谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
2019 巻, 21 号
谷本学校 毒性質問箱
選択された号の論文の15件中1~15を表示しています
はじめに
ヒト化動物
  • 仁平 開人
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 1-8
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     薬剤誘発性肝障害(drug induced liver injury: DILI)は、医薬品の開発中止や市販後の警告・販売中止に至る主要な有害事象であり、医薬品開発においてはDILIのポテンシャルやリスクの早期見極めが求められている。一方、非臨床からのDILIの予測性は高くないことが知られており、新たな肝毒性評価モデルが求められている。DILIはこれまで主に低分子医薬品で顕在化してきたが、近年、抗体医薬品においても認められている。抗体医薬品の非臨床安全性評価には、標的分子のアミノ酸配列のヒトとの相同性の高さからカニクイザルなどのサルが汎用されるが、標的分子のわずかなアミノ酸配列の違いによって生じる抗体の結合力や活性、下流シグナルに対する感受性及び免疫刺激性の種差が問題となることがあり、非臨床試験結果から臨床での有害事象を予見することが難しいケースがある。
     この課題を解決するため、ヒト肝細胞キメラマウスの利用が有用な手段となりうる。このマウスは肝臓の大部分がヒト肝細胞に置換されており、肝炎や薬物代謝の研究に用いられている。また最近、低分子医薬品の肝毒性研究への利用も報告されたが、抗体医薬品の肝毒性を評価した報告は少ない。そこで本稿では、臨床において肝毒性を誘発した抗体としてtumor necrosis factor(TNF)-related apoptosis-inducing ligand(TRAIL)receptor 2(TRAIL-R2)アゴニスト抗体を題材にして、その肝細胞傷害作用についてヒト肝細胞及びヒト肝細胞キメラマウスを用いて解析し、抗体医薬品の安全性リスク評価ツールとしてのヒト肝細胞キメラマウスの有用性を検証した事例1)を紹介する。
  • 高橋 武司
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 9-17
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     免疫不全マウスにヒト組織を移植生着させ、その生体機能を解析する試みは古く1970年代にさかのぼる。ヌードマウスへのヒトがん組織異種移植がその端緒であるが、scid(severe combined immunodeficient)マウス、NOD(non-obese diabetes)-scidマウスなどのより免疫不全性の高い動物の発見1)、樹立とともにヒトがん組織のみならず、ヒト正常組織の異種移植の試みが続いてきた2)。他方、1990年代のサイトカイン及びその受容体遺伝子研究の進展に伴い明らかにされたIL-2受容体の構成分子であるIL-2受容体γ鎖(IL-2Rγ)の発見3)とその遺伝子破壊マウス(KOマウス)の作製4)により免疫不全マウスの開発は一気に進化を遂げた。すなわちNOD-scidマウスとIL-2RγKOマウスを交配することによって作出されたNOGマウスは従来のNOD-scidマウスとは一線を画す劇的なヒト組織の生着性を示すことが明らかになった5)。NOGマウスはヒトがん組織のみならず、ヒトの正常組織についても一部についてはその機能を維持したまま生着させることが可能である。特にヒト血液・免疫細胞についてはNOGマウスではヒト造血幹細胞の移植により多様な細胞系譜が発生分化することが明らかになっており、一部の実験系においては機能的免疫反応が可能である。本稿では基本的なNOGマウスを用いたヒト血液・免疫系の再構築について説明するとともに、実験動物中央研究所(実中研)で開発した次世代NOGマウスと呼ばれるヒト血液・免疫系細胞の発生分化の改善、機能の強化を目指した新しいマウスモデル及びその応用性について紹介したい。
ヒトiPS分化細胞
  • 宮本 憲優
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 18-22
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     日本製薬工業協会(Japan Pharmaceutical Manufacturers Association: JPMA)のタスクフォースチームが事務局となり2013年に設立した、“ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム(Consortium for Safety Assessment using Human iPS Cells: CSAHi)”では、数多くの製薬企業の研究者が集い、心臓と肝臓の2種類の臓器と中枢神経系1器官を対象として、健常人のiPS細胞からそれらの臓器や器官を構成する標的細胞に分化誘導された細胞材料を用いて、医薬品候補化合物のヒトでの安全性を予測する試験法開発の可能性が検討されてきた。なお、JPMAのタスクフォースチームの任務は2017年3月で完了し、2017年度からはCSAHiは参加企業により自主運営され、JPMAはオブザーバーの位置づけとなっている1-4)。対象臓器や器官としては、心臓・肝臓・神経の3チーム、機能としては、細胞性状解析・培養系検討の2チーム、計5チームに分かれて実験検証的共同研究をしている。筆者は、これらの活動をサポートする団体運営事務局として活動しているが、チームごとに受ける印象に特徴があり面白い。例えば、心臓チームは本当のひとつの会社組織集団なのではと思わせるほど組織だった連係プレーが得意であったり、肝臓チームは物事を見通す眼力を具えた賢人集団のようであったり、神経チームは戦法を駆使する野武士のようなたくましさを感じさせたりと、各チームそれぞれ、一様ではない。これらの印象は、各チームを牽引している方々の組織運営手法や参加メンバーの性格などに色づけられる部分もあるが、各領域に必要な既存リスク評価法の置かれた状況による影響が大きいと考えられる。いずれにしても、臓器や器官、あるいはそれら相互に関連して現れるリスク兆候を細胞レベルの応答で予測することに挑戦するわけで、細胞材料の質のみならず、適切な指標の選定から試験法の確立、測定機器開発状況や記録データ解析技術レベル、代替法の有無と新規方法論への要求水準設定など、あらゆる観点からの分析結果が、CSAHi各チームの目標設定と研究計画立案に影響を与え、チームカラーにも影響を及ぼしていたのである。
  • 佐藤 薫
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 23-29
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     神経系副作用は臨床試験で明らかになることが多い一方、神経系の新薬が臨床的に有効性を得るのは非常に難しい。言い換えれば、臨床試験の前段階である非臨床試験で中枢神経系における新薬の作用を予測することがいかに難しいか、ということを示している。中枢神経系は、ヒトをヒトたらしめる「認知、記憶、学習」といった高次機能を司る、ヒト独自の構造を備えた臓器である。大脳皮質は6層の神経層から成り立ち、それぞれの神経層が局所的な神経回路を形成している。神経細胞はその機能や伝達物質によって非常に多くの種類に細分化される。しかし、最も根幹となる回路機能においては、興奮性神経細胞によって伝達される電気信号が、抑制性神経細胞による出力強度調節を受けている。個々の神経細胞同士は物理的につながっておらず、シナプスという微細構造によって、神経細胞同士の信号がやりとりされる。前シナプス部では電気信号が化学物質の信号に変換され、次の神経細胞に存在する後シナプス部の受容体に作用して電気信号が伝わる。このように、構造と機能が階層的にリンクして高次機能を発揮する中枢神経系を、in vitro実験でどこまで再現できるか、という命題は、創薬の現場において大きな課題として長らく残されたままであった。各臓器における副作用の非臨床試験と臨床試験での検出件数を比較してみると、中枢神経系の副作用の非臨床試験からの予測率は突出して悪い1)。臨床試験協力者の安全性上のリスクを低減し、開発コストの莫大な損失を避けるため、神経系非臨床試験におけるヒト予測性向上を目指した絶え間ない努力が産官学で続けられている。本稿ではその中でも、近年、特に期待の大きいヒトiPS細胞由来神経細胞(hiPSC-neuron)を用いたin vitro安全性薬理評価系開発の現状について紹介する。
  • 岩尾 岳洋, 壁谷 知樹, 近藤 聡志, 細川 正清, 松永 民秀
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 30-38
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     薬の経口投与は、非侵襲的かつ利便性に優れていることから最も多く用いられている投与法であり、投与された薬物は通常小腸でほとんど吸収される。現在、薬物の体内動態や消化管毒性を予測するために、実験動物が用いられる場合があるが種差の問題がある。一方、ヒト結腸がん由来Caco-2細胞は、小腸上皮細胞の代わりに広く用いられているが、薬物代謝酵素活性が低く、薬物の膜透過特性も正常細胞と異なる。また、Caco-2細胞は株化された単一細胞種であることから消化管毒性をどこまで正確に反映できるかは疑問である。特に、腸の杯細胞から分泌される腸管粘液の主要成分は分泌型のMucin 2(MUC2)であるが、Caco-2細胞はほとんど発現していない。この様にCaco-2細胞は小腸モデルとして使用するには多くの問題がある。このため、薬物動態試験や安全性評価に生体の腸管組織を使用するのが望ましい。しかし、腸管組織は寿命が短く、生体外で機能を維持したまま培養する技術が確立されていないため、正常細胞の入手は極めて困難である1-3)
     ヒト人工多能性幹(induced pluripotent stem: iPS)細胞は、増殖性に優れ、生体を構成する全ての細胞に分化可能であることから、再生医療とともに創薬研究支援材料としての利用が期待されている。本稿においては、ヒトiPS細胞の創薬研究支援材料への利用を目指した筆者らの取り組みとして、小腸上皮細胞への分化誘導とその性質を利用した安全性評価への応用例を紹介する。
再構築ヒト組織
  • 江尻 洋子
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 39-45
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     1つの医薬品を開発するのに12~15年を要し、その開発費用はおよそ13億米ドルとも言われている1)図1に医薬品開発における開発プロセスを示した2)。より早くかつ生体内における予測性を高めるためにモデル(in vitro、in vivo、in silico)を駆使してスクリーニングが行われているが、1つの薬を上市するためには10,000を超える候補化合物から出発していると言われている2,3)。これらスクリーニングでは、ヒトや動物の細胞・組織を用いるin vitro試験として、Cell Based Assayと言われるスクリーニング手法が多く用いられている。代表的な方法としてプラスチック上に接着性の細胞を二次元的に培養した“二次元培養方法”がある。このモデルは非常に単純であり一度に多くの化合物を評価する場合には非常に有用である一方で、細胞間の相互作用や三次元構造など生体内とは異なる環境下で培養されるため、ヒト生体内における化合物の挙動を正確に予測するには限界があると言われてきた。
     この限界を克服するために、生体組織や器官の複雑性をin vitroで再現する試みが多くなされてきた。例えば人工多能性幹細胞(iPS細胞)技術の出現は、患者特異的な遺伝子型を再現できるため非常に有望な技術と言える。しかしながら従来の二次元培養ではヒト生理機能をより高度に再現するにはまだ多くの課題がある。1997年にWeaverらの研究グループが乳がん細胞を用いて二次元培養と三次元培養を行ったところ、細胞の薬物反応が大きく異なることを示したことで、三次元培養法が注目されるようになった4)
     現在、三次元培養法によるモデルが生体内の予測に有望であることが知られるようになってきたが、非臨床試験や創薬スクリーニングでの利用はまだ限定されている。近年ではハンギングドロップ法や低接着表面を用いたスフェロイド培養法に代表されるような様々な分析手段で解析ができる優れたモデルが開発されているものの、生体内の細胞周囲の環境、例えば細胞外マトリクスや他の細胞との相互作用、さらに血管を介した灌流を再現するにはまだ課題がある。
  • ~新たなin vitro試験法の開発に向けて~
    喜多村 真治
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 46-49
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     腎臓機能を評価するマーカーは、論文レベルでは多数の報告がなされているが、実験段階に過ぎず、いまだクレアチニンや尿タンパク、病理的解析を超える評価法の臨床現場での活用はなされていない。血清クレアチニンは、筋肉へのエネルギー源であるクレアチンリン酸の代謝産物が、腎臓でのみ排泄されるため、個体の筋肉量の変化が少ないとの仮定の下、排泄量が一定であるとの前提で腎機能の評価項目として用いられている。しかし、クレアチニンは腎臓全体の排泄能低下を反映できても、腎臓のネフロン構造のどの部位がどのように障害されているかなどは反映できておらず、腎臓の各部位の新たな障害バイオマーカーや評価法が求められている。
イメージング技術
  • 中江 文, 吉岡 芳親, 柳田 敏雄
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 50-57
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     臨床現場での疾病の評価において、血液検査と画像検査が組み合わされて行われることが多い。画像検査は単純X線撮影からCT(コンピュータ断層撮影:computed tomography)、MRI(核磁気共鳴イメージング:magnetic resonance imaging)、PET(ポジトロン断層撮影:positron emission tomography)と構造をより高次元に詳細に、さらに機能まで把握できる技術も含まれる。
     創薬の現場においても、基礎研究のデータを臨床の状況に当てはめていくためには、可能な限り共通の評価法を確立できることのメリットが高い。その点でMRIは臨床で普及しており、構造のみならず機能までもが明らかにできるツールとして、今後、非臨床試験において毒性評価のツールとしても有望であると考える。
  • 寳来 直人, 杉山 大介
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 58-66
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     現代の臨床において、代表的なイメージングモダリティ(以下、モダリティ)であるX線、内視鏡、computed tomography(CT)やmagnetic resonance imaging(MRI)を使用せずに正確な診断を下すのは容易ではない。診療科によってモダリティの位置づけ、必要性、使用方法などは異なるが、日々の診療で各種モダリティは医師に重要な情報を提供する。実際に本邦における臨床現場では、病床数の増加に伴い、CT及びMRIの保有率は高くなり、500床以上の大規模医療施設ではCTで96.7%、MRIで82.7%と高い保有率を誇る1)。国際比較をしても本邦におけるモダリティの普及率は高く、OECD加盟国における人口100万人あたりの平均保有台数はCTが24.6台、MRIが14.3台であるのに対し、本邦ではそれぞれ101.3台、46.9台である1)。これら臨床での普及率が示すとおり、近年の高度化された臨床現場においてモダリティの利用は必須と考えられる。
     一方、非臨床分野では毒性試験ガイドラインでイメージングを使用した評価が推奨されていないことや、毒性試験では最終的に剖検及び病理組織学的検査を実施することから、これまでの新日本科学 安全性研究所(以下、SNBL DSR)での実績をみる限り、イメージングを試験に組み込む必要性は高くはなかった。しかし、近年ではICHガイドラインをはじめレギュレーション上で動物実験の3Rsの原則への遵守が謳われ、動物福祉を考慮した非臨床試験の実施が本邦のみならず、世界規模で求められている。また、毒性試験の領域において古くから臓器特異性の高いバイオマーカーに関する研究が各臓器において様々なされてきた結果、肝障害マーカーとしてmicroRNA2)、腎障害マーカーとしてKIM-13)及びcystatin C4)、肺障害マーカーとしてSP-D5)などいくつかの臓器特異性の高いバイオマーカーが見出されてきた。しかし、これらの新規バイオマーカーを含め、反復投与毒性試験ガイドラインで記載されている検査項目は器官重量、病理組織学的検査を除き、いずれも十分な臓器特異性及び検出力を有しているとは言えず、これらの検査項目を基に臓器障害を判断するには限界があることも事実である。他方、イメージングは各種臓器を選択的に観察することができることから、少なくとも臓器特異性については疑いようのないバイオマーカーと言える。以上のとおり、動物福祉及び臓器特異性の高さから近年、動物を非侵襲的かつ経時的に観察可能なイメージング技術の重要性は非臨床分野においても高まっており、SNBL DSRにおいて各種モダリティを使用した試験の実績及び問合せは増加している。
     本稿では、主に大動物において各種モダリティを用いた試験の基礎データを紹介し、それぞれの特徴とそれらを使用することでどのようなデータが得られるのかを臓器別に紹介することにより、非臨床試験における各種モダリティの可能性を考察する。
  • 尾上 浩隆
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 67-71
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     最近、増殖能と多分化能を持ち神経細胞など様々な細胞への分化誘導が可能である人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いた再生医療が注目されており、脊髄損傷や神経変性疾患など、機能改善がほとんど見込めない疾患への応用が期待されている。iPS細胞を用いた再生医療はこれまでの対症療法とは異なり、根本治療になりうる可能性がある。iPS細胞は患者自身からシードとなる細胞の採取が可能であり、いわゆる自己細胞移植医療が可能である。しかし、実際にiPS細胞を臨床の場で応用するためには、腫瘍化の可能性や免疫反応など、治療効果のみならず安全性が重要な課題である。したがって、再生医療の実現化には治療効果や安全性を客観的に判定するための技術が必須であり、このためには、感度と精度の高い非侵襲的画像診断技術を確立する必要がある。近年、飛躍的に技術開発が進んだ陽電子断層撮像法(positron emission tomography: PET)による生体イメージング技術は、がんの早期発見や治療薬の開発のみならず、このような再生医療における治療効果の判定や評価にも応用可能な手法の一つである。本稿では、iPS細胞によるパーキンソン病患者への移植治療を実現化するために行われたパーキンソン病モデルサルを用いたPET分子イメージングによる移植治療の安全性評価について紹介する。
肝毒性
  • 横山 英明
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 72-84
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     食餌中の中性脂肪の多くは胃リパーゼや膵リパーゼによって加水分解され、遊離脂肪酸とモノグリセリドに分解される。細胞に吸収された遊離脂肪酸はモノアシルグリセロール経路に入り、acyl CoA: diacylglycerol acyltransferase(DGAT)の働きによってトリグリセリド(TG)に再合成される(図1)。DGATは、DGAT1及びDGAT2の2つのアイソザイムが同定されている1)。DGATは全身諸臓器で発現しており、特にDGAT1は小腸と脂肪組織に、DGAT2は肝臓と脂肪組織に高発現している。DGAT1を脂肪組織に高発現させたトランスジェニックマウスに高脂肪食を給餌すると、脂肪組織にTGが蓄積して体重が著しく増加する2)。それに対して、DGAT1をノックアウトしたマウスに高脂肪食を給餌しても、その体重は通常食を給餌したマウスと変わらない3)。また、DGAT1ノックアウトマウスは、野生型マウスに比較して肝臓及び筋肉中TG含量が低くエネルギー消費量が高い。加えて、インスリン及びレプチン感受性も高いことから、DGAT1阻害薬は肥満の治療薬として注目されている。
     冨本らは、DGAT1阻害薬としてJTT-553を見出した。JTT-553は食餌性肥満モデルラットにおいて、小腸における食後の脂質吸収及び脂肪組織における脂質合成を抑制し、体重及び脂肪組織の重量を減少させることから、ヒトにおける肥満治療薬となる可能性があると考えられる4,5)
     JTT-553をラット及びサルに反復投与したところ、いずれの動物種でも血中トランスアミナーゼ活性の上昇が認められた。この変化は軽度であり、他の肝機能パラメータに変化はなかった。肝臓の病理組織学的検査においても肝障害を示唆する変化は認められなかった。
     血中トランスアミナーゼ(アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)及びアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST))は臨床、非臨床において組織障害、特に肝障害を予測するマーカー酵素とされている。薬剤誘発性肝障害(DILI)の場合、障害された組織から肝酵素タンパクが血液中に漏出し、血中のトランスアミナーゼ活性は著しく上昇する。DILIは頻度の高い副作用であり、重篤なDILIは患者だけの問題ではなく、医薬品の販売や開発の中止の大きな要因の一つとなっている。そのため、DILIあるいはDILIを疑わせる事象に適切に対応することは、医薬品のリスクマネジメントにおいて非常に重要である。一方、毒性試験ガイドラインで求められるスタンダードな非臨床毒性試験では、化合物投与後にトランスアミナーゼの上昇が認められるが、その程度が軽度かつ一過性であり、肝障害を示唆する病理組織学的変化が認められないことがある。臨床試験においても血中トランスアミナーゼ活性のみが軽度に上昇するものの他の肝機能検査値に異常が認められない状況にしばしば遭遇する。このような場合、臨床におけるDILIリスク評価が困難になり、開発化合物のDILIリスクを様々な角度から評価する必要がある。
     ALT及びASTはアミノ酸代謝/糖代謝に関与する酵素であり、筋肉におけるアミノ酸代謝や肝臓における糖新生に重要な役割を持つ6)。これらのトランスアミナーゼの活性はグルココルチコイドのようなホルモンや、高脂肪食や食事制限などの栄養状態で変動することが知られていることから、アミノ酸代謝/糖代謝に影響を及ぼす薬剤によって組織/血中トランスアミナーゼ活性が変動する可能性がある7)。また、脂質代謝もアミノ酸代謝/糖代謝に密接に関連していることから、脂質代謝に影響を及ぼす薬剤でも同様に組織/血中トランスアミナーゼ活性が変動する可能性がある。制限給餌によって脂質代謝が変動した場合、脂肪酸酸化が亢進し、ALTやASTを含む糖新生に関連する酵素の合成が促進する8,9)。小林らは、PPARαアゴニストであるフェノフィブレートが、その薬理作用によって脂質代謝を修飾することで血中脂肪酸レベルを減少させ、肝臓中トランスアミナーゼの合成を亢進させている可能性があることを報告している10)
     これらのことから、JTT-553の毒性試験における血中トランスアミナーゼ活性の上昇には、JTT-553の薬理作用(脂質低下作用)が関連している可能性が考えられたため、その関連性を明らかにする目的でメカニズム検討試験を行った11)。メカニズム検討試験は、大きく分けて、下記の3つの観点から実施した。
    ① 血中トランスアミナーゼ活性上昇と食餌との関連性
    ② 上昇した血中トランスアミナーゼの由来
    ③ 血中トランスアミナーゼ活性上昇と小腸上皮細胞に対する脂肪酸の影響
     以下に、JTT-553投与時の血中トランスアミナーゼ活性上昇のメカニズムを検討する前提となった1ヵ月間反復経口投与毒性試験(1M試験)の概要及びJTT-553投与時の血中トランスアミナーゼ活性上昇に対する我々の検討内容を紹介する。
  • 伊藤 晃成
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 85-93
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     安全性が問題で市販後撤退した薬物のうち肝障害は約4割を占める1)。薬物性肝障害(drug-induced liver injury: DILI)は、中毒性と特異体質性に分けられる。中毒性DILIはアセトアミノフェンに代表されるように投与量依存性で動物での再現も可能である。メカニズムも比較的解明が進んでおり、非臨床段階で毒性が検出できるチャンスもある。一方、特異体質性DILIはメカニズム不明なため非臨床における動物試験での再現は困難で、また発症頻度も極めて低いため人数の限られた通常の臨床試験では検出は困難とされる。開発コストの観点から、非臨床のなるべく早い段階で特異体質性DILIリスクを判定できる方法論の確立が求められている2)。毒性予測の分野ではAdverse Outcome Pathwayの考えが一般的で、薬物投与から毒性発現までのメカニズムが明快に説明されているものも中にはある。一方で特異体質性DILIは先に述べたように稀にしか発症しないこと、原因薬物の薬効群や化学構造も極めて多岐に渡り毒性ターゲットが単一に絞りにくいことなどから、発症の分子経路も非常に複雑であると予想される。筆者を含め多くのDILI研究者は、複数メカニズムの重複によって特異体質性DILIが生じると考え、mechanism integrated prediction(MIP)3)に基づいたDILIリスク薬物の予測法構築を目指している。MIPではまず、何らかのDILIとの関連が想定されるin vitro試験系を複数用意し(必ずしも臨床DILIとの関連が証明されてなくてもよい)、臨床でのDILIリスクが分かっている薬物セットを並べて評価する。次に、これら試験結果を統合することにより臨床DILIリスクの大小を精度よく判別するためのアルゴリズム(回帰式のようなもの)が構築される。既に海外の大手製薬企業の安全性グループからは、MIPに則ったDILIリスク薬物判別のための具体的な試験系セットと判別アルゴリズムが提唱されている4-7)。筆者らもこれまで、DILIのMIPを目指し、DILIの背景に重要と思われるin vitro評価系の構築に取り組んできた。これには、胆汁酸依存毒性8)、ミトコンドリア毒性9,10)、毛細胆管ネットワークの形成抑制11)についての試験系が含まれる。本稿ではこのうちミトコンドリア毒性、中でも特に、呼吸鎖阻害に基づく肝細胞死を鋭敏に捉えるための試験系構築に関して紹介する9,12)
毒性質問箱
  • 近藤 千真, 藤田 卓也, 川村 祐司, 児玉 晃孝, 宮内 慎
    原稿種別: その他
    2019 年 2019 巻 21 号 p. 94-99
    発行日: 2019/09/08
    公開日: 2022/06/06
    解説誌・一般情報誌 フリー
     消化管毒性は一般に生命維持機能との関連は限定されるが、繰り返し発現した場合は、患者の生活の質(QOL)を大幅に低下させ、服薬アドヒアランスの低下や、身体的、精神的な状態の悪化を引き起こす可能性がある1)。下痢などの患者のQOLに影響を及ぼす可能性がある消化管毒性は、おおよそ700種類もの薬剤が関与していると言われており2)、稀に下部消化管合併症、胃・十二指腸潰瘍、消化管出血及び穿孔の発症など、重篤な消化管毒性が生じることがある3)。また、臨床試験で重度の消化器症状が発現した場合は、忍容量を超えているとの判断から、最高用量の制限毒性となり得る。このような消化管毒性を回避するために、非臨床毒性試験において、臨床での副作用を精度良く予測することが重要になる。
     安全性評価研究会の2018年春のセミナーでは、消化管毒性とそのバイオマーカーの現状を共有し、Q&A形式での情報交換を行った。本稿では、その際の講演内容と議論した内容を紹介する。
編集後記
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