九州, 沖縄において低色性小球性貧血以外の鉄欠乏症症状の多数例を集めた。鉄欠乏性無力症, 扁平爪, 円匙爪, 脆弱爪, 隅角口内炎, 萎縮性鼻炎-臭鼻症, 嚥下困難, 低酸症, 無酸症, 萎縮性胃炎, 嗅覚性を含む異嗜症, 身心発育遅延などである。先天性奇形発生の可能性をも指摘した。
生体における血色素以外の鉄の役割を按じて, 臨床例および実験動物について病態生化学的観察を行った。血液, 組織中のクエン酸蓄積, ATP生成低下, TCA環の遅延は二価鉄酵素Aconitaseの活性低下に基づくものとして鉄欠乏無力症の機序を説明し得よう。鉄フラビン酵素-NADH
2脱水素酵素, コハク酸脱水素酵素の活性低下に伴うDNA生成低下, 細胞更新率の低下は上皮組織における細胞分裂および成熟の障害の機序について示唆するであろう。幼児期早期の鉄欠乏は身心発育の遅延を起した。フラビン欠乏により種々の先天奇形を起す事が知られているので, 胎児期における鉄欠乏は先天奇形を起す可能性がある。
沖縄および熱帯における鉄欠乏の原因としては鉄摂取の低値一牛肉でなく鉄含量の少ない豚肉の摂取;鉄吸収の障害-水道水のCa含量の過多, 糞線虫症による十二指腸空腸の病変;鉄の過剰亡失-鉤虫症における腸内出血, フィラリア症における乳靡血尿, さらに熱帯馴化を確立してない人々にあっては過剰発汗による皮膚よりの鉄亡失も問題となる。
予防法としては, 豚肉の鉄強化, 水道水よりのCa除去, 寄生虫の駆除 (ある場合には駆虫前の鉄剤投与が必要), 食品調理に際しステンレススチールやアルマイト鍋の代りに, 旧来の鉄鍋を使用することを奨励した。
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