日本語の医学用語のルーツを辿るためには,古書の調査が必須である。その作業には,これまでは,古書を参照できる特殊な環境が必要であった。しかし,インターネットが普及した現在では事情が異なってきており,医学関係に限らず古書のデジタル保存と公開が進展している。また一部の古書では文字情報もデジタル保存・公開され,検索が極めて容易である。 しかし,これらの電子資料は膨大なものであり,歴史的な流れを知った上でないと,取捨選択が困難である。そのガイドとなる資料は,皮膚科学分野においては,未だ存在しない。本稿では,オンラインで閲覧できる電子資料,特に皮膚科学に関係しうる資料を,日本の医学の歴史的時間軸に沿って紹介する。 その中で明らかになったことは,○1 「母斑」という用語の初出は,杉田 立りゅう卿けい (杉田玄白の次男) の『眼科新書』であること,○2 その,Plenck JJ によるラテン語原著では「母親の想像力が原因となることが強く考えられる」と記載されていること,○3 明治政府のドイツ医学採択以前に,蘭学医は当時としては最新のヨーロッパ医学,そして皮膚科学を理解していたこと,である。 (皮膚の科学,18: 256-278, 2019)
71歳,男性。他院にて切除生検された右下顎部結節の病理組織像が悪性であったため,当科を紹介受診した。切除生検の標本では,真皮から皮下にかけて線維性隔壁によって区画された粘液基質に浮遊する腫瘍細胞巣がみられた。腫瘍細胞は濃染するクロマチンを有する核と好塩基性の細胞質を有していた.また,部分的に小管腔構造を伴っていた。腫瘍細胞は,CK7 陽性であり,CK20 およびGCDFP15 は陰性であった。線状瘢痕から 10 mm マージンの追加切除切片には残存する腫瘍細胞はなかった。FDG-PET/CT においては,他部位に集積を示さなかった。最後の切除術から12ヶ月経過しているが,局所再発および遠隔転移を認めていない。右下顎部の mucinous carcinoma of the skin の典型例を報告した。Mucinous carcinoma of the skin は metastatic mucinous carcinoma との鑑別が重要であり,今後のさらなる症例の集積が必要である。 (皮膚の科学,18 : 279-282, 2019)
3 歳,男児(症例 1 )と13歳,女子(症例 2 )の LIPH 遺伝子変異を認めた常染色体劣性縮毛症/乏毛症の 2 例を報告した。自験 2 例はいずれも,ダイレクトシークエンス法で解析した結果,LIPH 遺伝子のエクソン 6 に,736番目の塩基がチミンからアデニンに変わることで246番目のアミノ酸がシステインからセリンに変わる変異と,742番目の塩基がシトシンからアデニンに変わることで248番目のアミノ酸がヒスチジンからアスパラギンへ変わる変異が,複合ヘテロ接合型で同定された。同じ遺伝子変異であったが,症例 1 では逃避全体に縮毛,乏毛を認めたのに対して,症例 2 では縮毛は頭部全体にみられたものの,乏毛は頭頂部には見られず,縮毛/乏毛の範囲や程度は異なっていた。同じ遺伝子変異であっても,その表現型が異なることがあるが,修飾遺伝子や一塩基多型の違いなどの関与の可能性が示唆されているものの,詳細は現時点では明らかでない。関連する遺伝子や脂質メディエーターの解析が進み,今後明らかになることが期待される。 (皮膚の科学,18 : 283-288, 2019)
80歳,女性。右乳頭部に 12×8mm大の黒色花弁状局面を,左乳頭部・乳輪部に 4mm大までの褐色斑 5 ヶ所を,左腋窩部に 11×5mm大の褐色局面の合計 7 ヶ所病変を認めた。病理組織では,表皮と連続性に基底細胞様細胞が胞巣を形成し,胞巣辺縁では柵状配列を伴い,基底細胞癌と診断した。後日辺縁を 5mm離して切除した。頭部 CT では大脳鎌の石灰化が見られ,母斑性基底細胞癌症候群との鑑別を要したが,他に特記すべき身体所見はなく,明らかな背景を有しない多発性基底細胞癌であった。これまで乳頭乳輪複合体に生じた基底細胞癌は国内外で合計76症例報告されているが,両側の乳頭乳輪複合体に生じたのは自験例を含め 2 例である。加えて自験例は乳頭乳輪複合体内に多発した非常に稀な症例である。病理組織像では腫瘍細胞の一部が乳管上皮や脂腺管上皮と連続しており,発生母地を考える上で興味深かった。一度基底細胞癌を生じると新たな基底細胞癌の発症リスクが高く,多発性基底細胞癌でさらに高くなると言われており,今後も継続的なフォローが必要である。 (皮膚の科学,18 : 289-294, 2019)
72歳,男性。約50年前に工場の爆発で熱傷を受傷した。その後左大転子部外側の熱傷瘢痕部に変化が生じてきたため当科を紹介され受診した。初診時,左大転子部外側に手掌大の淡紅色局面を認め,表面には鱗屑・痂皮が付着していた。また辺縁は全周性に黒色調を呈しており,病変周囲には拘縮と瘢痕を認めた。皮膚生検を施行したところ,表皮から連続して真皮浅層に腫瘍細胞が胞巣を形成していた。胞巣辺縁は柵状配列を示し胞巣周囲にムチンの沈着を認め,真皮内には瘢痕形成が著明であった。病理組織学的所見から基底細胞癌と診断し,5mmマージンで皮膚腫瘍切除術と左遊離広背筋皮弁術を施行した。全切除標本の病理組織学的所見からは,基底細胞癌と真皮から皮下に広範囲の瘢痕形成を認めた。熱傷瘢痕上に有棘細胞癌が生じることは良く知られているが,熱傷瘢痕癌の中では基底細胞癌は比較的まれである。 (皮膚の科学,18 : 295-299, 2019)
77歳,女性。赤芽球癆,慢性関節リウマチでシクロスポリン,プレドニゾロン内服中だった。 2014年10月初旬より全身の倦怠感,発熱,多発する皮下腫瘤を認めた。右頬部の皮下膿瘍を穿刺した膿のグラム染色より放線菌感染を疑い,ST 合剤を投与し炎症反応,皮下腫瘤ともに改善した。培養では Nocardia farcinica が検出され確定診断に至った。播種性ノカルジア症は予後不良な疾患であり,免疫不全患者に皮下膿瘍等を呈した場合はノカルジア症も念頭に置き早期治療を行う必要がある。 (皮膚の科学,18 : 300-305, 2019)
アトピー性皮膚炎(AD)は日常診療で頻繁に遭遇する疾患であるが,治療抵抗性で難治性の重症例も存在する。2018年 4 月,本邦でも重症 AD に対して生物学的製剤であるデュピルマブが使用できるようになった。今回,難治性 AD 14例に対してデュピルマブの有効性に加えて,治療費,外来通院などを含めた治療満足度を検討した。有効性は,EASI,BSA,IGAのすべてにおいて治療開始 4 週後で有意な低下を認め,瘙痒に対してもとても有効であった。また難治性 AD に対しても早期から治療効果を実感でき, 8 割以上の患者から高い治療満足度が得られた。これは今後もデュピルマブを強く続けたいという治療継続意欲の向上に繋がっていると考える。しかし,患者は治療費や 2 週間に 1 回の通院頻度に不満を持っており,デュピルマブを使用したくてもできない患者が多数存在している。 2019年 5 月からデュピルマブも自己注射ができるようになった。自己注射により,通院頻度が減り,長期処方により高額医療制度が使用できる場合もあり,患者の経済的負担も軽減できるようになった。今後,医師も患者の生活スタイルや経済的負担を考え,自己注射という治療選択肢を提供していく必要があると考える。 (皮膚の科学,18 : 306-312, 2019)