これまでの研究では,天体の形状を考察するとき,自己重力を含めた重力場にっいて論じられてきた.静水圧平衡を仮定すると自己重力は天体を球形にする.したがって,天体形状の球形からのずれを取り扱う場合,自己重力を考慮する必要はないと考えられる.本研究では,天体の重力場から自己重力場を除いた残留重力場という概念を導入し,月の形状および歴史を論じた.重力モデル(GLGM-2)と地形モデル(GLTM-2B)を残留重力場に適用して以下のことが得られた.(a)月のジオイドと残留重力のあいだには正の相関がある.現在のジオイド形状は二通りに解釈することができる:月は,かって非同期自転していた(自転角速度は現在の2 .1倍).あるいは,現在の月ジオイドは月が地球に近かった時代の平衡状態を保存している(当時の地球~月距離は1 .81×105km).(b)残留重力と地形の相関には地域差がある.月の表側では残留重力との相関は弱いが,裏側では相関が強い.これは次のように説明できる.マグマオーシャンが固化して原始地殻が形成されたとき, 月全体は当時の同期自転の残留重力場に適合する平衡形状であった.その後,表側における海の形成により原始地殻が保存していた残留重力の情報が失われてしまった.このことより,月の表面がマグマオーシャンに覆われていた時代には,すでに同期自転をしていたことが推定できる.(c)残留重力とジオイド・地形の相関を仮定して,重心の地形中心に対するオフセット量を見積もると,月の重心は地形中心に対して1.96kmほど地球側に偏っている.
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