食餌中の中性脂肪の多くは胃リパーゼや膵リパーゼによって加水分解され、遊離脂肪酸とモノグリセリドに分解される。細胞に吸収された遊離脂肪酸はモノアシルグリセロール経路に入り、acyl CoA: diacylglycerol acyltransferase(DGAT)の働きによってトリグリセリド(TG)に再合成される(
図1)。DGATは、DGAT1及びDGAT2の2つのアイソザイムが同定されている
1)。DGATは全身諸臓器で発現しており、特にDGAT1は小腸と脂肪組織に、DGAT2は肝臓と脂肪組織に高発現している。DGAT1を脂肪組織に高発現させたトランスジェニックマウスに高脂肪食を給餌すると、脂肪組織にTGが蓄積して体重が著しく増加する
2)。それに対して、DGAT1をノックアウトしたマウスに高脂肪食を給餌しても、その体重は通常食を給餌したマウスと変わらない
3)。また、DGAT1ノックアウトマウスは、野生型マウスに比較して肝臓及び筋肉中TG含量が低くエネルギー消費量が高い。加えて、インスリン及びレプチン感受性も高いことから、DGAT1阻害薬は肥満の治療薬として注目されている。
冨本らは、DGAT1阻害薬としてJTT-553を見出した。JTT-553は食餌性肥満モデルラットにおいて、小腸における食後の脂質吸収及び脂肪組織における脂質合成を抑制し、体重及び脂肪組織の重量を減少させることから、ヒトにおける肥満治療薬となる可能性があると考えられる
4,5)。
JTT-553をラット及びサルに反復投与したところ、いずれの動物種でも血中トランスアミナーゼ活性の上昇が認められた。この変化は軽度であり、他の肝機能パラメータに変化はなかった。肝臓の病理組織学的検査においても肝障害を示唆する変化は認められなかった。
血中トランスアミナーゼ(アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)及びアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST))は臨床、非臨床において組織障害、特に肝障害を予測するマーカー酵素とされている。薬剤誘発性肝障害(DILI)の場合、障害された組織から肝酵素タンパクが血液中に漏出し、血中のトランスアミナーゼ活性は著しく上昇する。DILIは頻度の高い副作用であり、重篤なDILIは患者だけの問題ではなく、医薬品の販売や開発の中止の大きな要因の一つとなっている。そのため、DILIあるいはDILIを疑わせる事象に適切に対応することは、医薬品のリスクマネジメントにおいて非常に重要である。一方、毒性試験ガイドラインで求められるスタンダードな非臨床毒性試験では、化合物投与後にトランスアミナーゼの上昇が認められるが、その程度が軽度かつ一過性であり、肝障害を示唆する病理組織学的変化が認められないことがある。臨床試験においても血中トランスアミナーゼ活性のみが軽度に上昇するものの他の肝機能検査値に異常が認められない状況にしばしば遭遇する。このような場合、臨床におけるDILIリスク評価が困難になり、開発化合物のDILIリスクを様々な角度から評価する必要がある。
ALT及びASTはアミノ酸代謝/糖代謝に関与する酵素であり、筋肉におけるアミノ酸代謝や肝臓における糖新生に重要な役割を持つ
6)。これらのトランスアミナーゼの活性はグルココルチコイドのようなホルモンや、高脂肪食や食事制限などの栄養状態で変動することが知られていることから、アミノ酸代謝/糖代謝に影響を及ぼす薬剤によって組織/血中トランスアミナーゼ活性が変動する可能性がある
7)。また、脂質代謝もアミノ酸代謝/糖代謝に密接に関連していることから、脂質代謝に影響を及ぼす薬剤でも同様に組織/血中トランスアミナーゼ活性が変動する可能性がある。制限給餌によって脂質代謝が変動した場合、脂肪酸酸化が亢進し、ALTやASTを含む糖新生に関連する酵素の合成が促進する
8,9)。小林らは、PPARαアゴニストであるフェノフィブレートが、その薬理作用によって脂質代謝を修飾することで血中脂肪酸レベルを減少させ、肝臓中トランスアミナーゼの合成を亢進させている可能性があることを報告している
10)。
これらのことから、JTT-553の毒性試験における血中トランスアミナーゼ活性の上昇には、JTT-553の薬理作用(脂質低下作用)が関連している可能性が考えられたため、その関連性を明らかにする目的でメカニズム検討試験を行った
11)。メカニズム検討試験は、大きく分けて、下記の3つの観点から実施した。
① 血中トランスアミナーゼ活性上昇と食餌との関連性
② 上昇した血中トランスアミナーゼの由来
③ 血中トランスアミナーゼ活性上昇と小腸上皮細胞に対する脂肪酸の影響
以下に、JTT-553投与時の血中トランスアミナーゼ活性上昇のメカニズムを検討する前提となった1ヵ月間反復経口投与毒性試験(1M試験)の概要及びJTT-553投与時の血中トランスアミナーゼ活性上昇に対する我々の検討内容を紹介する。
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