約800万年昔, 東部アフリカで赤道を北から南に過ぎるリフトバレイの出現によって, アフリカ熱帯雨林に生息していたチンパンジーと人類の共通の祖先は, 西部と東部の2群に分けられた.西部の群は雨林で繁えてチンパンジーになり, 東部の群はサバンナで進化して人類になった (Coppens, 1994).
人類の系統進化において咀嚼の影響を理解することは, 人間の脳皮質の発達原因を理解する上に重要である.百瀬ら (Momosee et al., 1997) との共同研究でチューインガム咀嚼と脳血流との相関関係が18-40歳までの健康な12人のボランティアで調べられた.陽電子放出断層 (PET) 法が, 小量の酸素-15標識水 (減衰期2分) を静注して施行された.各被験者のPET画像はその磁気共鳴断層画像に重ねられ, チューインガム咀嚼中に得られた画像から引き算した画像がMR画像位でつくり出された.咀嚼訓練用にデザインされたガムが実験に使われた (株式会社ロッテが提供).
咀嚼は一次感覚運動野で25%-28% (P≦0.01) の局所脳血流を増加させた.また, 島や補足運動野で9%-17%, 小脳と線条体で8%-11%の局所脳血流を増加させた (Momose, T.et al., 1997).
これらの脳血流増加は, 活発な力強い咀嚼が脳の広範な領域を活性化することを実証している.もし, これが真実ならば, 活発な力強い咀嚼は, たくましい脳やからだの成長に対して無視できない生成力を与えるだろうし, また, オーストラロビテックスの脳頭蓋窩の容積の増大は草食咀嚼が脳皮質を活性化し, その増大による大脳化を反映しているのであろう.咀嚼システムの個体発生過程は人類進化の系統発生過程を反映しているので, もしも, 現代人が幼年時から活発に力強く粗食し続けるならば, 健康なたくましい高齢者となると同時により長い寿命を楽しく生きることが出来るようになるであろう.また, 現在の軟らかい食物を食べていれば, 咀嚼システムの発育不全に陥り, 次第に高齢になるに従って歯は喪失して, 経口的に食物が食べられなくなり, ついには寝たきりの状態になってしまう.こうならないためには, 幼少時からしっかりした力強い雑食性の食事で育てることが重要である.これが私の咀嚼哲学である.
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