本研究の目的は, 20世紀前半の中国東北部大興安嶺・小興安嶺におけるオロチョン社会集団の流動性の実態を示すことである。すなわち, オロチョンが1950年代に定住しはじめる直前におけるウリレン (集落) の空間的移動と集団構成員の流動的変化である。『遜克県鄂倫春民族郷調査』,『鄂倫春自治旗甘奎努図克調査』,『呼瑪県十八站鄂倫春民族郷調査』,『鄂倫春自治旗托孔敏努図克調査』に記録されたデータを分析した結果, 狩猟採集活動を行っていた当時のオロチョン社会において, ウリレン構成員の空間的移動が存在していたことが明らかになった。その流動性が生じた背景は, 狩猟採集という生業に関わるものと, 親族の死という人間関係の変化に関わるものの2つが大きいと考えられる。狩猟活動のために十分な馬を保持していないときは, 親族や知人から短期間だけ馬を借りるために, 一時的に他のウリレンへ移動した。その移動は, 集団的な移動ではなく, いずれも家族的な移動であった。集団構成員の誰かが死んだ場合には, 死者が出た家族のみがほかのウリレンに移動する場合と, 親族の死によってウリレンを解散し, 近い親族が集団的な移動をするという2つの移動類型があった。
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