水利科学
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68 巻, 4 号
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一般論文
  • ─鬼怒川瀬替えから常総水害まで─
    梶原 健嗣
    2024 年68 巻4 号 p. 1-30
    発行日: 2024/10/01
    公開日: 2025/10/01
    ジャーナル フリー
    利根川の最大支流・鬼怒川は,全長176. 7km,流域面積1, 760. 6km2の一級河川で,全国の一級水系・本川と比べても遜色がない規模である。それでも支流であることに変わりはないため,その歴史が独自に検討されることは少ない。しかし鬼怒川はいち早くダムによる洪水調節が治水計画に取り入れられたという歴史があり,また2015(平成27)年に大きな水害(常総水害)があったことに照らせば,その歴史を振り返ることには,大きな意義がある。 鬼怒川が国の直轄改修事業の対象となったのは,1926(大正15)年である。この時内務省は,五十里ダムの建設等を柱とする改修事業を計画した。五十里ダムの建設は1933(昭和8 )年に一度頓挫するが,昭和13年水害を経て復活した。その後も戦争による中断を余儀なくされたが,遂に1956(昭和31)年に完成した。以後,鬼怒川では川俣ダム,川治ダム,湯西川ダムが建設されていった。 治水計画どおりのダム建設が完了していない河川が少なくないなかで,鬼怒川は計画どおりのダム建設が果たされた河川である。そうした鬼怒川で2015(平成27)年9 月,水害が発生した。茨城県常総市を中心とするこの水害に対し,2018(平成30)年8 月,被害者30名(法人1 を含む)が水害訴訟を提訴した。そして2022(令和4 )年7 月,水戸地方裁判所は若宮戸地区のᷓ水につき,国の管理瑕疵を認めた。水害訴訟では,久しぶりの原告勝訴判決である。 判決が認めた管理瑕疵は,河川区域の選定を不適切とするものである。気候変動等により豪雨の激化が予想されるなかで,今後も大きな水害が発生することはあるだろう。重要なのは,なぜ水害が起きたのか,それを多角的に検討することである。水害訴訟のような「現代型訴訟」は,そうした問題をあぶりだし,開かれた形でその検証を行う場となりうることに,被害者救済を超えた公益的な意義がある。
  • 中村 祐輔
    2024 年68 巻4 号 p. 31-53
    発行日: 2024/10/01
    公開日: 2025/10/01
    ジャーナル フリー
    100年以上にわたって山地災害の防止に取り組んできた治山事業は,これまで大きな成果を上げ,我が国の国土保全と国民の安全・安心の確保に貢献してきた。一方で,近年の気候変動の影響により降水形態が激化し,山地災害の激甚化やその発生形態が変化しており,治山対策は新たな課題に直面している。 こうした中,林野庁では令和2(2020)年度に「豪雨災害に関する今後の治山対策の在り方検討会」を開催し,激甚化する山地災害に対応するための重点的な対策方針をとりまとめた。こうした方針等を踏まえ,「森林・林業基本計画」(令和3〈2021〉年6 月15日閣議決定)や「防災・減災,国土強靱化のための5 か年加速化対策」(令和2〈2020〉年12月11日閣議決定)等に基づき,山地災害危険地区等における対策の加速化や流木対策の強化,流域治水との連携等を推進している。
  • ─森林水文学・砂防工学への貢献─
    浅野 友子, 佐藤 貴紀, 水内 佑輔, 田中 延亮
    2024 年68 巻4 号 p. 54-94
    発行日: 2024/10/01
    公開日: 2025/10/01
    ジャーナル フリー
    東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林生態水文学研究所(以下,生態水文学研究所)は,1922年9 月1 日に東京帝国大学農学部附属愛知県演習林として設置された。都合,生態水文学研究所は100年以上に及ぶ歴史を持つことになるが,1920年代からの長期水文観測に特徴づけられる森林水文学の教育研究施設(演習林)といえる。 塚本(1992)によれば,森林水文学や砂防学の原点には,水土保全のための森林の水源涵養機能や土砂流出防止機能の解明といった課題があり,後述するように明治中期頃から社会的課題への対応に始まるという特徴がある。また,五味(2018)によれば,日本での森林水文観測は,1950年までははげ山の課題,1960年代は森林流域や斜面を対象とした水文プロセスの把握,1970~1980年代は土壌に着目した水文プロセスの把握,1990年代以降は研究対象や観測項目が多様化,水循環のプロセスの把握へと展開した。これらの研究を支えたものの1 つが長期観測であり,気候変動をはじめとした変動環境下における森林水文プロセスの変化などの研究では,長期観測データが今まで以上に重要になると考えられている。したがって,生態水文学研究所において継続されている長期水文観測は,過去においても今後においても重要なものと考えられる。 これまでの森林水文学に関する教科書的体系書(諸戸1938, 荻原1953,塚本1992等)においても,生態水文学研究所に関わる研究成果が掲載されており,また,伏谷(1974)による『林業技術史』第4 巻「防災編」では,日本初の本格的な量水観測試験地であり,多大な成果を上げていると評価されているように,森林水文学・砂防工学への貢献は少なくないと思われる。このように生態水文学研究所は,20世紀において高く評価されてきた水文観測に関わる教育研究施設であり,長期水文観測データがますます重要となる中で,改めて生態水文学研究所の成果を経時的に整理することに意義があると思われる。そこで,本稿では,治山治水と深く関わる,水文・土砂に関するものを中心とした生態水文学研究所の成果のレビューを行い,森林水文学・砂防工学への貢献についての議論を行う。 なお,生態水文学研究所は,愛知県演習林,続いて愛知演習林という名称を経て,2011年よりの名称である。本稿において基本的には生態水文学研究所と表記する。ただし,文脈によっては愛知県演習林,ないし愛知演習林と表現する場合もあるが,全て同一組織を指すものである。
  • ─山本晃一氏の河道特性研究の足跡─
    末次 忠司
    2024 年68 巻4 号 p. 95-128
    発行日: 2024/10/01
    公開日: 2025/10/01
    ジャーナル フリー
    河川法改正に伴って,新たな河川整備計画が策定され,河道改修や河川管理施設の整備に活用されている。河川整備計画の策定にあたっては,従来とは異なる計画手法(粗度係数,計画高水位の決め方,堤防防護ラインなど)が採用されたが,この手法の決定に際しては,土木研究所の山本晃一氏の研究成果が活用された功績が大きい。しかし,残念なことに山本氏は病により2019年6 月に逝去された。そこで,逝去から約5 年が経つのを機に,本報では山本氏の経歴(研究人生),河道研究の手法,河道特性論(研究の流れと河川整備計画等への適用),インパクト-レスポンス,急流河川の河道計画などについて,知り得るかぎり記述するとともに,山本氏が著書を通じて伝えたかったことの一部を紹介することとした。山本氏が辿った研究の流れは河道研究の流れそのものであり,河道特性論や河道計画に関係する技術者や研究者にとって,参考となる情報が多数含まれているので,是非参考とされたい。なお,官公庁・財団法人関係の組織名は改編により変更されたが,文中ではその当時の名称で表している。
  • ─御幸尋常高等小學校郷土史にみる教訓の継承─(その1)
    和田 一範
    2024 年68 巻4 号 p. 129-171
    発行日: 2024/10/01
    公開日: 2025/10/01
    ジャーナル フリー
    郷土史川崎市御幸尋常高等小學校。川崎市立中原図書館,幸図書館蔵。発刊の年月は記載がなく,中原図書館蔵のものには手書きで,昭和八年刊の書き込みがある。執筆者の記載もない。 この冊子には,第四章,明治及大正時代,第五節有吉知事と有吉堤の由来,として13ページ分が割かれ,アミガサ事件と有吉堤にかかる騒動の顛末が紹介されている。 注目すべきは,「アミガサ事件」の呼称が記されていることである。 大正3(1914)年9 月16日の神奈川縣庁への請願行動およびその後の顛末は,当時,横浜貿易新報に詳細に報道され,その他の全国紙においても報道が確認されているが,この中でアミガサ事件の名称は使われていない。 ということで,郷土史川崎市御幸尋常高等小學校は,アミガサ事件の呼称を,歴史上はじめて記した文献,資料ということになる。ここにはアミガサ事件の名称とともに,神奈川縣庁への請願行動の模様が詳細に記載されている。 ただし,請願を契機としての,その後の関係者の動きなど,この事件の本質にかかる記載は薄く,もっぱら大集団で県庁に押し掛けた,道中の描写に力が入っている。 また,アミガサ事件の前年の神奈川縣知事あての請願書と,アミガサ事件の直後に,内務大臣にあてた多摩川沿岸新堤塘築造陳情書の全文がそのまま掲載されている一方で,以降の関係者の取り組みや,道路改良に名目を借りた有吉堤の建設に至る経緯,対岸東京府との大騒動になった経緯などは,非常に簡略な記載である。 石原知事や有吉知事の発言など,裏付けのない,いささか作り話ではないかと首をかしげる記述もあるが,一応,有吉堤が大騒動の結果,正式な河川堤防として認可された経緯が載っている。 昭和8(1933)年当時,一連の事件と騒動については,横浜貿易新報の記事を除くと,一般の者が手に入る書物等には,記載がほとんどなく,この執筆者は,前述の請願書と陳情書以外の公文書も,すべては認識されていないと思われるので,郷土史のこの文章は,当時,事情を知る人々,地元御幸村の村民たちから,おもに口承で聞きだしたものを,執筆者たちがまとめて記述したものと考えられる。 アミガサ事件と有吉堤にかかる一連の騒動を経て,大正7(1918)年,スタートした内務省直轄改修は,この年,昭和8(1933)年には完成して,上流区間に工事区間を延伸している。堤防そのものは,昭和5(1930)年には,大堤防の連続堤としてかたちができ上がっていた。 この間に,一連の騒動にかかる人々の記憶は,順次薄れ,この時期には,日ごろの話題に上ることも少なかった,と思料されるが,アミガサ事件の発生から19年の時を経て,人々がどのようにこの一連の騒動を語り継いできたのかが,おおよそ俯瞰できる。 本稿では,アミガサ事件の発生から19年の時を経て,編纂された郷土史川崎市御幸尋常高等小學校において,アミガサ事件と有吉堤の騒動,そして多摩川の抜本改修である内務省直轄改修の開始に至る一連の騒動の教訓が,どのような形,如何なる経緯で伝えられたのかを考察する。 そこには,災害と防災にかかる教訓の継承にかかる,歴史的な示唆がある。
「雪の研究」シリーズ
  • 勝島 隆史
    2024 年68 巻4 号 p. 172-187
    発行日: 2024/10/01
    公開日: 2025/10/01
    ジャーナル フリー
    積雪内部の水分移動は,積雪のある流域からの融雪水や雨水の流出現象に影響を及ぼす。本稿では,積雪内部の水分移動の素過程と,そのモデリングについての研究を紹介する。濡れ雪内では水が雪粒子を皮膜状に包みながら流れる皮膜流下が,乾き雪内では選択的な水の流れであるフィンガー流が形成される。雪の保水性や透水性が,雪の間隙と関係がある密度や粒径を用いて関数化されることで,積雪内部の浸透計算が可能になってきた。自然積雪の成層構造に起因して帯水層や側方流が形成され,側方流の集中により積雪底面からの不均一な流出が生じる。斜面積雪では,側方流により水が水平方向に数十m 移動する。間隙スケールの水の動きと,斜面や流域スケールの動きは相互に影響を及ぼすことから,スケールの異なる現象をシームレスに捉えることが,積雪内水分移動の理解に役立つ。
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