本研究は, 東京電力福島第一原発事故における, 地元放送局であるテレビユー福島(以下, TUFと略記)のニュース生産過程を災害エスノグラフィーの方法を用いて記述し, 原発事故報道とその報道過程から, どんな「暗黙知」と「形式知」があったのかを抽出したものである。
また, TUFスタッフに対するアンケート調査を行い, 災害報道過程において, 組織としてのTUFやそのスタッフにどのようなストレーンとストレスが生じたのかを明らかにした。
研究の結果, 組織ジャーナリズムとして, 所属するスタッフの安全を第一に考えることは当然である一方で, 過去の原子力災害取材の教訓から, 「事故を起こした原発には近づかない」という「暗黙知」が存在し, 当初, 第一原発事故によって取り残された被災住民の取材ができなかったことが改めて確認できた。一方で, キー局であるTBSとTUFの間で, 原発事故取材における被ばくリスクのトレードオフが行われ, リスクマネージメントが有効に機能したことがわかった。
また, アンケート結果から放射線による被ばくリスクが, TUFスタッフのストレスとなって, 原発事故報道そのものに大きく影響を与えていたことが明らかとなった。
2011年3月12日, 1号機の水素爆発を契機に, ほぼ全てのマスメディアは, 第一原発周辺住民の取材を中断した。このことは, 結果的に, 地域住民に生命の危機が迫る可能性があったことを伝えなかったことにほかならず, TUFを始めとするテレビ局は, 「防災機関」の一員として地域住民の暮らしと安全を守る役割があるにも関わらず, これを放棄したと見なされてもやむを得ない結果を招いた。
メディアとしては「ジャーナリズムの第一の忠誠の対象は市民である」と説いたコヴァッチ(2002)のジャーナリズムの原則をも忘れ去ったと言わざるを得ない原子力災害報道となった。
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