本展望論文では, イギリスの1980年代以降の激しい社会経済的変動下での人口移動研究動向を3つの側面から検討した.
第一に, 拡大する失業率格差のもとで, 人口移動と労働市場側面との関係について経済学的人口移動モデルの様々な経験的検証が行われ, 労働移動は地域労働市場条件に少ししか反応していないことが明らかにされた. まず実質賃金の硬直性のために賃金低下による労働流出効果は期待できないこと, そして失業者の移動性向は高いものの, 地域失業率はむしろ移動を抑制する効果が検出された.
第二に80年代には労働移動率の低さの原因としてイギリスの住宅事情側面が大きく取り上げられた. まずイギリスでは持ち家奨励策, 家賃制限のために民間賃貸住宅の供給が抑えられ, 移動者の短期的滞在住居が不足している. また公的賃貸住宅居住者はこの状況下で地域間での居住者交換に頼らざるを得ず, これが人口純移動の低さにつながっている. さらに公的賃貸住宅の高失業率地域への集中は失業率格差を存続させるのみならず, 労働者を労働需要の低い地域に引きとどめることにより総失業率にも寄与している.
第三に, 人口移動の経済的モデルの不振から, また一方には
Positivism 批判から, 最近ではその他様々な社会的側面を加味した人口移動研究の必要性が説かれ, 移動者の社会的属性, 年齢, 性別にもとづいたより細かい分類ごとの人口移動, よりミクロスケールでの人口移動分析が盛んになりつつある. 職種別の人口移動パターンの違い, 退職者の反都市化移動や季節移動, 共稼ぎ世帯の移動行動, 離婚・再婚に伴う住居移動, など新たな人口移動の論理が明らかになっている.
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