サケ属魚類の生態学的研究において,生活史などの個生態学から種内間の生物学的相互作用,および気候変動などの生態系生態学を含む包括的な研究はこれまでほとんど行われてこなかった。著者は,長年,サケ属魚類の生活史,個体群動態,種間相互作用,長期的な気候変動と海洋生態系動態との関係,海域-陸域生態系の物質循環等に関する生態学的研究に携わってきた。すなわち,1)進化生態学的研究に基づく条件戦略による生活史の定義,1-6) 2)個体群の密度依存効果の実証7-9)と環境収容力の定義,10-14) 3)北太平洋各生態系における胃内容物解析と安定同位体比分析から種間の相互作用,種特異的な栄養段階と可塑的な摂餌動態の解明,15-19) 4)長期的な気候変動が海洋生態系とサケ属魚類のバイオマス動態に及ぼす影響,20-28) 5)サケ属魚類による陸圏生態系への物質輸送と生物多様性,29-38) さらに6)地球温暖化がシロザケのバイオマスと回遊に及ぼす影響21,24,26-28,36,38-39)などである。ここでは,サケ属魚類と生態系との関係に焦点を絞り,今後地球温暖化の加速が予測される中,サケ属魚類の持続可能な保全と利用のあり方にむけた生態学的研究について概説する。
水産増養殖において,いかに疾病の発生を防ぐかが大きな課題である。これまで,水産増養殖で発生する疾病の治療には,主に抗菌剤が用いられてきた。しかし,薬剤耐性菌の増加や食品衛生上の問題から薬剤による治療から,疾病を予防するように考えなくてはならない。
高等動物の生体防御は,自然免疫と獲得性免疫からなっている。獲得性免疫は,T,Bリンパ球の膜上に存在する抗原受容体により,外来抗原を認識する。この抗原受容体の遺伝子は,抗原刺激によって再構築を行い,高い親和性で,抗原に特異的に認識することが出来る。しかし,獲得性免疫の成立には,通常数日が必要とされ,微生物感染等の迅速な免疫応答には対応できない。この感染初期の段階で必要となるのが自然免疫であり,主に,食細胞や液性因子によって担われている。従来から,魚類の免疫系は,獲得性免疫よりも自然免疫の方が重要であることが指摘されてきた。ここでは,自然免疫応答に重要な役割を果たす分子であるサイトカインについて遺伝子レベルでの研究を紹介し,さらに,この自然免疫応答を生かした免疫賦活剤について総説する。
海洋は,地球上の生物生産やまたそれを支える環境を考える上で極めて重要な位置を占めている。なぜなら海洋は地球表面積の約70%を占めており,また海洋の平均深度が約3,800 mであることから,面積においても体積においても最も重要な地球環境である。また海洋は,赤道から両極地まで広範な地球表層環境をおおい,陸上とは異なった圧力,塩分,温度,光などの環境条件を有しているため,多様で特異な生物が生息している。また海洋には,沿岸域,外洋域,閉鎖性海域,深海域など陸域にはみられない環境が存在するため,生息する生物の生態・生理・進化において特徴的な影響を与え,独特で特異な生物が生息していると考えられる。
さて近年次世代DNAシーケンサーの開発により,微生物を中心とした環境メタゲノムの解析が発展した結果,海洋には従来推測されてきたよりも桁違いに多い未知微生物の存在が明らかになってきた。現在もゲノム解析やメタゲノム解析によるDNAデータベースの拡大は日進月歩で,今後も驚異的なスピードで加速することは疑いの余地が無いと思われる。
近年これらのメタゲノム解析の情報により,海洋における物質循環や生物生産において微生物の果たす役割は従来の予想よりはるかに大きく重要であることが明らかになってきた。しかし海洋微生物の99%以上は難培養性未知種であり,詳細な生理生態が不明である。そのため海洋環境の変化や富栄養化に伴う有毒・有害微細藻の異常増殖とそれに伴う養殖魚介類の毒化や斃死などの環境問題や,新たな生物資源の開拓を目指す次世代水産業において重要かつ大きな問題となっている。
このように海洋環境には,水産業にとって深刻な打撃を与える有毒・有害微細藻の存在と共に,遺伝子資源として極めて有用な微生物も共存している。本稿では,⑴海洋微生物のゲノム情報に基づく高感度分子診断法の確立により,異常増殖により魚介類の養殖において世界的に深刻な問題となっている多様で形態分類の困難な有毒・有害微細藻の分子モニタリング法の開発と,⑵深海・浅海熱水環境から,多様かつ難培養性の新規超好熱古細菌やCO資化性好熱菌を分離し,生態,生理,生化学的特性の解明と全ゲノム解析の活用により,次世代遺伝子資源である難培養性好熱菌と耐熱性有用酵素の開発等に関する主要な研究成果について紹介する。
多くの魚種は,遺伝的な要因により性が決定するシステム(遺伝的性決定システム)だけでなく,環境に依存して性が決定するシステム(環境依存的性決定システム)を保持している。1) この環境依存的性決定システムにおいては,温度,pH,社会環境など,様々な環境要因で性が決定(転換)することが知られているが,この基本原理及び分子機構については未だに解明されていない。
昨今の人間活動の増大により,資源の枯渇が顕在化しつつある。このような背景のなか,国連環境計画が「持続可能な開発目標」を掲げ,環境,資源の持続性を考慮した社会システムの構築,移行を求めている。そして水産分野もその例外ではなく,環境(生態系など)と調和を取りつつ水産資源を持続的に活用して行くことが求められる。
水産資源を持続的に活用するためには,先ず,それらが「どのような大きさ」で,「いつ」,「どこに」,「どれくらい」いるのかを知ることが基本となる。しかしながら水産資源は広大な海中を「立体的」に活用したり,「能動的」に移動したりするものも多く,それらを可視化することは簡単ではない。ましてや定量性を担保することは困難を極めるものとなる。
この様な水産資源の定量的可視化を実現するための強力なツールの一つとして,音波を使った計測法,すなわち音響モニタリング手法が国内外で注目され,研究が進められている。本稿では,著者が中心となり世界に先駆けて開発・研究した音響モニタリング手法に関する成果について,その概略を紹介する。
海亀脱出装置の脱出口を覆う扉の閉扉力を静水下と流水下で調べ,流水下においても海亀が脱出可能で,海亀の脱出後に自律的に閉鎖する扉の仕様を検討した。閉扉力は,土台ネットと扉枠との重ね合わせ幅と,扉の水中重量が大きいほど大きかった。重ね合わせ幅が関与するモーメントは扉の開放角度の増加に伴って増加し,水中重量が関与するモーメントは減少した。開放側から0.8ノットの流れを受けても自律的に閉鎖する扉枠直径6.0 mm,重ね合わせ幅0.2 mの扉は,同様の流れを支点側から受けた場合でも海亀が脱出可能な仕様であった。
魚道の設置がサクラマス個体群に及ぼす効果を明らかにするため,魚道設置の前後計10年間,幼魚の生息密度や体サイズ,産卵床の分布や数の変化を調べた。魚道の設置以前は,魚止めの落差工よりも下流に産卵床が集中的に分布し,幼魚の生息密度は高く低成長であった。魚道設置後は産卵域が上流へと拡大し,下流域での幼魚の高密度状態が解消して成長率が上昇し,秋期に尾叉長8 cm以上のスモルト候補サイズに達する個体の割合が高まった。魚道設置から3世代目に当たる年級の産卵床数は,1世代目と比べて平均で2.8倍に増加した。
養殖生簀内を遊泳する養魚の尾叉長を非接触で正確に計測するため,4機のカメラを同時に使用する多眼ステレオ計測を行い,一般的に使用される2眼ステレオ計測と比較し性能を検証した。金属製フレームに4機のカメラを固定したステレオカメラで画像較正,既知とする3次元位置の推定,既知の魚体の尾叉長計測を行った。計算に使用するカメラの機数を変更してDLT法で3次元位置を計算し,真値との誤差を求めた結果,いずれの実験においても4眼ステレオ計測で最も誤差が小さくなり,多眼ステレオ計測の有用性が明らかになった。
スケトウダラを卵から成魚まで屋内で飼育し,成育履歴を把握した人工生産魚を親魚に用いて給餌量が産卵数や卵サイズに及ぼす影響を検討した。人工生産魚の初回産卵は満2歳となった直後に確認された。人工生産魚を2群用意し,初回産卵期の8か月前から異なる給餌量で飼育したところ,雌単位体重あたりの産卵数には群間で差は認められなかったが,高給餌群由来の卵は低給餌群由来の卵よりも大型であった。人工生産魚を用いた飼育実験により,本種の親魚が産出する卵の量的,質的特性と親魚の状態との関連性が追究可能となった。
産地卸売市場における水産物価格形成メカニズムの一端を解明することを目的として,日本の漁港におけるデータを基にセリの形式の差異が水産物価格に与える影響の有無とその傾向を分析した。具体的には,三重外湾漁協を対象にセリに関する質問票調査と,イセエビの日毎の漁獲量と落札価格のデータをもとに,統計分析を行った。その結果,価格が高い傾向にあるセリの運営方法として,落札額だけではなく各仲買人の入札額まで公開していること,仲買人の人数が多いこと,1回のセリ毎のイセエビの取引重量が大きいこと,などが見出された。
アユに病原性を示す3種の細菌Flavobacterium psychrophilum, Pseudomonas plecoglossicidaおよびVibrio anguillarumを同時に検出できる既報のマルチプレックスPCR (M-PCR)法を改良し,Edwardsiella ictaluriも検出できる新たなM-PCR法の開発を試みた。gyrB領域を標的としたM-PCR法は,陽性対照から目的とするPCR増幅産物のみが得られ,各細菌の検出限界値は10-100 fg/PCR tubeであった。また,E. ictaluri感染実験魚組織からも検出が可能であった。このように,主要なアユ病原細菌4種を同時に検出できるM-PCR法が開発できた。
近年,クルマエビ漁獲量の減少に伴い,種苗生産に使用する親エビの確保が難しくなっている。そのため,水槽で飼育した親エビを用いた採卵技術の確立が求められているが,交尾が十分に行われないことが問題となっている。そこで,水槽内で交尾が行われる条件を明らかにするため,水槽サイズ,底質,曝気による音と振動,水槽壁の衝撃吸収性と交尾との関係を調査した。その結果,前二者は交尾に影響を与え,アンスラサイトを底質に用いた場合には底面積が0.75 m2以上で交尾が行われた。一方,後二者は交尾に影響を及ぼさなかった。
祖母の家は,二階の窓から三浦海岸を見ることができる横須賀にありました。私は幼いころから海の生物が大好きで,三浦海岸油壷でアゴハゼやイソスジエビなどを採って遊んでおりました。生物の色や形はとても美しく,その生物が存在する自然の仕組みは不思議であり,時間を忘れて見入っていました。また,様々な生物の美しい絵が記載されている図鑑を眺めることも好きで,図鑑はまるで自然の作り出した美しい宝石のカタログのように見えました。小学校1年時の夏休みには磯などで採集した生物を記録したオリジナルの「しぜんずかん」を作り,生物に親しんでいました(図1)。
この度,このような記事を執筆する機会を与えていただきましたこと,誠にありがとうございます。水産科学の分野で「活躍する」には程遠いキャリアではございますが,これまでの自分の研究生活を振りかえって,この記事を書こうと思います。