渓畔域に分布するトチノキの当年生実生をさまざまな水分条件下で実験的に育てた後,個葉の水分生理特性を計測し,分布の成因が生活史初期の水分生理特性から説明できるかどうかを検証した。温室において当年生実生を4月から9月まで湿潤区(土壌マトリックスポテンシャルの期間内平均値-0.006 MPa),中庸区(-0.015 MPa),および乾燥区(-0.024 MPa)で育てた後P-V曲線法により,充分吸水した時の浸透ポテンシャルΨ
ssat,初発原形質分離を起こす時の水ポテンシャルΨ
stlpと相対含水率RWC
tlp,および体積弾性率εを計測し,さらに比葉面積SLAを測定した。既存の報告にみられる他の樹種のデータと比較した結果,トチノキのΨ
ssatとΨ
stlpは乾燥した立地に分布できる樹種よりも明らかに高い値を示し,εは低い値を示した。このことはトチノキが乾燥した立地に分布しない事実と整合した。また,乾燥区の葉は湿潤区や中庸区に比べてΨ
ssatとΨ
stlpの値が低下する傾向はなく,トチノキの当年生実生が乾燥条件に順応する傾向もみられなかった。本研究の結果は,トチノキの分布が渓畔域に偏るメカニズムの一部を説明するものである。
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