入」「オープンサイエンスの実施」の点から4つのアイデアを示した。

  • 堀田 晃毅, 松浦 拓也
    2021 年 62 巻 1 号 p. 23-35
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    学習の転移とは,学習者の習得した知識や技能,解決方法を異なる場面に活かすことである。学習の転移に関する研究は過去1世紀に渡り行われているものの,理科教育の観点から学習の転移に関する研究を国内で行っているものは少ないという現状がある。本研究では,理科が関わる学習の転移に関する研究が多く報告されている諸外国の文献をレビューすることで,学習の転移に関する研究動向を把握し,今後の転移研究において留意すべき点を検討した。論文検索プラットフォームWeb of Scienceを利用して論文を収集,分析した結果,理論的検討,実態調査,授業実践という3つのタイプに分類することができるとともに,これらの研究を通して学習の転移が促進される条件や転移を促進させるための指導法が検討されていることが明らかとなった。一方,学習の転移に関する研究は,個々の研究によって想定している転移の文脈が異なることも示された。このため,実践研究において指導法の有効性を検討する場合,どのような文脈に転移することを想定するのかについて論考し,論文中にも明記しておく必要がある。また,転移の実態調査研究においては,転移課題に用いる内容や調査の実施時期といった調査手法について詳細な検討をすべきであることなどが明らかとなった。

原著論文
  • 石川 正明, 小野瀬 倫也, 佐藤 寛之
    2021 年 62 巻 1 号 p. 37-48
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    平成29年告示の小学校学習指導要領の理科では,約20年振りに第3学年に「音」に関する学習を行うことが規定された。教師が,学習指導を通して子どもの科学概念構築を促すためには,学習前の子どもの素朴概念や生活経験等を把握する必要がある。そのため,本研究では子どもの「音」に関する科学概念構築を促す理科授業をデザインするために,学習前の子どもの「音」に関する認識調査を実施し,教授・学習プロセスマップを用いて,「音」に関する授業をデザインし,授業実践を通して,その有効性を検証した。その結果,(1)多くの子どもは学習以前に「音」と「震え(振動)」を結びつけて考えておらず,「音」は物体の衝突や摩擦により生じると日常経験等から想起している。(2)子どもが音の発生要因と考えた衝突や摩擦の場面において物体の振動を想起させるためには,子どもが「音」と「振動」との関係(命題)を理解し表現する授業デザインが有効であることが明らかとなった。

  • ―ドイツNRW州ギムナジウム前期中等教育化学の学校内教授計画の範例に着目して―
    遠藤 優介
    2021 年 62 巻 1 号 p. 49-60
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    コンピテンシー指向の化学教育の展開にあって,とりわけコンピテンシー育成の視座から,学習の「文脈」が重視される傾向にある。本稿ではまず,その背景として,文脈がコンピテンシーという能力概念と不可分な要素と捉えられていることを指摘した。そして,ドイツNRW州ギムナジウム前期中等教育化学の学校内教授計画の範例を事例に分析し,コンピテンシー指向の化学教育における文脈設定の特質として,次の4点を明らかにした。(1)「持続可能性」など,特定のテーマと密接に関連付けて記述されるコンピテンシーについては,設定される文脈もそのテーマに応じたものにある程度限定されていること。(2)探究(実験)を実施したり,結果を記録,表現したり,化学学習の多くの場面で求められるようなコンピテンシーについては,広範にわたる内容の文脈が設定されていること。そしてその意味は,多様な文脈を用いることこそが当該コンピテンシーの育成にとって不可欠であるという点に見いだされること。(3)個人的領域,社会的領域及び科学・技術的領域由来の各文脈が,3学年を通して比較的満遍なく設定されていること。(4)同じ類型の文脈であっても,設定する学年によって,重点的に育成を目指すコンピテンシーが変わること。

  • ―化学教育課程を中心に―
    高 駿業, 磯﨑 哲夫
    2021 年 62 巻 1 号 p. 61-71
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,中国の後期中等教育における2017年版の科学系教科の課程標準,特に化学課程標準の変容を分析し,日本の学習指導要領と比較することを通して,中国の課程標準の特色を明らかにすることを目的とした。まず,中国における「核心素養」を中心とした後期中等教育の教育課程に関する改訂の経緯を素描した。次に,後期中等教育における科学教育課程に関する改訂を概観し,導入された科学系の「教科の核心素養」を分析し,履修形態の変容を明らかにした。そして,2003年版の化学課程標準と比較し,2017年版の課程標準を分析した。最後に,中国と日本の比較を通じて,中国後期中等科学教育の特色を考察した。その結果,次のことが明らかになった。まず,2017年版の化学課程標準では,化学の学習を通じた理想的な生徒像や達成すべき目標が明確にされ,化学の目標がより具体化・深化し,内容もより構造化された。そして,現実の世界における問題状況や文脈,実験や探究活動がより重視されていることが明らかになった。また,日本と比較すると,中国の後期中等科学教育では物理,化学,生物が教科として独立しており,化学教育において,化学と社会や技術との関わりの学習では,積極的に参加する態度といった主に情意的側面が重視され,課程標準には教師の指導上のヒントが多く示されているのが特徴的である,と結論づけた。

  • ―地学が専門でない教員への支援―
    亀田 直記
    2021 年 62 巻 1 号 p. 73-81
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    山陰海岸ジオパークで見られる地学事象をまとめたデジタル教材を作成し,地学が専門でない教員への支援を図った。地学の教員採用がほとんどなくなっている中,地学基礎の開講数は増えており,専門外の教員が担当することがある。ジオパークは地学を学ぶ良き材料であり,資料が豊富にある。山陰海岸ジオパークを題材として,ジオサイトと地学用語をつなげるデジタル教材を作成した。教材には24のジオサイトと48の地学用語があり,関連させて学習できる。この教材を山陰海岸ジオパークエリア内の高等学校22校に配布し,理科教員を対象に資料の有用性についてアンケート調査を行った。また,高校生を対象に地学基礎の授業にて本教材を用いた調べ学習をさせた。理科教員対象の調査結果からは,教員の指導の支援,生徒の直接的利用,一般の方の利用のすべてで有用性があるという回答が9割を超えた。高校生対象の授業実践では,「ジオサイトと地学用語のつながりが調べやすいか」といった地学用語とジオサイトの関係を尋ねた4つの質問での肯定的回答がすべて8割以上に達した。高等学校理科教員,高校生いずれに対しても本教材の教育的効果が示された。

  • 川崎 弘作, 吉田 美穂
    2021 年 62 巻 1 号 p. 83-94
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究は小学校理科の問題設定場面における,「なぜ」という探究の見通しを持たない疑問を「何が」や「どのように」といった探究の見通しを含む問いに変換する際の思考力に着目し,その育成を目指している。このため,本研究では先行研究で明らかになっている問いへの変換過程における思考過程や小学生の実態を踏まえた学習指導法を考案し,小学生を対象とした授業実践を行った。具体的には,問いへの変換に必要となる知識を理解させるための学習指導を1時間設けた後,普段の理科の授業の中で理解させた知識を繰り返し使用させるための学習指導を4時間設けた。そして,その効果の検証を行ったところ,考案した学習指導法は,小学生の問いへの変換に必要となる知識の獲得を促し,その結果,問いへの変換における思考力を育成することのできる学習指導法であったが,その効果は限定的なものであった。

  • ―自然科学と人文社会科学の探究活動に着目して―
    小林 優子
    2021 年 62 巻 1 号 p. 95-108
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,探究活動を行う高校生80名に対して質問紙調査と「振り返りメモ」の分析を行い,探究活動の前後における「科学の本質(Nature of Science: NOS)」に対する理解の変化を明らかにした。これにより以下の三点が明らかになった。第一に,選択式質問項目の分析結果から,自然科学の探究活動を行う生徒においては「暫定性」,人文社会科学の探究活動を行う生徒においては「理論負荷性」に対する理解に深まりが見られた。第二に,探究活動を通じて「暫定性」や「理論負荷性」に対する理解に深まりが見られた生徒の「振り返りメモ」の分析から,探究活動の中でも特に先行研究を検討する過程においてNOSに対する理解が深まることが示唆された。第三に,自然科学や人文社会科学といった探究する領域の違いや指導形態の違いによってNOSの理解の仕方に相違が生じる可能性が示唆された。以上より,探究活動を通じてNOSに対する理解が深まることが明らかになった。これらを踏まえ,探究活動が今後日本におけるNOS教授の足がかりとなる可能性を指摘した。

  • 佐々木 智謙, 藤本 浩平, 松森 靖夫
    2021 年 62 巻 1 号 p. 109-117
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究の主目的は,心臓の機能に関する小学校第5学年の認識状態を把握することにある。得られた主な知見は,以下の通りである。①非科学的な回答をせずに心臓の機能について科学的に正しく回答(「心臓の拍動」,「血液の流出」,及び「血液の流入」に関する3種類の命題を回答)した児童は5%未満であったこと。②心臓の機能に関する児童の回答は多様であり,副次的な回答は計4類型,及び非科学的な回答は計8類型にそれぞれ大別されたこと。③これらの調査結果の分析等に基づきながら,心臓の機能の認識達成に不可欠な学習指導方策構築のための視点について検討を加えた。

  • 主張-証拠-理由付けを含むアーギュメントを導入した小学校第3学年の単元「物と重さ」の事例
    田中 達也, 神山 真一, 山本 智一, 山口 悦司
    2021 年 62 巻 1 号 p. 119-131
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,児童におけるアーギュメント自己評価能力とアーギュメント構成能力には関係があるのか,また,関係があるとすればどのような関係があるのかを予備的に検討することであった。本研究では,まず,両者の関係の有無を検討するため,主張-証拠-理由付けを含むアーギュメントを導入した小学校第3学年の単元「物と重さ」を実施する中で,児童計65名を対象に,アーギュメントを記述させる課題による調査と,児童に自身のアーギュメントを自己評価させる課題による調査を実施した。2つの調査結果から,次の2点が示唆された。(1)アーギュメント自己評価能力が高い児童は,アーギュメント構成能力が高い傾向にある,(2)アーギュメント自己評価能力が低い児童は,アーギュメント構成能力が低い傾向にある。次に,アーギュメント自己評価能力のアーギュメント構成能力への影響を検討するため,アーギュメント構成能力の向上の仕方が異なる児童計16名を対象に,アーギュメントの自己評価の詳細をたずねる面接調査を実施した。この調査の結果から,次の2点が示唆された。(1)自分が記述したアーギュメントの成否を適切に判定したり,自分が記述したアーギュメントの問題点を説明したりすることができる児童は,アーギュメント構成能力が向上していた傾向にある,(2)自分が記述したアーギュメントの成否を適切に判定したり,自分が記述したアーギュメントの問題点を説明したりすることができない児童は,アーギュメント構成能力が向上していない傾向にある。

  • ―教科成立初期を中心に―
    日髙 翼
    2021 年 62 巻 1 号 p. 133-148
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究は19–20世紀転換期のアメリカ合衆国におけるハイスクール教科「生物学」(biology)の変遷過程を解明するものである。当時用いられていた教科書や実習書,各種史料を用いて研究を行った結果,1880年代にハイスクール教育課程に導入されてから1920年頃までの間について目的論,内容論,方法論の3観点から大きく2期に分けられた。さらに発展的学習のための準備から生活のための準備への目的・目標の変化,また,植物学的領域と動物学的領域の2分野構成からそれらに人間生理学的領域を加えた3分野構成へ,人体や日常生活との関連の充実,嗜好品に関する学習の強調等の学習内容の変化,帰納的解剖実験から演繹的実証実験へ,季節に合わせたシーケンスへといった学習方法の変化が確認された。そして,これらの変化の要因は公衆衛生の発展,嗜好品に対する認識,優生学思想の浸透,生物学の学問的成熟,学会等による報告・提言,大学との関係,生徒のニーズ,学校運営等の側面から解釈された。1920年以降の「生物学」の歴史的展開の究明が今後の課題である。

  • 平澤 傑, 久坂 哲也
    2021 年 62 巻 1 号 p. 149-157
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,中学校の理科授業における「主体的に学習に取り組む態度」の効果的な指導と評価を目指して,学習者の具体的な姿を行動レベルで示した評価指標の開発を目的とした。この評価においては,「粘り強い取組を行おうとする側面」と「自らの学習を調整しようとする側面」の2側面から見取る必要性が示されている。そこで,評価指標となり得る尺度の作成を試みた。まず,この2側面について中学校教員3名を対象に目指すべき姿について自由記述による調査を行い,項目を収集した。次に,得られた項目について中学生397名を対象に質問紙調査を行った。探索的因子分析の結果,理科学習における粘り強さ尺度22項目,理科学習における自己調整尺度29項目の尺度が作成された。また,作成されたそれぞれの尺度の外的妥当性を検討するために,得られた尺度得点と理科の学業成績との相関係数を算出した結果,それぞれ有意な正の相関が認められ,一定水準以上の妥当性が確認されたため,評価指標としての有用性が認められた。

  • ―小学校第5学年「物の溶け方」を事例にして―
    渡辺 理文, 杉野 さち子, 森本 信也
    2021 年 62 巻 1 号 p. 159-172
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,形成的アセスメントの実践を行い,教師のフィードバックの様子や子どもの相互評価・自己評価の様子,教師による指導の振り返りや修正・改善する様子を取り上げて質的に分析・評価した。その方法として,Wiliam(2010)の方略と提案に基づいて授業を計画・実践した。方略は(1)学習目標の共有・理解,(2)学習成果の表出,(3)フィードバック,(4)相互評価,(5)自己評価の5つである。小学校第5学年「物の溶け方」を対象に実践した。実践した授業では,教師と子どもが学習目標を共有し,子どもが表現活動により学習成果を表出し,教師がそれを基にしてフィードバックを行っていた。また,学習は子どもの相互評価と自己評価が行われることで進められていた。さらに,教師は自身の指導を振り返り,修正や改善を図ることで,子どもの学習を適切に支援していた。日本の理科教育にWiliam(2010)の方略と提案は援用可能であった。

資料論文
  • ―質問紙尺度を用いた研究に着目して―
    畠中 俊暉, 原田 勇希, 草場 実
    2021 年 62 巻 1 号 p. 173-185
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    子どもたちのメタ認知能力の育成は理科教育において非常に重要であり,多くの研究者や教師によって研究されてきた。しかし,子どもたちのメタ認知能力を適切に評価(測定)することは困難である。質問紙尺度を用いてメタ認知を測定するoff-lineメソッドは,簡便だが妥当性が低いことが示された(原田・久坂・草場・鈴木,2020)。しかし,質問紙尺度の妥当性の指標となる相関係数の解釈が研究者間で異なり,理科教育学の領域内で統一した見解が得られていない。そこで本研究は,質問紙尺度を用いて子どもたちのメタ認知能力を測定した研究を網羅的に収集し,その論文内に記載された統計量と研究者の解釈をレビューすることを目的とした。結果より,今後の理科教育学領域におけるメタ認知研究では,(1)これまでに得られている知見の概念的追試を行うこと,(2)メタ認知の測定方法についての基礎的研究を進めていくことの2点が導出された。

  • 俣野 源晃, 山本 智一, 山口 悦司, 坂本 美紀, 神山 真一
    2021 年 62 巻 1 号 p. 187-195
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,複数の証拠として,適切かつ十分な証拠を利用するアーギュメント構成能力を育成する上で,McNeill and Krajcik(2011)の教授方略を援用してデザインした授業の有効性について,小学校第5学年の単元「電流がつくる磁力」を事例として明らかにすることである。山本・稲垣ら(2013)は,同学年の単元「物の溶け方」を事例として,教授方略を援用した授業をデザインし,その有効性を明らかにしている。本研究は,異なる単元においても教授方略を援用した授業が適切かつ十分な証拠を利用するアーギュメント構成能力を育成する上で有効なのかを新たに検証するものである。アーギュメント構成能力を評価するために,第5学年の2クラスの児童計65名を対象に,既習内容に関するアーギュメント課題を単元前後に実施した。課題の回答を分析した結果,児童は,主張に関連する科学的な証拠のみを利用する適切性の点において,アーギュメント構成能力が向上したことが明らかになった。また,量的,質的なものを含めた多様な証拠を利用する十分性の点においては,部分的ではあるが,アーギュメント構成能力が向上したことが明らかになった。しかしながら,同時に,証拠の十分性の一部についてはさほど向上しなかったことも見出された。その理由を探るために,証拠の選択率を補足的に分析したところ,実験結果の意味を類推しなければならない「間接的な証拠」を選択することが必ずしもできていないことがわかった。以上の結果を総合的に考察することで,McNeill and Krajcik(2011)の教授方略を援用してデザインした授業は,単元「電流がつくる磁力」においても,適切かつ十分な証拠を利用するアーギュメント構成能力を育成する上で有効であると結論づけることができた。併せて,教授方略を援用してデザインした授業は,「単元内におけるアーギュメントの複数回指導」と「間接的な証拠利用の促進」という点で改善の余地があると考えられる。

  • ―中学校理科「地球と宇宙」単元での授業実践事例―
    吉田 はるか, 吉田 安規良
    2021 年 62 巻 1 号 p. 197-209
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    生徒の空間把握能力の中でも視点移動能力の育成がカギとなる天文分野の学習に際し,小型広角カメラ(ウェアラブルカメラ)を内蔵することで内側から見た状況を確認できるように改造した透視天球儀を用意した。中学校理科「地球と宇宙」単元での授業実践を通して,生徒自身が五官や運動器官や思考力を用いて分析したり,操作したり,総合したりすることを確実に容易になしうる性質である「具体性」について,この改造した透視天球儀を評価した。4回の授業で改造した透視天球儀を用い,そのうち3回は実際に生徒に操作させた。授業後に,70人中57人から改造した透視天球儀を利用したことが天体の運動の理解に役だった旨の回答を得た。12人が「天球儀に慣れるまでが難しい」旨の指摘をしたが,実質3回の操作経験で,ほとんどの生徒が天球儀を操作できるようになり,地球の自転や公転と天体の動きの関係を考えることができた。このことから,改造した透視天球儀は,生徒の具体的視点移動から心的視点移動への移行を支援し,心的視点移動能力の習得の一助となる「具体性」のある教具だと判断できる。

原著論文
  • ―光重合反応の生徒実験への応用―
    植田 幹男
    2021 年 62 巻 1 号 p. 211-220
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,紫外線硬化樹脂の反応機構であるラジカル重合反応を利用し,高等学校高分子化学分野における新規実験材料および外部実験講座に適した教材の開発を行った。これまでに,種々のラジカル開始剤と多官能モノマーを用いた紫外線硬化樹脂が,市村(2010)により多数報告され,工業的材料として幅広く活用されている。一方,高等学校高分子化学分野では,歴史的知見が深い反応や化合物の教授が中心であり,新たな物質や材料の詳細を学ぶ機会は少ない。そこで今回,光で反応が進行する紫外線硬化樹脂に焦点をあて,日常でも目にするようになった新たな材料の性質を理解しうる教材開発と合成高分子における安全な実験プログラムの構築を行い,その有用性について学校教育の場で検証した。また本実験素材は,迅速な重合硬化により安定な樹脂を形成可能であることから,短時間で多人数を対象とする実験講座の素材として適しているため,紫外線硬化樹脂の性質を利用した,化石の透明レプリカ作製を考案し,外部講座での実践を行った。

  • 兼子 稔, 山下 修一
    2021 年 62 巻 1 号 p. 221-228
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    主要5社の小学校4学年理科の検定教科書に,覆いをした容器と覆いをしない容器に同量の水を入れ,数日後に水の量や内側の様子を比較する実験が掲載されている。千葉市内公立小学校4年生159名を対象に,「空気中に出ていく水」の単元で,覆いをした容器内の様子や水の量についての実験を取り上げ,児童が水の量をどのように予想し,実験結果にどの程度納得しているのかについて調査した。その結果,予想場面で,覆いをした容器内で水が蒸発したり,水滴になったりして,水面の高さが下がり水の量が減ると科学的に考えた119名(74.8%)の児童が,水の量が「減らなかった」という実験結果には納得していなかった。この結果を踏まえ,この内容の指導においては,科学的に考えて予想した児童が実験結果に納得するように,覆いをした容器の内側についた水滴分だけ水の量が減って水面が下がると考えるのは妥当だが,水滴の量がわずかなので水面がほとんど下がっているようには見えないことを明確にする等の配慮が必要だと示唆した。

  • 亀山 晃和, 原田 勇希, 草場 実
    2021 年 62 巻 1 号 p. 229-245
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    学習指導要領では,主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善が求められている。理科授業で対話的な学びを実現するには,学習者が対話を通して学習を進めることの意義を認知することや議論を行う場での学習者を取り巻く雰囲気を改善することが重要であると考えられている。そして,学習者を取り巻く雰囲気は,学習者の所属する学級内の対人関係による影響を受けると考えられる。しかし,理科教育学における「対話的な学び」に関連する先行研究では,学級内の対人関係の個人差に着目した研究は管見の限り見当たらない。本研究は,個人差の変数としてスクールカーストに着目し,理科授業における批判的議論とストレス反応に及ぼす影響を検討することを目的とした。分析の結果,スクールカーストが理科授業における批判的議論,実験グループに対する心理的安全性に影響を及ぼすことが明らかになった。また,スクールカーストが高位でない生徒は,高位の生徒と比較して,「対話的な学び」を要求する観察・実験場面におけるストレス反応が有意に高いことが示された。

  • 菊地 洋一, 斉藤 友哉, 久坂 哲也, 佐々木 聡也, 菊池 永
    2021 年 62 巻 1 号 p. 247-259
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    溶液の均一性は,溶液の理解の根幹をなす事項である。しかし,それは小学校の第5学年および中学校の第1学年で繰り返し学習してもなかなか理解が定着しないことが知られている。この問題を改善することを目的に,本研究は溶液の均一性の確かな理解を図る授業方略として,中学校の溶液の学習にコロイド溶液を一つの柱として位置づけ,液体を(A)透明な水溶液,(B)全体が濁っているコロイド溶液,(C)粒子が沈降する懸濁液の3区分の比較で考えていく授業の提案を行った。本授業では,生徒がこれらの液体の違いは液中の粒子の大きさの違いであることを実験的に明らかにする。さらに(B)コロイド溶液(絵具液)が全体的に濁っている理由をブラウン運動の観察から明らかにする。これらを組み合わせ(A)水溶液の均一性について考察する。中学1年における本授業の実践の結果,生徒は授業に高い関心を示すとともに溶液の均一性について理解度を評価するテストの得点も高成績であった。さらに対象者の中学2年次でのテストでも高成績を維持しており溶液の均一性についての理解の定着がみられた。したがって,本授業は溶液の均一性の理解を得る上で効果的であると考えられる。

  • 佐藤 吉史, 桐生 徹, 大島 崇行
    2021 年 62 巻 1 号 p. 261-273
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究は,小学校で行われている授業研究での研究主題で述べられている主体を明らかにし,その主体と,参観者の授業の見取りや授業検討会の発話との関連を事例的に検討することを目的とする。その結果,調査1では,研究主題は学習者,もしくは教授を主体としていることが明らかになった。調査2では,1)学習者を主体とする研究主題による授業参観・授業検討会において,複合的な知識領域での発話が多いこと,2)学習者を主体とする研究主題による授業参観・授業検討会において,観察した学習者の様子,中でも学習者の様子を単体で語る発話が多いこと,3)定点観察をする参観者は,学習者を主体とする研究主題による授業参観・授業検討会によって,観察した学習者の様子を語ることが示された。以上から,授業研究の研究主題は学習者,もしくは教授を主体としていることが明らかになった。その内,学習者を主体とする研究主題の授業参観・授業検討会を行うことは,特定の学習者を観察した参観者による,学習者の姿の事実に基づいた検討につながることが示された。

  • 志賀 優
    2021 年 62 巻 1 号 p. 275-288
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本稿は,「複数の思考モードの共存」という観点から子どもの概念理解を論じているConceptual Profile Theory(CP理論)に着目し,個人の思考特性を扱う科学概念理解研究としてのCP理論の特質の究明を目指したものである。従前の主要な概念変容研究の諸理論に照らしてCP理論を分析することにより,以下の特質を指摘した。第一に,概念の意味の安定性のメカニズムに焦点化し,概念理解を「意味づけ」として規定していること。第二に,思考モードの有効性と発生の順序とを切り離して概念理解を異種混交的に組織化することにより,直面する概念使用のコンテクストに応じた思考モードの選択という観点から個人の思考特性を論じていること。第三に,科学学習を通じて学習者が科学的な思考モードの適用範囲を認識することを標榜していること。第四に,Vygotskyの発生的分析を重視することによって概念理解の分析の方法論に通時的・発生的な次元を導入していること。

  • ―教科書を教えるのか,教科書で教えるのか―
    遠西 昭寿
    2021 年 62 巻 1 号 p. 289-295
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    理科の教科書は授業中には使われないことが多い。教科書には「答え」が書かれているのが理由であるらしい。本研究では,理科教科書の性格について考察し,教科書が読むべき科学のテクストであることに言及した。理科教科書は科学パラダイムの一部を,その性格を変えずに平易に記述したものだから,古典力学の時代の研究者がパラダイムであったプリンキピアを理解することで科学に参加したように,教科書を理解することは学習者が科学の世界に参加するための前提である。通常科学における科学者がパラダイムの中に問題を発見し解決するように,学習者もまた教科書の中に科学の問題を発見し解決することで科学を学ぶことができる。教科書の観察や実験の役割は教科書のテクスト読解を支援することにある。教科書を科学テクストの一部として読み解くことは,科学に参加する入り口である。

  • ―“Argument-Driven Inquiry in Physical Science: Lab Investigations for Grades 6–8”を事例として―
    中村 泰輔
    2021 年 62 巻 1 号 p. 297-307
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    米国の6~8学年を対象とした,NOSI(Nature of Scientific Inquiry)の理解を目指す教材“Argument-Driven Inquiry in Physical Science: Lab Investigations for Grades 6–8”(ADIPS)を事例として,実践的な観点からその指導法の分析を行った。ADIPSにおけるNOSIの指導法の分析を踏まえると,NOSIの理解を促す指導法の主要な特質は以下の四点であることが示唆された。第一に,アーギュメント能力の育成を図る問いの設定,第二に,科学者が行う科学的探究のありようを追体験・共有する手立ての提供,第三に,生徒が自らの科学的探究活動を振り返る中で科学者が行う科学的探究とは何かについて理解・共有する経験の提供,第四に,科学者の論文執筆・査読過程を参考にした学習活動等を通じて概念理解や表現力の育成とともに科学者のリアルな営みへの認識をも深める活動の導入。

  • ―期待×価値理論に基づく交互作用に着目して―
    原田 勇希, 草場 実
    2021 年 62 巻 1 号 p. 309-321
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    動機づけの期待×価値理論(Expectancy×Value Theory)に関する古典的研究では,期待概念と価値概念の乗算的関係が想定されていたが,現代的理論では主に加算的関係のみに焦点が当てられていた。しかし最近,両者の乗算的関係が再発見された(Nagengast et al., 2011)。これまでの研究では,理科の中核的学習活動である観察・実験場面での学習方略に対する期待と価値の影響について,加算的関係を想定したモデルしか検討されていなかったため,両者の乗算的関係の有無は明らかでない。また,価値の指標として頻繁に取り上げられる興味について,興味の“強さ”と“深さ”を弁別して捉えたうえで期待との乗算的関係性を検討した先行研究はない。そこで,本研究では理科の中核的な学習活動である観察・実験に焦点を当て,観察・実験に対する自己効力感(期待)と興味(価値)が学習方略の使用に及ぼす効果を表現する統計モデルを検討した。研究の結果,深い学習方略である問題解決方略に対して,期待×価値理論と整合的な交互作用パターンと,興味の強さ(ポジティブ感情)×興味の深さ(思考活性志向)×自己効力感の2次の交互作用が認められた。考察では,この結果をもとに“×”が持つ理科教育的意味の解釈をおこない,自己効力感の重要性を強調した。

  • ―教室における認知的葛藤と社会的相互過程―
    比樂 憲一, 遠西 昭寿
    2021 年 62 巻 1 号 p. 323-330
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究は,小学校第5学年「振り子の運動」における「周期と振れ幅」の学習に概念転換方略(ストライク・ポズナー,1994)を導入し,児童が競合する複数の概念に対するコミットメントを変化させて理論を切り替え,科学理論へコミットしていく過程を運勢ライン法(遠西,2012)によって調査した実践的研究である。授業では,「周期と振れ幅」に関する対立理論の積極的な競合を可能にするため,振り子の運動をおもりの「速さ」と「移動距離」で説明する指導(川崎・中山・松浦,2012)を,先行的了解(野家,2007)に位置付けて単元冒頭に指導した。本実践では,概念転換が児童相互,児童と教師による社会的相互過程によって生じる(福田・遠西,2016)ことが確認された。この過程では理論が実験結果を予測する正確さや理論の合理性の理解に基づく理論間の葛藤といった認知的側面だけでなく,理論支持者の人数やそこに属する児童の特徴,教師が授業終末に行う科学理論への公知としての支持といった社会的側面が,概念の生態学的ニッチの変動に機能していることが明らかになった。

  • 福田 恒康, 遠西 昭寿
    2021 年 62 巻 1 号 p. 331-338
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    いわゆるオームの法則の指導には多くの教師が困難を感じている(福山,2000)。本研究は,オームの法則の指導の困難性,見方を変えれば生徒の学習困難性を改善することを目的とした実践研究である。この学習で一般的に用いられている「発見的な実験」が極めて不合理なものであることを示し,仮説を立てた演繹的な実験に改善した。仮説の設定はアブダクションの過程を既習の知識と経験を論理的に扱うことで容易になることを示した。電圧・抵抗・電流の関係において,現実には独立変数となり得るのは電圧のみであり,電流は従属変数,抵抗は回路の定数である。このとき,学習の中間概念として抵抗の逆数であるコンダクタンスの考え方を用いることでオームの法則を単純な比例式として扱うことができ,数学言語による科学命題の理解を容易にすることができた。この観点から,本研究ではオームの法則を多くの教科書に示されているV=RIやR=ではなく,一義的にI=Vと表すことを提案している。

  • ―小学校理科教科書の分析を通して―
    山田 貴之, 田代 直幸, 栗原 淳一, 小林 辰至, 松本 隆行, 木原 義季, 山田 健人
    2021 年 62 巻 1 号 p. 339-354
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,Y社の2019年検定済小学校理科教科書に掲載されている全観察・実験等を対象に,長谷川ら(2013)が開発した「探究の技能」の含有率の傾向から類型化し,各クラスターの探究的特徴を解釈するとともに,各学年で育成する問題解決の力の傾向について検討した。その結果,教科書に掲載されている観察・実験等は,「探究の技能」の傾向によって6つに類型化できることが明らかになった。そして,6つのクラスターの探究的特徴に基づいて解釈した各学年の観察・実験等の傾向と指導上の留意点を示唆することができた。Aクラスター:事象のようすや性質,変化の特徴を計測したり観察したりして,帰納的に思考する群。Bクラスター:仮説を立てて,独立変数を制御し,従属変数の変化を定性的に捉え,帰納的に思考する群。Cクラスター:仮説を立てて,独立変数を制御し,従属変数の変化を測定して定量的に捉え,帰納的に思考する群。Dクラスター:事象のようすや性質,構造等を調べ,記録を行い,分類の観点に基づき定性的に識別し,帰納的に思考する群。Eクラスター:仮説を立てて,事象のようすや性質,変化の特徴を定性的に捉え,帰納的に思考する群。Fクラスター:仮説を立てて,因果関係を有する単純な事象のようすや性質,構造等を観察したり,変化の特徴を計測して収集した定量的なデータをグラフ化したりして,帰納的に思考する群。

  • ―シティズンシップ教育との関係に着目して―
    山田 瑞貴, 内海 志典
    2021 年 62 巻 1 号 p. 355-365
    発行日: 2021/07/30
    公開日: 2021/07/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,シティズンシップ教育の視座から,科学技術に関連した社会的諸問題(SSI)を取り扱った科学教育について検討した。その結果,SSIを導入した科学教育では,科学的知識の獲得だけではなく,科学的リテラシーの育成が目指されるとともに,SSIを導入することと,「科学の本質」の理解やアーギュメンテーションを通したインフォーマル推論を行うことで,思慮深い意思決定ができる市民の育成を目指していることが明らかとなった。将来の主権者である市民を育成する観点から,本研究で得られた知見を整理し,理科におけるSSIを導入したカリキュラム開発の視点として,次の3点を導出した。(1)科学技術に加え,社会学および文化,環境,経済,倫理および道徳,政策のうちのいくつかの領域を含む問題を取り扱う。(2)科学技術が関連した地域社会における諸問題に対する情報の精査やアーギュメンテーションを通したインフォーマル推論を行うことにより,思慮深い意思決定を行う。(3)生徒を社会の構成員の一人として扱い,生徒が意思決定のプロセスにおいて,主体的に参画する機会を提供する。

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