近年のがん医学の進歩と高齢化によりがんサバイバーが増えてきた。それにつれて,がんを経験した人にむしろ心血管疾患の罹患率や死亡率が高くなることがわかってきた。このような中,がんと循環器の学際を越えた新しい学術分野,腫瘍循環器学Cardio-Oncology/Onco-Cardiologyが生まれた。
臨床では,がん治療にともなう心血管疾患Cancer Therapy-Related Cardiac Dysfunction (CTRCD)が問題になる。具体的には,アンスラサイクリン系抗がん薬トラスツズマブなどの分子標的薬による薬物治療,放射線治療などが心機能障害をきたす。エビデンスの蓄積したがん治療に伴うものは管理方法や治療について概要がわかっている。例えばアンスラサイクリン系では用量依存的に不可逆性の心毒性が現れるが,トラスツズマブによるものは休薬により回復することがほとんどである。一方,近年がん治療の中心となっている免疫チェックポイント阻害薬においても症例の蓄積とともに,当初は知られていなかった重篤な心筋障害がおこることが報告されている。がん治療前,治療中,治療後も長期にわたって適切なリスク評価が必要である。
CTRCDの検出に最も有用な検査は心エコーである。global longitudinal strain (GLS)などの高度な検査指標を用いた心エコー検査はCTRCDの早期発見を可能にし,心不全の進展を阻止する。心血管障害が現れた場合には,抗がん薬治療以外の原因も考慮したうえで,循環器とがんの専門家が協同して患者のよりよいアウトカムにもっていく。
基礎研究では,がん細胞と心筋細胞の間の分子生物学的クロストークが着目される。両者は代謝の再プログラム化やp53などの多くの経路を共有する。近年がん細胞の進展にミトコンドリア代謝がkeyとなることが報告されるが,ミトコンドリアは心不全の進展においても重要な役割を果たす。がんサバイバーにおける心血管疾患リスクにがんと心臓の生物学的因子が関与する可能性もある。
腫瘍循環器学は臨床,基礎研究,そして社会的にもまだ黎明期である。しかしながら患者はどんどん増えており,間違いなくこれからの重要な分野の一つになる。
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