現代社会学理論研究
Online ISSN : 2434-9097
Print ISSN : 1881-7467
12 巻
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  • 数土 直紀
    2018 年 12 巻 p. 1-3
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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  • ナッジとその先にあるもの
    大屋 雄裕
    2018 年 12 巻 p. 4-13
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    近代の法制度において前提されている自由と幸福の関係が現在さらされている緊張について、ローレンス・レッシグによるアーキテクチャの権力と、キャス・サンスティーンのリバタリアン・パターナリズムの差異を踏まえつつ検討し、特に後者が個人の自己決定に関する干渉を内包していること、それを正当化する要因として想定されているメタレベルでの自己決定が十分な根拠となっているかに疑義があること、サンスティーン自身が立脚しているとされる共和主義的自由の概念と抵触する可能性があることを指摘する。そのうえで、自然による制約を自由に対する脅威から除外する観点が、人工知能を通じた干渉が想定し得る現代において持ち得る問題性を指摘し、人格なき法制度を可能とする法制度の一例としてリバタリアンによる損害賠償一元化論を紹介する。
  • 規範的社会理論に何ができるか
    金野 美奈子
    2018 年 12 巻 p. 14-27
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    現在、自由の理念は個人化や消費化と結びつけられて称揚される一方、寛容や共和主義といったリベラリズムの中心的価値観のブラックウォッシングともいうべき動きが加速している。自由という理念が纏わされている社会的意味をめぐる、このほとんど絶望的ともいえる状況の中で、私たちは自由という理念をいかに共生のための希望としてもち続けられるだろうか。本稿は、この問いへの回答に向けた試みをいくつかの角度から素描するものである。まず、手掛かりとなりうる試みとして、社会学的な志向にもとづき、相互性の理念を軸に自由な共生社会の構想を探求したジョン・ロールズの規範的政治哲学、とりわけこれまで比較的等閑視されてきた後期の政治的リベラリズムの構図とその注目すべき特徴を確認する。ここでは公共世界と非公共世界の「区別」に関する、あまり注目されてこなかったロールズの独自の概念化様式が開いた新たな理論的可能性を中心にみる。その上で、規範的政治哲学と社会学とのありうべき協働関係を論じる。社会学でも近年、社会的世界の相互構築における日常の道徳性のあり方に改めて関心が高まっている。社会的世界の道徳性に注目してきた経験社会学との協働により、共生と呼びうる社会の創出をめざし規範理論が社会に働きかける力を高めていくことができるだろう。ただし、政治哲学という営みに関する知識社会学的な考察からは、政治の(再)哲学化の流れと慎重に向き合っていく必要性もまた示唆される。
  • 浅野 智彦
    2018 年 12 巻 p. 28-29
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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  • On the Question of Nonhuman Agency1
    Hwan-Suk KIM
    2018 年 12 巻 p. 30-44
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    The history of Science & Technology Studies (STS) can be understood as a series of challenges to ‘the social’. The first attempt of such challenges is represented by the Sociology of Scientific Knowledge(SSK), which was an early approach of STS. SSK attempted to overcome the narrow categories of traditional sociology based on the strict distinction between ‘the social’ and ‘the scientific (or the technical)’. Instead, SSK sought to explain ‘the technical’ by ‘the social’, and was thus called social constructivism on science and technology. Actor-Network Theory (ANT) represents the second challenge of STS to ‘the social’. It criticizes SSK in that the latter is still based on the dualism of ‘the social’ versus ‘the natural’(or rather humans vs. nonhumans). ANT tries to overcome such a dualism by imputing agency to nonhuman beings. The contrastive perspectives of SSK and ANT on nonhuman agency has led to the so-called ‘Epistemological Chicken’ debate. This paper explores whether ANT seeks to abolish ‘the social’(even social sciences) by acknowledging nonhuman agency. In addition, we try to suggest that to acknowledge nonhuman agency is not only important for the development of science and technology but also for the ecologization of politics to redress the defects of modernism by illustrating a controversy over the 4 Major Rivers Project in Korea. This paper concludes by reflecting on the implications of the challenges of STS to ‘the social’ for the innovation of sociology.
  • Exploration of the Case of Young People in Korea from the Perspective of Emile Durkheim’s Theory of Social Solidarity
    Bong-Seok KIM, Dok-Lip OH
    2018 年 12 巻 p. 45-59
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    In the last several decades, the spread of ‘being alone’ has become a distinct trend among young people in Korea, especially among those aged in their 20s and 30s. Negative attitude to marriage and activities such as ‘honbap’ (‘dining alone’) and ‘honsul’ (‘drinking alone’) have emerged as the challenge to collectivistic culture that emphasizes the values and goals of collectivity. On the other hand, the search for alternative forms of togetherness (for example, social dining) has also been noted. According to Emile Durkheim’s theory of social solidarity, individual has become more sacred than collectivity in the transition to modern society, so that individualism should be the new basis of social integration. In his concept of ‘moral individualism,’ Durkheim emphasizes that the whole society must make moral individualism a reality through social institutions. From his theoretical point of view, the cultural and institutional support for moral individualism is not yet sufficient in Korean society. The point is that the whole society must seek to create social network of independent and autonomous individuals.
  • Examination of Axel Honneth’s Recognition theory on Dialogue
    Naoki SATO
    2018 年 12 巻 p. 60-67
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    This paper examines Axel Honneth’s Recognition theory be Applied to Social movement research1.
    In Recognition struggles and Social movements Hobson suggests that Honneth’s theory has a possibility to be applied to empirical research, especially Social movement research. According to Hobson, Honneth’s theory can grasp the motivation of movements, namely person’s Misrecognition feeling. And Misrecognition is the beginning point of Recognition struggles. Then We emphasize this grasping of Misrecogniton by Honneth’s theory.
    Injustice is the medium of real justice (Adorno). Honneth sited this phrase to discuss about the Justice of Recognition theory. According to his theory humans among mutual action can receive the other’s feeling about Misrecognition. Humans can have a chance of understanding the other’s situation and cause of Misrecognition at that time. So imaging anew recognition for the other, the ego and others together will have desire to remedy the Misrecognition.
    Then Misrecognition will be the motivation of movements because of their desire of remedying Misrecognition and imaging anew Recognition. In An interview Honneth suggests that the Dialogue with humans and others (for example, with the researcher and the interviewee in structured interview and group discussion) has the function of their finding to be moralistic in specific situations. In my opinion, this specific morality is the bud of morality, that is the new desire for Recognition. So I insist that humans can open new point of view about morality cooperative with others.
    Finally It is a time that We confirm Honneth’s suggestion meaning for Social movement research. Nick Crossley indicates that an important task of Social movement research is to light up hidden voices. For Honneth Lighting up hidden voices is to interact cooperatively with others on the subject of Misrecognition, negative experience and its remedy.
  • Maruyama, Beck and Sakuta
    Kiyomitsu YUI
    2018 年 12 巻 p. 68-76
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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  • 小田 和正
    2018 年 12 巻 p. 77-89
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    本稿は、K. マンハイムが提示する客観性概念と関係主義(Relationismus)の理論を再検討し、それらの現代的意義を示そうと企図するものである。その方法として本稿は、M.ウェーバーの客観性概念とマンハイムの議論とを対比的に論じている。ウェーバーが客観性の基盤として「普遍的文化価値」、普遍妥当な「思考の規範」、「共有された経験的知識」という三つの要素を想定するのに対し、マンハイムは認識の社会性とパースペクティヴ性を提起し、「知識の存在拘束性」の主張を徹底化することで、そうしたウェーバーの諸想定を退けていた。その代わりにマンハイムは、ある特定の意味が特定の意味体系との関係において成立するという関係主義の立場から、二つの水準の客観性概念を提示している。本稿は、そのようなマンハイムの客観性概念と関係主義の理論が、民主的討議・公共的な相互批判の可能性を担保しようと意図されたものであることを示し、さらに、三つのreflexivity概念を用いることによって関係主義の理論がもつ意義を定式化した。
  • パフォーマティヴィティ理論における「他者性」の観点から
    大貫 挙学
    2018 年 12 巻 p. 90-102
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    本稿の目的は、J. バトラーの「倫理」概念を、パフォーマティヴィティ理論から導出される「他者性」に着目して考察することにある。
    1990 年代のジェンダー・パフォーマティヴィティに関するバトラーの議論は、彼女をフェミニズム理論家として知らしめることになった。一方2000 年代以降、彼女は、従来以上に、エスニシティやナショナリティの問題に焦点をあて、国民国家による暴力についても直接的に論じるようになった。バトラーによれば、現代社会においては主権と統治性の共犯関係によって、私たちの「生」は不安定なものになっている。そして、「生のあやうさ」が格差をともなって配分されているという。かかる現状にあって、彼女は「生の被傷性」を指摘するとともに、「自己の倫理」を主題化する。近年のバトラーについては、ジェンダー・パフォーマティヴィティから倫理一般への「回帰/転回」が指摘されてきた。
    これに対し本稿では、「倫理」をめぐる彼女の議論を、パフォーマティヴィティ概念との連続性のなかで考察したい。こうした作業によって、「他者」についての社会理論と政治的実践との関係も再考できると思われる。また、現代社会における権力批判のあり方にも言及する。すなわち本稿は、バトラーについての学説研究であると同時に、後期近代の権力論を模索するものでもある。
  • 「閉鎖性」と「開放性」のアイデンティティ論
    安達 智史
    2018 年 12 巻 p. 103-115
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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    多文化主義は、世俗的な中立国家のなかで代表されない宗教や文化に公的な承認を与える一方で、そうした不公正の是正や文化的承認を通じてマイノリティの主流社会への統合を促す政治的立場である。だが、グローバル化により多様化が進展する西欧社会において、多文化主義は、多文化ではなく多分化をもたらす原理として認識されつつある。こうした批判は、文化やアイデンティティの「閉鎖性」と「開放性」を、多文化主義が十分に理論化していないことが原因である。この課題に応えるべく本稿では、閉鎖性と開放性の視点から、テイラー、ホール、ギデンズのアイデンティティ理論を検討する。その後、実際の西欧ムスリムのアイデンティティ管理や宗教との関わりをめぐる研究を参照しつつ、ギデンズの理論の有効性を述べる。最後に、アイデンティティが内部における閉鎖性を通じて外部への開放性を実現している点を描くとともに、ムスリムの信仰と民主的シティズンシップの積極的関係を説明することで、多文化主義の擁護を試みる。
  • 廣瀬 毅士
    2018 年 12 巻 p. 116-120
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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  • 二つの「距離」をめぐる問い直し
    宮原 浩二郎
    2018 年 12 巻 p. 121-124
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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  • 樫村 愛子
    2018 年 12 巻 p. 125-129
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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  • 作田と見田における戦後日本社会と他者への問い
    西原 和久
    2018 年 12 巻 p. 130-137
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/09
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