本稿では、J. アーリの『観光のまなざし』第三版において追加された論点を中心として、「観光のまなざし」論を日本の産業遺産観光の文脈に即して捉え直し、その可能性と問題点について考察する。
そもそも『観光のまなざし』における観光現象への注目の背景には、英国における第二次産業の衰退と、第三次産業の興隆という産業構造の転換があった。実際、こうした文脈のなかで、『観光のまなざし』の初版では、かつての産業の遺構が〈遺産〉としてデザインされ観光のまなざしの対象となる事例が数多く紹介されていた。
しかし、初版の出版から20年が経ち、産業遺産をとりまく状況や社会の認識も大きく変化している。『観光のまなざし』第三版では、近年のグローバル化やモバイル・テクノロジーの発達といった変化をうけて、「観光の再帰性」などの新しい分析概念が導入されているが、その一方で、事例研究については十分な更新がなされているとは言い難い。
そこで本稿では、2015年に世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一つである端島炭鉱(通称「軍艦島」)の観光を事例として、こうした新しい概念の有効性と意義について検討する。
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