私たちの日常生活や社会の経済活動は無数の化学物質によって支えられている。しかしながら、その化学物質は適切に使用・管理しないと厄介な環境汚染物質になってしまう。化学物質の不適切な使用・管理が原因で生じた影響事例を羅列することはいとも苦労しないが、記憶に新しいのは2012年5月、利根川水系の浄水場で水道法の基準値(0.08 mg/L)を超えるホルムアルデヒドが検出され、一部の自治体で断水する大騒ぎが発生したことである
1)。このように、我々の生活と社会に欠かせない化学物質はどのように使用・管理をすれば、社会の安心安全につながるのか、これは人類共通の重要な課題の一つである
2)。
2002年に開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議(World Summit on Sustainable Development: WSSD)」で取り決められた「WSSD 2020年目標(アジェンダ21第19章)」が適切に化学物質を使用・管理する世界的な動きを触発した
3)。WSSD では「2020年までに化学物質の製造とその使用による人の健康と環境への重大な悪影響の最小化を目指す」という世界共通の目標を掲げた。その目標を達成するため、2006年に開催された国際化学物質管理会議(International Conference on Chemical management: ICCM)では、世界規模の政策的枠組みである「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(The Strategic Approach to International Chemicals Management: SAICM)」が採択された
4)。SAICMが各国政府、国際機関、産業界、市民団体等の進めるべき取り組みをまとめ、世界の化学物質管理をハザードベースからリスクベースへと強く促した。2007年施行の欧州REACH規則(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals、化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則)
5)や2011年の日本の第3次改正化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)
6)、そして2016年の米国の改正TSCA法(The Toxic Substances Control Act、有害物質規制法)
7)は、いずれもWSSD 2020目標達成に触発された動きである。
国内外のこれらの法規制では、いずれもリスクベースを理念に、「すべての化学物質を対象に、リスクを許容レベルで管理しながら使う」としている。しかし、毎日数百から数千のペースでCAS(Chemical Abstracts Service)登録される新規物質
8)のみならず、何十万もの既存化学物質のリスクを1つずつ適切に評価して管理するには、多大な社会コストを要するほか、システム作りなどいくつもの技術課題の解決に全力をあげなければならない。それらの課題解決には大きく2つの要素技術の開発が不可欠である。1つは化学物質による影響を「リスク」として適切に評価できる手法の確立、もう1つは適切なリスク評価手法による評価の加速である
9)。筆者はこれまで化学物質による環境への影響を「生態リスク」として捉え、そのリスクを適切に評価する手法開発(個体群レベル生態リスク評価)
10-14)、そして開発した評価手法の実用化やリスク評価の効率化・定型化・標準化を支援するツール(AIST-MeRAM: 汎用生態リスク評価管理)
15)の開発など、一連の研究活動を行ってきた。
本稿は、医薬品毒性評価に携わる皆様が環境中に排出された医薬品の生態リスク評価を考える際の参考となるように、水環境中の化学物質の生態リスク評価に関する基礎情報、すなわち、リスクの定義、評価の考え方及び評価手順について、AIST-MeRAMの評価例を交えながら紹介する。
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