今日,日本の組織といわれているものは,明治維新以来の日本の近代化によってもたらされたものである.したがって,それは西欧近代の産業化の線にそったものではあるが,日本政治を現実適合的に分析することができる理論枠組をもってするならば,今日いわゆる日本の組織はどのように見えてくるか.ごくかんたんな例示をもってその解き口の所在を示唆する.
日本的経営とは何か.そして日本的経営が論ぜられるとき何時も問題とせられる≪家≫とは何か.≪家≫の何たるかを根源的に問い直し,そのことによって日本的経営の何たるかを,その諸特徴を体系的に把握しようと意図した.
いわゆる「集団主義」やシューのいう「縁約の原理」が,これまで日本的組織の自明な編成原理とされてきた.だが現実に照らして検討すれば,その想定は不適切であるか不十分であることが分る.本稿では,その原理を「協同団体主義」に求めることを試みた.それは,日本文化のエミックスたる「間人=間柄主義」に基礎づけられている.なおこの試みでは,人間モデルを「個人」から「間人」に転換し,一般システム理論的視点を導入した.
日本における系列組織は,企業組織と市場の中間組織の日本的形態として,企業集団や銀行の系列融資,部品メーカーの系列化や流通における系列化など日本の産業組織と企業活動のあらゆる領域に浸透しているかに見える.この論文では自動車産業をめぐる対部品メーカーと対ディーラーそれぞれの系列組織を比較することによって,その効率性と問題性を検討し,系列組織の今後のあり方を考える手がかりとした.
官僚制を組織デザイン論の視点で考える.官僚制デザインは通文化的に同型的であると考えてよいが,官僚制は様々な文化において本来ビルト・インされている高い効率を発揮できるとは限らず様々な効率が示される.これは官僚制デザイン下での組織成員の行動が官僚制に適合するか否かはその文化における集合行動の特性によって定められるためである.日本と韓国の実証データに基いて定着に関する意識の差から官僚制の効率の差を探る.
多国籍企業の理論は現在に至るまで形成されていない.多国籍企業の諸現象を分析するには企業内分業の視点を導入し,国内企業との対比で理解する必要があるこのような理論化のためには,内部化の理論と企業成長理論が有用であろう.両者の多国籍企業への応用の可能性と限界を示し,ついで多国籍企業を規定する条件として不確実のもつ意味を考察する.