日本トキシコロジー学会学術年会
第37回日本トキシコロジー学会学術年会
選択された号の論文の345件中1~50を表示しています
年会長招待講演
  • 山添 康
    セッションID: IL-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     薬効解析が最も鋭敏な作用を指標に薬理作用を選抜するのに対して,過剰な薬物によって生じた混 乱にうごめく群衆の中から毒性箱の鍵を開けた者を見つけ出すような毒性機序の解析は指標を見つけ にくく,複雑で,多面的なアプローチを必要としている。このため毒性学における,化学物質の毒作 用の記述から機序の解明そして予測への歩みはゆっくりとしたものであった。
     近年,機能タンパク発現機序の解析,in vitro手法の開発,分析手段の発展,網羅的手法の導入によっ て同時に起こる複数の生体内変化を,時間的推移を含めて知ることができるようになった。これら手 法の導入で毒作用の全体像を迅速に理解し,鍵を見つけることが可能になりつつある。
     化学物質の毒作用にはしばしば種差が認められ,その現れ方にも相対的な感受性の差,標的臓器の 違い,さらには特定に種のみあるいはヒトでのみ毒作用が出現するような違いがある。このような違 いは,機序解析のツールとして利用されてきたが,一方でヒトにおける安全性評価を難しくしている 要因の1つでもある。
     上記の手法の導入で,現在,動物種間の毒性感受性の違いを,特定機能の能力差として理解できる ようになってきている。毒性要因は,大きく薬理と動態に区別できるが,化学物質が起こす明瞭な種 差には両者がともに関与していることが多い。そこで分子レベルで毒性との関連解析が進んでいる薬 物および脂質の代謝動態の研究から幾つかの毒性事象を例に取り上げ,代謝能力の違いと毒性の種差 がどのように関連するのかを考察したい。
特別講演
  • Yogesh C. AWASTHI
    セッションID: SL-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    Since its discovery, glutathione S-transferase (GST) or glutathione transferase has remained in the forefront in fields of toxicology including, chemical carcinogenesis, mechanisms of detoxification, chemoprevention, and lately in the field of oxidative stress and stress mediated signaling. Isozymes of seven sub-families of cytosolic GSTs along with several microsomal GSTs are present in mammalian tissues. The discoveries that GSTs detoxify chemical carcinogens, could be used as a marker of chemical carcinogenesis, and are over expressed in many resistant cancer cell lines made these enzymes as a favorite target for diagnostic, preventative, and therapeutic approaches in cancer. Certain GST isozymes catalyze GSH dependent reduction of lipid hydroperoxides and play a major role in defense against lipid peroxidation (LPO) and oxidative stress. GSTs can also limit the intracellular accumulation of end-products of LPO including 4-hydroxynonenal (4-HNE), a pro-apoptotic second messenger which affects cell cycle signaling in a concentration dependent manner. 4-HNE is a common denominator in stress- induced signaling and GSTs can regulate signaling for apoptosis, differentiation, and gene expression by modulating the interactions of 4-HNE with transcriptional factors, transcriptional repressors, and membrane receptors. GSTs regulate expression/function of these factors in vitro and in vivo. Thus GSTs, particularly those involved in the regulation of 4-HNE concentrations, can have a global effect on cell cycle signaling. A major outcome of these findings is that by blocking GST mediated detoxification of 4-HNE through inhibition of the GS-HNE transporter (RLIP76) a complete remission of many human cancer xenografts in mice can be achieved. (NIH grants ES012171, EY 04396, CA77495)
  • Kanwar Nasir KHAN
    セッションID: SL-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    An area of great focus for the medical/scientific community over the last several years has been that of the cardiovascular (CV) and renal safety profile of non-steroidal anti-inflammatory drugs commonly referred to as NSAIDs. The analgesic and anti-inflammatory attributes of these drugs are linked to the inhibition of cyclooxygenase-2 (COX-2) while many of the side-effects including CV and renal have variably been linked to COX-1 and/or COX-2 inhibition and in some cases directly to the secondary pharmacologic properties of the select drugs. The major CV related adverse effects in humans included thrombo-embolic events and hypertension with marked drug-specific differences in their occurrence and severity. The exact mechanism of these CV effects has been under intense discussion and scrutiny. Conventional nonclinical safety studies of up to 2 year in duration have shown that chronic inhibition of cyclooxygenases in normal animals is not associated with an increased risk of cardiovascular toxicity or prothrombotic potential. Non-clinical studies in disease animal models (e.g., hypertension and thrombosis) have produced very variable results. It is anticipated that on-going research in this area will be able to answer many of the outstanding questions in understanding the potential mechanisms of toxicity. This presentation will focus on the expression and function of COX enzymes in the kidney and the cardiovascular system and discuss the pathophysiologic effects associated with COX inhibition.
教育講演
  • 安田 賢二
    セッションID: EL-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    細胞内に構築された生化学反応の素過程の連鎖の解明は,たんぱく質1分子の直接観察の発展等によって精力的に推進されている。し かし分子を出発点とした方法論のみでは今のところ細胞と組織・臓器等の応答の違いを説明することは難しい。もし細胞集団等の持つ ルールが理解できれば,将来,ヒトiPS / ES細胞等の幹細胞から分化させた細胞集団を利用してヒト臓器の応答特性を再現できる組織 モデルをチップ上に構成的に構築して計測に利用することが可能となることが期待される。そこで,われわれはマイクロ加工を用いた 空間制御技術を活用することで,細胞集団の空間配置や相互作用を1細胞レベルで制御した構成的アプローチによる細胞集団の研究「オ ンチップ・セロミクス計測技術」を新たに構築し,この構成的な手法によって細胞集団がネットワーク化することで獲得する高次構造 の機能特性の解明を進めている。この手法は,たとえば細胞培養中であっても,自在に追加工によって細胞培養をする容器の微細形状 を変えることができるソフトマテリアルの微細加工技術を用いて細胞集団のサイズあるいは空間配置(パターン)を段階的に変化させ, それによって引き起こされる機能変化を比較することで集団効果を見出す空間制御と1細胞計測を組み合わせた解析法である。細胞集 団(ネットワーク)の解析で得られる情報は,情報を平均化させたゲノム・プロテオーム研究と,個体レベルの解析の間を補完する重要 な観点となると考えられる。本会では,細胞集団の機能の同期化のメカニズムや,刷り込んだ情報の消失までのダイナミクス計測など, 今まで明らかにしてきた心筋細胞ネットワークや神経細胞ネットワーク等の構成的モデルの「集団効果」の例をいくつか紹介させていた だくと共に,「分子生物学的観点」と相補的な「細胞集団による機能解析の観点」から毒性検査技術,創薬技術の開発への展開の可能性に ついても議論したい。
  • 池田 敏彦
    セッションID: EL-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    特異体質性の薬物毒性(Idiosyncratic Drug Toxicity: IDT)は特定の患者層のみに発現し,動物実験では再現できない。予測手段がな く臨床上の発現を回避できないと言われ,重点的な検討が必要とされる。複数の遺伝的素因が関与しているようであり,薬物受容体, 薬物代謝酵素および主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHCクラスI)の遺伝子変異が候補の一つと想定されている。ただし,現段階で 提唱されているIDT発現メカニズムの多くは作業仮説であり,将来の実証的研究が待たれる。
    薬物受容体の変異は薬物感受性を増大させる可能性があり,その例としてハロタンによる悪性高熱症と筋細胞リアノジン受容体の変異 との関連が報告されている。薬物によりリアノジン受容体が開孔し,細胞内カルシウム濃度が上昇することが原因ではないかと想定さ れている。
    グルタチオンS転移酵素(GST)の活性欠損を与える変異は,反応性代謝物の生成を高める可能性があり,GSTT1とGSTM1の同時欠損 型変異はトログリタゾン,タクリン,クラブラン酸アモキシシリンなどの肝毒性と関連することが知られている。反応性代謝物が肝細 胞内の重要な蛋白質や核酸に共有結合し, 細胞機能障害,細胞ストレスおよび細胞死を引き起こすと考えられている。
    MHCクラスIの変異は,カルバマゼピンによるスティーブンス-ジョンソン症候群やチクロピジンの肝障害と関連することが報告されて いる。恐らく反応性代謝物を結合した蛋白質がMHCクラスIを介した非自己排除系を起動させると推察される。これに関してはウィル ス性肝炎に類似した発現機序が想定されている。
    IDTを回避するには,前臨床の段階では反応性代謝物の生成を防ぐ種々の方法論が考案されている。臨床の段階では,遺伝子解析によ りIDTと関連するSNPsを特定し,変異を有する患者への投与を禁忌とする方法が回避法として考えられる。
シンポジウム
シンポジウム1
S1 毒性オミクス
  • 北野 宏明
    セッションID: S1-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    進化し最適化への道を歩む複雑系には,幅広い擾乱に対してロバスト性を確保すると同時に想定外の擾乱に対して非常に脆弱になると いうロバストネス・トレードオフが存在する。これは生物に普遍的に当てはまる法則ではないかと考えている。これが正しければ,こ の特徴は,創薬戦略を考える上で,非常に重要なことを意味している。つまり,ターゲットとなる細胞・組織が,ロバストに対応でき るタイプの擾乱は,多くの場合,有効性を十分にあげることができず,その擾乱が,ある種の細胞の脆弱性を攻撃してしまった場合に 副作用が発生するということである。
    薬剤の有効性と副作用の事例研究と細胞内相互作用ネットワークとドラッグターゲットや疾病原因遺伝子の関係の研究から,この仮説 が正しいのではないかと考えている。
    これは,創薬戦略に大きく影響を与える。つまり,創薬ターゲットの選択や複数のターゲットに対する相乗効果を得るアプローチへの 展開など大きな発想の転換を迫られる可能性がある。

    Kitano, H. A robustness-based approach to systems-oriented drug design. Nature Reviews Drug Discovery. 6, 202-210, March 2007.
    Kitano, H. Biological Robustness. Nature Review Genetics. 5, 826-837, 2004.
    Kitano, H. Cancer as a robust system: implications for anticancer therapy. Nature Reviews Cancer. 4, 3, 227-235, 2004.
  • 矢守 隆夫
    セッションID: S1-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    化合物を39系のヒトがん細胞株(JFCR39パネル)に作用させたのち,各細胞株に対する50%増殖阻害濃度(GI50値)を求めるとその 値は細胞株ごとに様々な値をとり,パネル全体ではその化合物固有のGI50値パターン(フィンガープリント)を示す。われわれは,数 百種類のレファレンス化合物(分子標的既知の抗がん剤,阻害剤など)のフィンガープリントをDB化し,比較した結果,分子標的あ るいは作用機序が同じ化合物同士は互いに良く似たフィンガープリントを持つことを示した。ついで,分子標的未知の抗がん物質の フィンガープリントをレファレンス化合物のそれと比較すれば,その分子標的薬を予測できることを示し,本システム(Cancer Cell Informatics)が,抗がん物質の分子標的を予測する優れた実用性をもつことを証明した。(J Natl Cancer Inst 2006;98:545-56)
     本講演ではCancer Cell Informaticsの毒性化合物評価への応用を紹介する。評価対象とした155種の毒性化合物の約6割について フィンガープリントが得られた。フィンガープリントに基づくクラスター解析の結果,同一クラスターに属するものは共通の作用機序 をもつ傾向が見られた。毒性化合物ziramの作用機序は未知であったが,Cancer Cell Informaticsから,その作用機序は活性酸素誘導 であると予測された。この予測は,ziramがMDA-MB-231細胞において実際に活性酸素を誘導したことで確かめられた。さらに解析 した結果,ziramはスーパーオキサイド発生誘導に関わっていることが明らかとなった。よって,Cancer Cell Informaticsは毒性化合 物の作用機序予測にも有用と考えられる。(Mol Pharmacol 2007;72:1171-80)
  • 箕輪 洋介, 山田 弘
    セッションID: S1-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    トキシコゲノミクスプロジェクト(TGP1)では,医薬品を中心とした約150化合物を用いて実施した動物試験において,複数の投与量, 単回・反復投与時の複数時点での網羅的遺伝子発現データを取得し,それらに古典的毒性データを紐付けして格納した大規模トキシコ ゲノミクスデータベースを構築した。トキシコゲノミクス・インフォマティクスプロジェクト(TGP2)では,当データベースを活用し, 様々な種類の肝・腎毒性について,インフォマティクス解析による安全性バイオマーカー探索を進めている。具体的には,(i)古典的毒 性データに関連する遺伝子発現を抽出するアプローチと,(ii)既知の毒性メカニズムを手がかりとするアプローチの2つに大別される。 (i)については,病理所見等に基づいて選別した正・負例サンプル間で発現の異なる遺伝子を統計学的な選択基準等を用いて抽出する アプローチ,及び用量・時点依存的な遺伝子発現変動パターンとphenotype情報の相関解析により目的遺伝子を抽出するアプローチを 用いている。(ii)については,既知の毒性関連遺伝子群に着目し,トキシコゲノミクスデータベース内情報を活用してその発現変動を 検証する方法や,複数の化合物で共発現の認められる遺伝子群を抽出してから既知の毒性メカニズムやphenotypeとの関連を調べるア プローチ等を用いている。これらの解析手法は,様々な肝・腎毒性に係わる安全性バイオマーカーの探索を進める中で最適化されてき たものであるが,同時にデータの質,種類あるいは数等に影響されることも認められている。よって,当然ながら全ての条件に適用可 能な万能な方法は存在せず,case-by-caseでの最適な方法の取捨選択とそのfine-tuningを行う工夫が必要である。
    本シンポジウムでは,主に解析手法に焦点を当て,大規模トキシコゲノミクスデータのインフォマティクス解析を進める上での問題点 と解決策について,我々が経験した事例を交えながら紹介する。
  • 北嶋 聡, 高橋 祐次, 五十嵐 勝秀, 相崎 健一, 菅野 純
    セッションID: S1-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    従来の催奇形性をはじめとする発生毒性学的検索はガイドライン化されてきているが,種差や検出感度等の問題点が指摘されている。 種差の問題では,サリドマイドに代表されるヒトとげっ歯類の間での催奇形性の感受性差が挙げられる。検出感度の問題では,胎児毒 性として見過ごされやすい機能的異常(記憶障害など高次機能障害,免疫障害,腫瘍発生頻度の変化,短命化等),対照群でもある程度 奇形発生が認められることや同一母体内でも胎児間で奇形の程度に差があること等を挙げることができる。これらへの対応策として 我々は,化学物質トキシコゲノミクス(Percellome法*)を発生毒性へ適用し,毒性発現分子メカニズムに支えられた高精度で迅速なリ スク評価系の開発研究を推進している。これまでにモデル実験として,1)モデル遺伝子改変マウス胚を用いた技術的実用性の検討,2) 無処置野生型マウスの全胚における遺伝子発現経時データベースの構築(TIME POINT:12点, 胎生6.25-9.75日),3)胚性幹(ES)細 胞を分化させた,より早期の胚の代替モデルとしての胚様体(EB)の遺伝子発現経時データベースの作製(TIME POINT:14点,EB形 成1-7日),4)サリドマイドを含む催奇形性モデル物質を経胎盤投与した際のマウス胚における本手法の適用と解析,について検討し てきた。この解析例として,サリドマイド投与により発現変動が認められた遺伝子の中に,当該遺伝子欠失マウス胚で肢部の形成異常 が報告された分子が見いだされ,これがサリドマイドの未知の標的分子である可能性が示唆された。これは,化学物質の安全性評価上, 意義深い事例であると考えられ,本シンポジウムではこうした適用例を紹介する。
    *:Kanno J et al, BMC Genomics 7: 64,2006
  • 菅野 純, 北嶋 聡, 高橋 祐次, 五十嵐 勝秀, 相崎 健一
    セッションID: S1-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     様々な物質が身体に取り込まれた際に生じる可能性のある毒性(有害性)を予測し,それらの使用に際しての被害を未然に防ぐのが毒 性学の役割である。毒性学の近代化への現実的対応として,トキシコゲノミクス研究を開始した。これは,ブラックボックスの中身を 遺伝子発現ネットワークの面から解明する事により生体反応メカニズムに基づいた分子毒性学を構築する事を目的とする。その際,毒 性を見落とさない「網羅性」を確保する必要性から,全遺伝子のトランスクリプトーム情報の中から生物学的に有意と判断される反応 ネットワークを抽出するアプローチを取る事とした。複数の実験から得られる大量のデータを蓄積し横断的な解析を加えることが必須 である事から,マイクロアレイデータの標準化と互換性確保の為に細胞1個当たりのmRNAコピー数を得るPercellome法*を開発した。 現在までに,約100種類の化学物質によるマウス肝の初期応答データを含む,延べ3.5億遺伝子情報からなるPercellomeデータベース を得た。これは,基本的に時間,暴露用量,遺伝子発現量の3軸からなる3次元表示データにより構成される。解析にはこの3次元波動 面の特徴抽出という独創的な方法を採り,解析ソフトウエア群は全てオリジナル(一部は特許を取得)である。また,動物実験手技レベ ルからのシステム化により,高精細且つ高再現性を実現している。現在,「どのレギュラトリーネットワークがどの毒性と直結するか」 という動的な因果関係を導き出すインフォマティクスを構築する事で毒性予測精度の格段の向上を計っている。
     本シンポジウムでは,生体メカニズムに基づいた安全性評価が期待される食品及び食品添加物に対して本手法を適用した解析結果を 紹介し,その技術的実用性を示す。
    *:Kanno J et al, BMC Genomics 7: 64,2006
シンポジウム2
S2 化合物の毒作用発現とその回避:構造毒性相関からのアプローチ
  • 山田 隆志
    セッションID: S2-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    市場に流通する多種の化学物質についての有害性情報の収集と評価は世界的な課題となっている。とりわけ反復投与毒性試験は化学物 質の有害性評価において中心的な役割を果たしており,我が国の化学物質審査規制法(化審法)や欧州のREACHなどにおいて化学物質 の有害性の判定に用いられる。一方で多額の費用と時間を要し,評価できる物質数に限界があることからin silico評価手法の活用が求 められている。動物試験によらず該当物質の反復投与毒性を予測・評価するためには,既知の反復投与毒性試験データを有用に活用す ることが不可欠である。しかし,これまでの毒性試験データは,各検査機関などの試験報告書の形で分散して存在されており,情報を 効率よく取得することは困難であった。さらに毒性学的,行政的な判断のためには毒性発現機序に基づき,評価結果の透明性を確保す ることが重要である。NEDO「構造活性相関手法による有害性評価手法開発」プロジェクトで開発している「毒性知識情報データベース」 は反復投与毒性の試験報告書データベースと毒性作用機序データベースから構成され,試験報告書データと毒性作用機序に関する情報 の収集・体系化を進めている。そのうち毒性作用機序データベースは反復投与毒性試験で重篤な毒性を発現した物質を対象に,生体機 能に毒性影響を及ぼす(可能性がある)生体分子,細胞,臓器の損傷や,分子,細胞,臓器レベルでの生体の応答,ヒトの毒性作用機序 情報などを格納したデータベースである。学術文献から抽出したデータの一覧を可能にし,対象物質の毒性作用機序の考察,物質間で の機序の相互比較,及び評価結果のヒトへの外挿を支援することを目的としている。本発表では現在開発中の「毒性作用機序データベー ス」の概要について紹介する。
  • 林 真
    セッションID: S2-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    In silicoにより化学物質の有害性を予測する手法の一つとしてカテゴリーアプローチが期待されている。カテゴリーアプローチとは化 学物質を構造類似性により物理化学的及び毒性学的特性が類似または規則的なパターンを示すと考えられる化学物質のグループ(カテ ゴリー)に分類し,カテゴリー内の化学物質群の構造と有害性エンドポイントとの関係の傾向を検討する手法である。カテゴリーに属 する未試験物質の試験データは,カテゴリー内の他の物質の試験データを用いて類推することができる(データギャップ補完)。しかし 反復投与毒性試験の毒性所見を化学構造と直接的に関連づけることは困難であり,作用機序などの情報に基づき両者を関連づける必要 がある。さらに動物における有害性評価をヒトに正確に外挿するためには代謝を考慮することが不可欠である。有害性評価に必要な上 記の情報を格納したデータベースを用いてユーザーが評価するためには,毒性知識情報及び代謝知識情報を格納したデータベースから 的確,効率的に求めるデータを抽出する仕組みが必要である。NEDO「構造活性相関手法による有害性評価手法開発」プロジェクトで現 在開発中の有害性評価支援システム統合プラットフォームは毒性知識情報及び代謝知識情報データベースと連携し,さらにエキスパー トによるカテゴリーアプローチを支援する機能を備えている。また本システムはOECD Application Toolboxとの互換性を確保し,将 来,本システムが国際的に広く使われるための素地を確保している。本発表では有害性評価支援システム統合プラットフォームによる カテゴリーアプローチ支援機能を紹介しつつ,我が国の化学物質審査規制法(化審法)における既存化学物質の審査や欧州のREACH規 制における化学物質の登録・評価など想定される活用やその意義・重要性について考察したい。
  • 内田 力
    セッションID: S2-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     医薬品研究開発には多くの工程があり,開発化合物が開発後期で中止されるとその企業にとっては多大な損失を被ることになり,い かに早期に化合物の将来性を見極めるかが鍵となっている。そのため多くの企業では,創薬初期段階に様々な毒性試験を導入して早期 に毒性ポテンシャルを明確にし,化学構造変換による毒性回避へ向かっている。
     創薬という視点から見ると,一旦,開発化合物候補が決まってしまうと,開発の方向性が固定されるのでその化合物の持つ薬理作用, 毒性プロファイルを変えることは困難である。従って,毒性回避のためには創薬初期段階において創薬化学者が化学構造変換で対応す るしかない。最近では,創薬化学者と安全性研究者の距離が縮まり緊密に創薬プロセスに関わる機会が増してきている。
     毒性回避の実現性は,回避に必要な化学構造変換の度合いによって異なり,ファーマコフォアの変更が必要となれば創薬プロセスは 振り出しに戻ることもある。換言すれば,毒性評価のタイミングによって毒性回避の実現性や創薬に費やす時間が変化するとも言える。 現実には,早期のタイミングで評価するためにはin vivoと相関のあるin vitroの評価系が有効であるが,in vivo評価系しかない場合も ある。毒性発現のメカニズムを追究して新たな評価系構築に挑戦することは,創薬過程に大きな影響を与えると思われる。創薬化学者 は,毒性発現の原因・メカニズム(推定可)から各種物性パラメータなどにその情報を加え,具体的な化学構造変換につなげるので,原因・ メカニズムを非常に重要視する。毒性発現は複雑であることは周知であるが,そのメカニズムを検討・推定することで,化学構造変換 で毒性回避の可能性を高めることができる。
     一方,創薬化学者も薬理だけでなく薬物動態・毒性を十分理解する必要があり,構造毒性相関の知識を蓄積していくべきであろう。 今回は,創薬化学者の視点から,メカニズムを考慮した毒性回避のための化学構造変換について実例を交えて紹介する。
  • 山添 康, 伊藤 和美, 吉成 浩一
    セッションID: S2-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     薬物動態,つまり吸収,分布,代謝,排泄は化学物質の安全性評価に重要な位置を占めている。なかでも代謝と呼ばれる生体内構 造変換は,脂溶性を大きく変化させ,多くの物質の標的暴露期間と体内滞留期間を律速する過程となっている。1959年にGaudette& Brodieによって物質の脂溶性と代謝速度の関連が指摘されて以来,物質の化学構造からその物質の易代謝性を予測するための手法が検 討されてきた。しかしながらこれまでの手法は,化学構造からの予測とは言うものの,現実には脂溶性を中心とする物性に大きく依存 したものであった。従って相関率として評価すると良い結果を示すが,個々の物質の易代謝性を官能基構造に関連づけるのは難しかっ た。化学物質と酵素の立体構造情報が得られるようになって,その組み合わせ・はめ込みによる予測法がインシリコ手法で実施されて いる。薬効の至適化検討のような,一連の類似化合物をテンプレートにして目的化合物を創出するような場合にこの手法は威力を発揮 する。しかし基質特異性が緩やかで,同一物質であっても複数の部位を酸化するようなチトクロムP450のような酵素の反応については, 基質含有結晶のX線解析から得られるタンパク立体構造データを使っても満足できる結果は現在のところ得られていない。
     CYP1~4のP450分子種は高い構造の可変性を有し,基質構造に柔軟に対応して機能していると考え,従って基質とタンパク構造の 組み合わせではなく,基質構造同士を一定の規則のもとに重ね合わせることで基質収容空間を示すことが可能と考えて検討してきた。 これにはヒトP450分子種発現系を用いた化学物質の代謝データがすでに十年以上にわたって蓄積されており,LCMS分析による詳細 な代謝プロファイルが利用可能となっていることが背景にある。演者らは明確に代謝部位,優先性を表示できるように以下のような方 法を採用している。P450分子種ごとにテンプレートを作成し,このテンプレート上に被検基質を展開させ,合致点のスコアを算出する。 次いでテンプレート上の空間・物性要求性のスコアと合算して得られる合計スコアを,個々の配向・コンフォーマーについて比較して 高いポイントを占める相互作用から優先的に反応が進行するように傾斜配点を設定する。現在CYP2E1やCYP1A2については精度良く, ヒトでの代謝予測が可能になっている。
シンポジウム3
S3  ファーマコビジランス/非臨床・臨床ジョイントディスカッションによるヒトでのリスク最小化へのチャレンジ -システム構築へ向けて-「非臨床/トキシコロジストは,安全性医師と連携して副作用データをどう読むか」
  • 安全性評価研究会 ファーマコビジランス分科会(SEF/PV-WG), 日本製薬医学会 (JAPhMed)
    セッションID: S3-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    JSOT2009における「ファーマコビジランス」シンポジウム(日本製薬医学会/JAPhMed&PV分科会共催)では,非臨床と臨床連携によ るヒトでのリスク低減に向けて,安全性の理由から開発終結した具体事例を取り上げ,本邦初の“非臨床・臨床ジョイントディスカッショ ン”が実現した。非臨床と臨床データを比較し,双方の視点から見解を述べることで,臨床では非臨床からの安全性に関する注意喚起 を解釈し難い点があり,十分情報共有化ができていないことが明らかになった。また,非臨床担当者が臨床現場を深く理解することで, より踏み込んだ注意喚起やその対処方法を提案できる可能性があること,さらに,臨床側も非臨床データを深く読むことができるよう になることで,ヒトでのリスク低減化に必要な新たな視点を見出せる可能性があることが示された。シンポジウム終了後に実施したア ンケート調査では,ジョイントディスカッションの継続,開発終結事例の収集・解析のシステム化及び情報共有化を望む声が多く集まっ た。背景として,開発スピードの加速や世界同時開発に対応したICHE2F/DSURの導入等,非臨床の視点を含めた総合的安全性評価の 迅速な提示が必須となることに加え,次世代抗体医薬品等では従来型非臨床試験による安全性評価に限界のあること等も考えられた。 昨今,海外規制当局は個別の医薬品に加えて領域の治療薬全般に対するリスクマネジメントを求める傾向にあり,最新科学に基づく副 作用プロファイルを説明すると共に包括的なリスクマネジメント戦略を提示することが,一層重要になるものと考えられる。そこで今 回,具体事例第2段として,潜在的な「肝リスク」への対応を取り上げ,非臨床/トキシコロジストのみならず,規制当局,安全性担当 医師の視点からも討議し,ヒトでのリスク最小化を目指す上での問題点とその解決に向けて一緒に考えたい。
  • 丹 求, 菅井 象一郎, 永田 健
    セッションID: S3-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    臨床試験における副作用は,毒性試験ガイドラインで求められるスタンダードな非臨床毒性試験で予測できないものが依然として多い。 また,臨床試験-非臨床毒性試験間では,観察される事象に不一致もしばしばみられる。このような事象の一つに血中トランスアミナー ゼ活性の上昇がある。特異体質性肝障害による血中トランスアミナーゼ活性の上昇はスタンダードな非臨床毒性試験においてこれを予 測,再現することは困難である。また,非臨床毒性試験において肝機能障害が認められず,臨床試験においては,血中トランスアミナー ゼ活性のみが上昇し,他の肝機能検査に異常がみられない状況にもしばしば遭遇する。特に臨床試験においては,食事条件,運動など の環境要因で血中トランスアミナーゼ活性が上昇することも報告されている。一方,一部の糖代謝/脂質代謝改善薬では,その薬理作 用に関連して,臨床あるいは非臨床において血中トランスアミナーゼ活性が上昇することも知られている。今回は,血中トランスアミ ナーゼ活性の上昇を経験した複数の開発化合物について臨床あるいは非臨床のデータを紹介する。これらの開発化合物はいずれも糖代 謝あるいは脂質代謝改善を目的としたものであり,臨床試験及び非臨床毒性試験において肝機能障害を示唆する明らかな所見は認めら れなかった。また,その開発過程においては,ヒトの肝障害リスク評価のための基礎データ収集と臨床,非臨床,安全性情報の各部門 間で慎重な議論が繰り返された。基礎データ収集の結果,これらの開発化合物の血中トランスアミナーゼ活性上昇作用は肝機能障害に 起因する可能性は極めて低く,その薬理作用に関連する可能性が高いことが示された。今回紹介する事例も踏まえ,医師も含めて企業 内で安全性に携わる者が副作用のリスクをどのように協議すべきかを考察する。
  • 大古田 治
    セッションID: S3-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    キシメラガトラン(エキサンタ)は血栓塞栓症の予防および治療のために開発された化合物である。しかしながら,キシメラガトラン長 期臨床試験にて,正常上限値(ULN)の3倍を超えるアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)活性値の上昇がみられたため,2006年 に開発を中止した。
    そこで,この肝障害の原因究明のため,アストラゼネカがこれまでに実施した取り組み,たとえば,プロテオミクス,メタボロミクス, ゲノムワイドファーマコゲノミクス,単球やヒト肝細胞を用いた試験などについて紹介したい。

    * 複雑な生物学的システムを理解するために,実験とコンピュータのそれぞれの研究を融合した概念 -これがシステムバイオロジーです。
  • William M. BRACKEN
    セッションID: S3-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    The conduct of toxicology studies in animals is based on experience and historical precedence suggesting animals are valuable models for humans. However, reviews comparing the ability of animal toxicology studies to predict effects in humans remain limited. Published comparative studies for pharmaceuticals have typically focused on specific therapeutic classes, have been based on a limited number of chemicals or have been based on available literature, where study design variables are large. To overcome these deficiencies, a collaboration of pharmaceutical companies undertook a comparative evaluation of toxicities seen in animal toxicity studies to the adverse events observed in human clinical trials (Olson et al 2000). This retrospective analysis included chemicals from multiple therapeutic classes, toxicology studies conducted in rodent and nonrodent species and findings in a number of target organs. The main findings were a positive concordance rate of over 71% for target organ toxicities and the high value of studies of up to one month in duration to detect target organ toxicity alerts. With growing interest in reducing drug failures due to safety issues and the interest in novel therapeutic mechanisms where little precedent information is available in humans, the knowledge of the predictive value of animal toxicology studies for humans can improve decision making regarding terminating development early due to safety concerns or to proceed to clinic trials.
シンポジウム4
S4 沖縄産健康バイオ資源の研究開発
  • 石川 千恵
    セッションID: S4-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    亜熱帯沖縄では,本土にはない天然資源が豊富に入手できる。特に広大な海域を有するため,海洋生物(マリンバイオ)資源の有効利用 は重要である。海洋生物を取り巻く自然環境は,まだ開発が進んでおらず,多様性に溢れている。新しい医薬品の源泉は,陸上では枯 渇してきており,次世代医薬品のヒット作を狙うハンター達は次々と海に飛び込んでいる現況がある。沖縄には風土病とも言える白血 病・リンパ腫が存在する。成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)である。ATLLは,授乳や輸血,性交渉に伴い,免疫を司るCD4陽性 Tリンパ球にヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)というレトロウイルスが感染することにより起こる。感染者の5%が50年という 長い潜伏期間を経て,ATLLを発症する。根本的な治療は確立されておらず,我が国には九州・沖縄を中心に100万人の感染者がいて, 全国で1000人,沖縄では80人が毎年,この疾病で亡くなっている。我々は,この風土病の制圧に沖縄の海洋生物資源を応用する試み を行っている。これまで,オキナワモズク由来硫酸多糖のフコイダン(Nutr Cancer. 2005;52:189)やカロテノイドのフコキサンチ ン/フコキサンチノール(Int J Cancer. 2008;123:2702),さらにサンゴ由来の翻訳阻害物質ヒップリスタノールの抗ATLL効果をin vitro及びin vivoで検証してきた。これらの天然物質の作用機序はATLL細胞で特異的に活性化している転写因子NF-κBやAP-1の阻害 であった。この2つの転写因子は細胞生存や増殖において重要な役割を果たしているタンパク質の遺伝子発現を制御しており,2つの転 写因子の活性阻害は,アポトーシスや細胞周期の停止を選択的に誘導した。フコイダンに関しては,HTLV-1関連脊髄症症例に内服投 与を行い,ウイルス量の低下を認めている。本シンポジウムでは,その他の褐藻類由来のカロテノイドも含め,種々の海洋生物資源に よる癌の発症予防と治療法の開発について紹介したい。
  • 上江洲 榮子
    セッションID: S4-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     沖縄において古くからユリ科カンゾウ(学名:Hemerocallis ,方言名:クワンソウ)は,不眠症に効果があると伝承されている。文 献を遡ってみると,沖縄の古い食療書・御膳本草(渡嘉敷親雲上通寛,1832)に“くわんさう”は「わか葉及び花は食用に供せられる。苗 花は・・黄疸を除け,久しく食へば身を軽くして目あきらかなるなり」とある。この著書にはまだ「不眠症」という表現は出てこない。 浦添為宗によって編集・発行された「家庭医書御膳本草綱要,1931」には不眠症を治すと記載されている。さらに1951年以降に発行さ れた沖縄の薬草関係の図書には,不眠症を治す効用を示す植物として,ノカンゾー,ヤブカンゾー,ベニカンゾー,ホンカンゾーなど と表現されている。従ってこの段階では“くわんさう”が現代のアキノワスレグサを示しているのか明確ではない。不眠症には「アキノ ワスレグサの葉を,ネズミモチ,クコ,カワラヨモギとともに煎じて服用する」(多和田真淳・大田文子,1985)などと記載されている。 この多和田・大田の著書になって,アキノワスレグサとの表現が認められる。
     この文献に基づいて,アキノワスレグサと判断される植物について,マウスを用いた動物実験において睡眠に対する影響について検 討し,伝承を確認する結果を得た(Psychiatry Clin Neurosci. 1998)。その後,共同研究者たちと共にさらにこの結果を確認するこ とができた。最近の成分分析によって,アキノワスレグサは抗酸化活性を示すポリフェノール類やカロテノイド類を高濃度に含有する 結果を得た。
     従って,御膳本草に収載されている“くわんさう”は肝機能を改善し黄疸を除き,かつ睡眠改善作用のあるアキノワスレグサであると 推定される。
  • 屋 宏典
    セッションID: S4-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     近年日本では,高齢化の進展とともに,食生活の乱れ,運動不足,ストレスなどを原因とした生活習慣病(高脂血症,高血圧,糖尿病, 動脈硬化症など)の発症率上昇が懸念されている。これら生活習慣病に対して肥満,特に腹腔内脂肪の蓄積は重要な危険因子であるこ とから,肥満防止に対する社会的関心が高まってきている。
     ボタンボウフウ(Peucedanum Japonicum Thanb)は沖縄県で伝統的に野菜/薬草として食されており,防腐,抗血小板,抗アレル ギー,鎮痛作用といった生理作用が報告されている。また,伝承的に抗肥満効果があるとされているが,実験的にこれを検証した報告 はない。本講演ではマウスを用いた動物試験によりボタンボウフウの抗肥満作用について検討した成果について紹介する。
     本研究においては,沖縄県与那国島産のボタンボウフウを食餌としてマウスに投与し,肝臓および脂肪組織重量と脂質濃度への影響 を測定した。また,多検体DNAマイクロアレイ解析(クラボウ)を用いて生活習慣病関連遺伝子発現に及ぼす影響も評価した。
     マウスの体重および各脂肪組織重量はボタンボウフウの投与量に依存して減少し,有意な抗肥満効果が確認された。血清および肝臓 のトリグリセリド(TG)濃度は2%以上の投与レベルにおいて用量依存的に減少した。また,肝臓総コレステロール(TC)濃度も有意に 低下した。糞中に排出されるTCおよびTG量はボタンボウフウ群でいずれも高く,脂質吸収が阻害されていることが示された。一方, ボタンボウフウ摂取群の肝臓における脂肪酸合成は低下し,脂肪酸酸化は昂進していることが示唆された。
     ボタンボウフウ投与はCYP7A1,RORC,PBEF1,PPP1R10の発現上昇,ならびにJun,INSIG2,SERPINA12,Dusp1の発現 を低下させることが遺伝子発現解析により明らかになった。これらの遺伝子発現変化は脂質代謝が活性化されていることを反映してお り,ボタンボウフウ摂取は人の肥満や高脂血症の改善に有効であることが示唆された。
  • 稲福 直, 与那覇 恵, 稲福 盛雄, 大原 誠資, 柏木 豊, 大澤 俊彦, 石谷 邦彦, 野本 亀久雄
    セッションID: S4-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    〔目的〕サトウキビ由来のバガスは食物繊維を多量に含む有用な未利用資源である。我々は,バガスを爆砕発酵処理することにより不溶 性食物繊維と水溶性食物繊維を含有する食物繊維素材として沖縄産サトウキビ由来新食物繊維(醗酵バガッセ)を開発した。本研究では, ヒトにおける腸内環境改善効果,メタボリックシンドローム予防効果の検討を行った。〔方法及び結果〕予備的にボランティア6名を対 象として醗酵バガッセ摂取試験を行い,便中の腸内細菌数,アンモニア,有機酸の測定値に基づいて,有効摂取量を10g/日とした。 次に63名のボランティアに対して醗酵バガッセ摂取試験を行い,QOL調査,血液生化学検査および尿中8OHdG測定を行った。その結 果,便量の増加,便秘の改善,便性の改善など有意にQOL改善効果が認められ,さらに血糖値上昇抑制効果,中性脂肪上昇抑制などメ タボリックシンドローム予防効果を有することが証明された。また,ヒト体内での抗酸化マーカーである尿中8-OHdGは,醗酵バガッ セを摂取することで有意に低下しており,体内での酸化ストレス軽減にも効果を示すことが明らかとなった。
  • 櫻井 美典
    セッションID: S4-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     演者らは,宮古島に自生しているBidens pilosa L. var. radiata Scherff(和名タチアワユキセンダングサ)の有用性に着目し,平成8 年から城辺町(現宮古島市)と共同で宮古島の島興し・地域活性化事業として研究開発を進めてきた。この間,平成16年・17年「沖縄産 学官共同研究開発事業」,平成18年~19年「地域新生コンソーシアム研究開発事業」に採択され,国や県の補助を受けて安全性試験並び に抗酸化・抗炎症・抗アレルギー作用その他,様々な機能につき基礎から試験研究を行い,科学的データに基づく健康食品・化粧品原 料としての新規な素材開発に成功,「宮古ビデンス・ピローサ」と名づけ,これを主原料とした錠剤・煮出し茶等の健康食品5品目,お よび化粧品5品目を市場に提供している。
     宮古島は世界初の地下ダム水源を持つ島で,環境保全意識が非常に高く,地域活性化事業という性格上,この宮古ビデンス・ピロー サの栽培に当っては,農薬・化学肥料・堆肥を一切使用せず,緑肥のみを用いて栽培している。宮古島は,隆起サンゴ礁で構成される 島であり,畑地の土壌も保水性に乏しく有機質の少ない痩せた土地柄である。演者らは,有用性および安全性の高い植物を育てるには, 有機質の栄養素を与えるよりもむしろ貧栄養の条件下で,植物が自力を最大限に発揮して乏しい栄養素とサンゴ由来の豊富なミネラル を吸収し,宮古島の強烈な日光と清浄な大気の下で光合成を行うことが必要と考えている。
     ビデンス・ピローサはその類縁植物を含めアフリカ・中南米・台湾・中国など発展途上地域では民間薬として広く使用されてきた。 カロテン源としての意味もあってこれらの地域では食歴もあり,沖縄でも新芽を食用にした時代もあったらしい。
     今回は,宮古ビデンス・ピローサの持つ抗アレルギー作用・機序を中心に,細胞レベルの基礎実験から動物実験,スギ花粉症につい て2年に亘ってヒトで行ったプラセボとの比較試験と,安全性試験の結果等を紹介する。
シンポジウム5
S5 Mitochondria-mediated toxicity
  • Urs A. BOELSTERLI
    セッションID: S5-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    Mitochondria have been implicated in the toxicity caused by a large number of drugs (or their reactive metabolites) in multiple organs and tissues including brain, heart, skeletal muscle, ear, liver, kidney, and intestine. Apart from their central role in energy metabolism, mitochondria play a dual role in drug toxicity; first, they are often a direct subcellular target, leading to functional impairment and mitochondrial stress, and, second, mitochondria are mediators and executioners of cell death that can be triggered indirectly by certain drugs. The purpose of this presentation is to provide a brief overview on some key modes and mechanisms of mitochondrial toxicity and to illustrate this with specific clinically relevant examples. One important pathway is drug-induced increased generation of reactive oxygen/nitrogen species in mitochondria, which can be aggravated by underlying genetic disorders of mitochondrial function. This concept may explain individual susceptibility to drugs and will be illustrated with a genetic mouse model of drug-induced liver injury (DILI). Another pathway is drug-induced ER stress that can lead to mitochondrial membrane permeabilization, as demonstrated with data from recent studies on drug-induced small intestinal injury. Ultimately, a better understanding of the mechanisms of mitochondrial toxicity will allow for the design of mitochondria-safer drugs and the development of therapeutic strategies in drug safety.
  • John J. LEMASTERS
    セッションID: S5-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    In the mitochondrial permeability transition (MPT), large conductance permeability transition (PT) pores open that make the mitochondrial inner membrane abruptly permeable to solutes up to 1500 Da. After the MPT, mitochondria depolarize, uncouple and undergo large amplitude swelling. If enough mitochondria undergo the MPT within a single cell, profound ATP depletion occurs, which inhibits activation of apoptotic pathways but promotes onset of necrotic cell death. If some ATP is preserved, outer membrane rupture causes cytochrome c release, caspase activation and apoptosis. Ca2+ is an important MPT inducer, but its role in MPT induction varies with circumstance. Ca2+ overload with ionophores is sufficient to induce the MPT, leading both to apoptotic and necrotic cell death. By contrast after ischemia–reperfusion to cardiac myocytes, mitochondrial Ca2+ overload occurs as the consequence of bioenergetic failure. In other models, Ca2+ appears to be permissive to MPT onset, such as cytotoxicity from Reye-related agents and storage-reperfusion injury to liver grafts. Lastly in oxidative stress, Ca2+ and reactive oxygen species (ROS) act synergistically to produce the MPT and cell death. Another cation important for MPT onset is iron. Chelatable (loosely bound) iron catalyzes hydroxyl radical formation from superoxide and hydrogen peroxide. Lysosomes sequester chelatable iron and release Fe2+ into the cytosol after inhibition of the vacuolar proton-pumping ATPase. During oxidative stress, hypoxia/ischemia and acetaminophen hepatotoxicity, lysosomes release chelatable iron with consequent pro-oxidant injury. Mitochondria accumulate cytosolic Fe2+ released from lysosomes via the mitochondrial electrogenic Ca2+ uniporter. Inside mitochondria, chelatable iron catalyzes ROS formation. The iron chelators, desferal and starch-desferal, and the uniporter inhibitors, Ru360 and minocycline, prevent mitochondrial iron loading, blunt ROS formation and decrease cell death in oxidative stress, hypoxia/ischemia and photodynamic therapy. Thus, Ca2+ and Fe2+ are dynamic mediators of cell injury in several pathophysiological settings. However, reevaluation of earlier work is needed to determine whether injury attributed to mitochondrial Ca2+ uptake is actually due to Fe2+ uptake.
  • Kazuhiro TAKUMA, Toshio MATSUDA
    セッションID: S5-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    Alzheimer's disease (AD) is the most common age-related neurodegenerative disorder characterized by insidious, chronic, and progressive memory impairment in association with the accumulation of senile plaques, neurofibrillary tangles, and massive loss of neurons. Apoptosis is believed to be an important contributor to pathogenesis of AD. There is considerable evidence that amyloid β-peptide (Aβ), a major component of senile plaques, has the capacity to activate two intrinsic apoptosis pathways, mitochondrial dysfunction and endoplasmic reticulum stress, leading to neuronal cell death. Thus, specific molecules involving Aβ-mediated organelle dysfunction might also be of interest. We demonstrated that Aβ caused mitochondrial dysfunction followed by apoptosis and that Aβ-binding alcohol dehydrogenase (ABAD), an enzyme present in neuronal mitochondria, was a cofactor facilitating Aβ-induced cell death. In addition, we have recently found that receptor for advanced glycation endproducts (RAGE) might contribute to transport of Aβ from the cell surface to mitochondria. This review summarizes recent progress of research in this field focused on the molecular mechanisms involved in neuronal apoptosis mediated by mitochondrial dysfunction, focused on our findings showing the significance of ABAD and RAGE.
  • Takashi YAMOTO, Atsushi SANBUISSHO, Sunao MANABE
    セッションID: S5-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    Liver is considered to be one of the most important organs in evaluating drug toxicity because it is functionally interposed between the absorption site and the systemic circulation and is a major site of metabolism and elimination of xenobiotics, which make it a preferred target for drug toxicity. Drug-induced liver injury (DILI) rarely occurs but is the leading cause in acute liver failures that necessitate organ transplants and safety recalls of successfully launched drugs from the market. Although liver toxicity can be triggered by drugs through different mechanisms, mitochondrial dysfunction is considered to be one of the major mechanisms for DILI. Drugs could prompt the necrosis/apoptosis of hepatocytes by preventing mitochondrial energy production and releasing mitochondrial pro-apoptotic proteins into the cytoplasm. Therefore, if high-throughput in vitro prediction systems to detect mitochondrial dysfunction could be developed to identify hepatotoxic drugs with reasonable specificity in the early stages of drug development, it would undoubtedly improve the drug development process and impact the human safety. In this symposium, we will present some case studies for evaluating drug-induced mitochondrial toxicity, including the in vitro screening system developed in our laboratory using rat primary hepatocytes to evaluate the mitochondrial function in the early stages of drug development.
  • Yoko ANIYA, Naoki IMAIZUMI
    セッションID: S5-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    The mitochondrial permeability transition (MPT) is a sadden increase of the mitochondrial membrane permeability caused by opening the MPT pore and has been implicated as being involved in cell necrosis and some types of cell apoptosis. The MPT is induced by oxidative stress, however its precise mechanism remains to be elucidated. Here we propose that mitochondrial membrane-bound glutathione transferase (mtMGST1) is involved in the MPT pore. MtMGST1 in mitochondria isolated from galactosamine/LPS-treated rats were activated through protein-thiol mixed disulfide bond formation and cytochrome c was easily released from the mitochondria in which the release was prevented by treatment with anti-MGST1 antibodies. In addition, when gallic acid (GA) was incubated with mitochondria, mtMGST1 was oxidatively activated and the mitochondrial swelling, which was inhibited by mtMGST1 inhibitors, not by classical MPT inhibitors, was observed. Thus it was suggested that mtMGST1 is involved in the GA-induced, non-classical MPT pore. Furthermore, mtMGST1 activity was inhibited markedly by typical MPT inhibitors and the inhibitory action was lost in the presence of detergents, indicating that mtMGST1 is regulated through MPT regulators including cyclophilin D (CypD) and adenine nucleotide translocator (ANT). Finally, oligomerization of mtMGST1 with CypD and ANT through disulfide bond was observed in mitochondria treated with peroxynitrite. Taken all together, it is clear that mtMGST1 acts as one of MPT components, and is responsible in oxidative stress-induced MPT pore opening.
シンポジウム6
S6 医薬品代謝物の安全性評価
  • 横井  毅
    セッションID: S6-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     薬物代謝の研究領域の進展に伴い,医薬品の予期せぬ副作用を回避する手段の一つとして,代謝物の安全性評価に関心が集まってい る。臨床で使用されている8割以上の薬が,何らかの代謝反応を受けて尿や胆汁中に排泄される。開発化合物の代謝過程に質的または 量的な種差を認める場合,とりわけヒト特異的な代謝物や反応性代謝物の生成が推定される場合には,安全性のより詳しい検討が必要 である。一般に特異体質性に分類される毒性は,投与量非依存的に発現し,発現頻度は低く,薬物暴露後の発現までに時間を要し,反 応性代謝物の介在が示唆されるが,多くの場合にはその構造や生成機序を明らかにすることは困難である。また,代謝物を同定・合成・ 投与できた場合でも,代謝物の動態特性が異なるために,毒性評価ができない場合が考えられる。
     反応性代謝物の生成過程には様々な経路があるものの,解毒経路は主にグルタチオン(GSH)抱合反応によって触媒されると考えられ る。よって,網羅的なGSH付加体の定量試験が一般化してきたが,in vivo予測性との相関等に問題がある場合もあり,さらに予測性 が高いin vitroおよびin vivo試験系の開発が望まれている。
     我々はGSH合成能をノックダウンし,その含量をヒトと同程度まで抑制したモデルラットや,SOD2をノックダウンしたラットモデ ル作出し,薬物誘導性肝障害を高感度に検出できることを示した。さらに,培養細胞にCYP3A4などのヒトCYP分子種を任意の発現レ ベルで発現させ,同時に解毒を担うGSH合成,またはNrf2発現をノックダウンした系を構築し,高感度で安定的なスクリーニングが 出来ることを示した。免疫学的因子の関与も大きいことが明らかにされつつあり,我々は,Th17細胞がハロタン肝障害に関与してい ることを,マウスを用いて示した。さらに培養細胞を用いた系などについても紹介する。
  • 河島 浩輔
    セッションID: S6-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    2009年6月にICH M3(R2)「医薬品の臨床試験及び販売承認申請のための非臨床安全性試験の実施時期についてのガイドライン」が Step4に達したことにより,医薬品の代謝物の安全性評価に対する関心が高まっている。 このICHガイドラインに従うと,ヒトで検出された代謝物のうち,代謝物生成の種差によりそれまでに実施された非臨床安全性試験で はヒトの安全性が量的な面で担保できていないと判断された代謝物に関しては,その標品を用いた安全性評価の実施が推奨されている。 一方,活性代謝物,反応性代謝物及びヒト特異的代謝物と判断された代謝物に関しては,その質及び量的な面を考慮し安全性試験実施 の有無を判断する必要が生じる。Phase 2までの臨床試験を通じて安全性試験が必要と判断されたヒト代謝物については,その評価を Phase 3試験開始までに実施すべきと記載されており,医薬品の開発期間に対する影響を考えると,あらかじめ予想されるヒト代謝物 については早期に安全性評価に着手することが望ましい場合も想定される。
    そこで,製薬協では,in vitro 試験でのヒト代謝物推定から始まる安全性評価において,in silico の活用,遺伝毒性からがん原性試験 に至る種々の安全性試験の実施時期,網羅的な代謝物の検討,定量法,暴露量の評価,定量用標準品の保証などの取り組みについて, 製薬協医薬品評価委員会の加盟企業を対象にアンケート調査を計画した。その結果を集約するとともに,さらに医薬品開発における代 謝物の安全性評価の効率的な進め方について提言したい。
    本シンポジウムでの議論が,代謝物の安全性評価について,科学的及び規制的観点から迅速な医薬品創生に資することを期待したい。
  • 大野 泰雄
    セッションID: S6-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     医薬品等の安全性評価を行う上で,薬力学的および薬物動態的種差の存在は動物実験結果をヒトに外挿する上で,常に問題となって きた。また,代謝物の作用を知ることは薬物の作用機構を知る上で重要である。そこで,我が国では「主要代謝物については,毒性, 薬理作用についても検討することが必要である。(薬審526: 昭和50年3月28日)」とされてきた。一方,この要求を廃止すべきと要求 されていた。そこで,1991年に開催された第一回ICH会議で,1)ヒト特異的な代謝物,2)ヒトで特に多く生成する代謝物,3)薬理学的・ 毒性学的に有意な代謝物,4)プロドラッグの場合の活性代謝物については検討すべきという,日本の考えが示された。その後,主代謝 物についてより明確な基準が求められ,2008年に公表されたFDAの医薬品代謝物の安全性試験に関する指針において,安全性につい ての懸念となるヒト代謝物とは定常状態での暴露の10%以上を占めるものとし,従来のFDAやEPAの指針と矛盾するものではないと した。なお,ここで引用しているEPAの”Metabolism and Pharmacokinetics”指針(1998)では,5%以上を占める代謝物については 原則として同定すべきとしているのみで,安全性評価の必要性については言及していない。一方,親化合物による全身暴露は低い場合 も多いことから,親化合物の10%以上の暴露の代謝物について,安全性評価を行うとするのは必ずしも適切でないとして,2010年に 通知されたICH M3(R2)指針では原則として「ヒトでみられた代謝物を非臨床試験で特徴づける必要があるのは,その代謝物の臨床で の暴露量が,投与薬物に関連する総ての物質の暴露量の10%を超え,かつ,ヒトにおける暴露量が毒性試験での最大暴露量よりも明ら かに高い場合のみである。」とした。これらの経緯について説明する。
  • 中野 賢司
    セッションID: S6-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     現在,本邦における医薬品代謝物の非臨床安全性評価に関するガイドラインは存在せず,個々の代謝プロファイルから安全性はケー スバイケースで評価されている。基本的には,(1)安全性試験に供した動物で認められない代謝物がヒトで認められた場合,(2)動物と 比べヒトで多く生成する代謝物が存在し,安全性試験での暴露量からヒトにおける安全性を担保できない場合,(3)母化合物と比べ薬 理活性や毒性が極めて強いと想定される代謝物が生じる場合,等には代謝物に対する安全性試験が必要と考えられる。一方,上記の条 件に該当する代謝物でも,当該代謝物が既知の物質であって既に安全性プロファイルが明らかな場合や,当該代謝物に毒性学的懸念が ないと判断される場合,また,体内における生成量や暴露量が極めて低いと考えられる場合には,安全性試験の実施が不要となる場合 もありえる。
     本発表は昨年公表されたICH M3(R2)ガイダンスの「TOXICOKINETIC AND PHARMACOKINETIC STUDIES」項において,代謝 物の安全性に関する非臨床試験について言及されていることより,その説明と製薬協基礎研究部会から提出された,代謝物の安全性評 価に対する疑問点についてQ&A形式で解説を行う。
シンポジウム7
S7 発達神経毒性の新たな評価方法の展開
  • 鯉淵 典之
    セッションID: S7-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    中枢神経系発達において,分化したニューロンは分裂を停止し,樹状突起や軸索の伸展,シナプス形成などを活発に行う。このダイナミッ クな変化が生じる時期を臨界期と呼ぶ。脳成熟後も,シナプス形成,軸索伸展,膜興奮性などはある程度変化し,可塑性を司るが,胎 生期のように多くの幹細胞は存在せず,また臨界期ほどのダイナミックな形態や機能の変化は生じない。従って,臨界期の化学物質曝 露が,より大きく,非可逆的な変化を生じることは想像に難くない。神経細胞の発達は細胞内の遺伝的プログラムのみならず,神経性 入力やホルモン(特にステロイドなど脂溶性のもの)等の液性入力により調節され,神経活動やホルモン依存性の遺伝子発現変化が段階 的に生じる。神経性・液性入力とも,微量の生理活性物質によりエピジェネティックに行われるため,変異原性と比べ低用量の化学物 質で影響を受ける可能性がある。農薬や,工業製品に用いられる合成化学物質由来の環境化学物質には,比較的低用量でこれらの過程 を修飾するものが存在する。これらの物質の周産期曝露により,知能指数低下や学習障害が生じ,実験的には樹状突起発達やシナプス 形成が阻害される。作用機構については不明点が多いが,ホルモン受容体を介する転写のかく乱(リガンドとの競合のみならず,受容 体とDNAの結合や転写共役因子との結合修飾など),膜興奮性の変化を介する細胞内情報伝達系のかく乱,DNAのメチル化やヒストン の修飾等が考えられる。本講演では,まず中枢神経系に作用する事が懸念される環境化学物質の疫学データや実験データ紹介する。さ らに我々の研究室で行っているポリ塩化ビフェニルやポリ臭素化ジフェニルエーテルによる甲状腺ホルモン受容体を介する神経細胞発 達への影響,および膜興奮性の変化を介する神経細胞内情報伝達系の変化について紹介する。
  • 小川 園子, 坂本 敏郎
    セッションID: S7-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    環境中の化学物質への周生期曝露は,母親には影響のない低濃度であっても,胎児や新生児の神経系や行動の発達に重篤な影響を及ぼ すことが指摘されている。特に,エストロゲン様作用を持つ物質への周生期曝露は,脳の性分化に影響することにより,成長後の性特 異的な行動発現を大きく変容させる可能性がある。従って,化学物質作用の発達神経毒性評価には,学習・記憶機能の評価に加えて, 不安・情動性レベル,攻撃や性行動,社会的認知・記憶などの包括的な行動評価が極めて重要であると言える。我々はこれまで,これ らの情動・社会行動の制御に果たす性ステロイドホルモンやその受容体の役割に注目した研究を進めてきた。それらの知見を基盤に, 環境化学物質への胎仔期曝露が後の行動に及ぼす影響についての解析に着手した。すなわち,妊娠期にDESあるいはダイオキシンを投 与された母親マウスから生まれた仔が成長したのち,オープンフィールドや明暗箱往来テストといった広く用いられている行動テスト による不安・情動性レベルや新奇環境での活動性の測定を行った。更に,本研究室で現在開発中のシステムを用いて,社会的認知,嗜 好性,反応性などの評定を行った。本講演では,これらの最新の研究成果について報告する。
  • 尾藤 晴彦
    セッションID: S7-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     我々の脳を構成する神経回路は,神経細胞同士の物理的な接合と機能的なシステム形成のための厳格な「設計図」に加え,個体ごとの 内部・外部の環境変化に刻一刻と対応し,その経験を蓄積できる「適応性・学習能力」を有する。すなわち,神経回路自体に「剛」と「柔」 の性質を併せ持つ。この相反する性質の両立により,高等生物の脳は高いポテンシャルを獲得してきたと考えられるが,その分子基盤 については,いまだ大きな謎のままである。
     神経回路の中における個々の神経細胞の機能は,cell-wide(一つの細胞全体に及ぶ)な制御と,synapse-specificな(一つ一つのシナ プス固有の)制御のバランスによって維持されていることが,20世紀初頭の解剖学者カハールら,20世紀半ばの心理学者ヘッブによっ て予言されていたが,実際にcell-wideな制御とsynapse-specificな制御のダイナミズムおよび相互作用について,検証可能な仮説が提 示され,分子レベルでの実験が行われるようになったのは,この15年くらいである。
     我々の研究グループは,選択的シナプス入力が神経細胞の核内でCREB依存的転写誘導を引き起こすメカニズムの研究を発端に,神 経細胞におけるシナプスから核へのシグナリングの全貌解明に努めてきた。本シンポジウムではこのような神経活動依存的遺伝子発現 の機構,その下流にある個々のシナプス機能と形態の制御,個別シナプスの活動履歴に基づくシグナルと細胞全体の転写応答シグナリ ングの相互作用などについて紹介し,発達神経毒性の評価における有用性についても考察を深めたい。
  • 掛山 正心
    セッションID: S7-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     我々はラット・マウスを用いた行動毒性試験の開発と適用を進めている。本講演では,高度な学習機能を検出する行動試験を中心に 紹介する。まず,R. Morris教授との共同研究により,ヒト認知機能の象徴といえる対連合学習(paired-associate learning)の測定を ラットで実現するFlavor Map試験を確立,低用量ダイオキシンの発達期曝露により対連合学習が障害されることを見出した。次に全 自動行動試験装置IntelliCageを用い,認知的柔軟性(cognitive flexibility)を評価する独自の試験プロトコールを開発し,ダイオキシン が認知的柔軟性に障害をもたらすことを確認した。このような高度な学習機能への影響評価は,ヒトへの外挿を考える上でも重要な情 報をもたらすと期待する。
     さらにIntelliCage試験は,試験装置内でマウスを飼育しながら全自動で行うため,個体ごとの誤差が非常に小さく再現性が極めて高 い。非曝露の野生型マウスを用いた検討により,異なる研究機関(チューリッヒ大ならびに自治医科大)でも同一の学習曲線が得られる ことも我々は確認しており,実験場所と実験担当者に依存しないこの試験法は,汎用的・簡易型の試験としての利用価値が高いと言え よう。
     行動試験における行動変化の科学的解釈を目指し,我々は行動変化に伴う分子レベルの変動についての解析ならびに手法開発を進 めている。「特定の行動変化に対応した分子イベントは特定の細胞(集団)に限定されている」と作業仮説をたて,Leica Microsystems とともにImmuno-LMD法の開発行っており,これまでに,行動変化に伴い活性化する神経細胞を免疫組織学的に同定しRNAを回収, mRNAの定量発現解析に成功した。Immuno-LMD法は行動変化とパラレルに変動する分子イベントの解析,そしてそれらの曝露影響 の解析を行うための有力なツールとなりうる。
シンポジウム8
S8 医薬品の環境リスク評価の現状と課題
  • 佐神 文郎
    セッションID: S8-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     化学物質の中には,ヒトの健康への影響のみならず,環境中の生物への影響,すなわち,生態系に何らかの影響を示しているものが ある。2003年化審法が改訂され,年間生産量が10トン(注)以上の難分解・高蓄積の新規化学物質についてヒトへの安全性評価に加え, 環境生物への毒性試験,すなわち生態毒性の評価が求められている。
    医薬品も化学物質の一つであり,その生態毒性の評価については,FDAにおいて1998年より環境アセスメントガイダンスとして規制 が始まり,欧州においては2006年にEMEAより環境リスクガイドラインとして発出され,欧米においては新医薬品の承認申請に生態 毒性の評価が求められている。日本においても,2003年より厚労科学研究班として医薬品の環境リスク評価ガイドラインの検討が開 始され,2009年より新たな厚労科学研究班として検討が行われている。
     以上の状況を踏まえ,本シンポジウムでは医薬品の環境影響評価について,これまで多くの環境影響評価を実施している欧米におけ る評価の実際,わが国の医薬品環境リスク評価の考え方,医薬品を含む化学物質全体の環境影響評価の手法の可能性,そしてわが国の 医薬品環境影響評価とリスク管理のあり方について製薬企業からの提言について各演者にご発表をいただき,今後のあり方について検 討する。
    注:2010年4月より施行される改正化審法では,1トン以上が優先評価化学物質の対象
  • Keith C. SILVERMAN
    セッションID: S8-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    The presence of trace amounts of pharmaceuticals in the environment (PIE) is a concern to regulators, policy makers, community groups, and patients throughout the world. Government agencies, the scientific community and other stakeholder organizations are working to address this issue. As a result, several nations of the world have developed formalized regulations and frameworks to assess the transport, fate and effects (toxicity) of pharmaceuticals in the environment. The existing regulations generally require that environmental fate and effects testing be carried out to support the development of an environmental risk assessment (ERA). The final environmental risk assessment is then included in the marketing authorization application for the drug substance along with the standard data on product safety, efficacy, and quality. If a potential environmental health risk is identified during the ERA process, the environmental fate and effects data on the drug substance can be used by industry and regulatory authorities to develop strategies for risk management. This presentation will compare and contrast the current ERA frameworks in the European Union, the United States, and Canada. The presentation will address compliance strategies, lessons learned from experience and opportunities for improving new and existing frameworks in the future.
  • 西村 哲治
    セッションID: S8-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     欧米諸国では,1990年代後半から,医療もしくは畜産用の医薬品およびその代謝産物,個人で使用される家庭衛生用製品等の成分 である化学物質が,水環境から検出される事例が報告されている。我が国においても,下水,下水処理水,河川水および地下水などの 水試料から検出する事例が報告されている。近年,水環境から医薬品等を由来とする化学物質が検出されるようになった理由は,分析 技術の向上により極低濃度の化学物質が検出できるようになった背景があると考えられるが,生活習慣病の広がりや高齢化などに伴う 医薬品の使用量の増加,健康により気を配る社会的な背景が影響している可能性があるのであろう。これまでの報告事例では,実際に 検出された医薬品等を由来とする化学物質の種類は多数にのぼるが,一般環境水中における濃度はpptのオーダーと,一部の物質を除 き概して低い。しかし,医薬品はその使用目的から生物の生理作用や機能に作用を及ぼす化学物質が多く,一般化学物質と同様,環境 に放出された後には化学物質としての挙動と環境に影響を及ぼす可能性があることから,環境中に放出された際の生態系に対する影響 に関心は高まっている。
     欧米諸国では,医薬品の環境影響に関するガイドラインがすでに設定され,新薬承認申請の際の有効性や安全性の評価とともに,環 境影響評価のデータを提出することが試行的に始められている。我が国においても,国際的な視野にたった医薬品の環境影響評価法の ガイドラインに関する考え方を整理することは重要である。そこで,欧米で現在実施されている環境影響評価の考え方や手法を踏まえ て,日本における医薬品の環境リスク評価の考え方,評価法の手順・手法などについて整理する。
  • 鑪迫 典久
    セッションID: S8-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    一般的には環境中に放出される化学物質の環境リスク評価は,化学物質が環境中生物に与える「有害性の強さ(PNEC)」と環境中に放出 された化学物質がどの程度生物に到達するかの「曝露量(PEC)」によって示される。その2つの値の比(PEC/PNEC)をハザード比(HQ) とよび,HQが1以上ならばリスクの懸念があると考える。
    医薬品も化学物質の一種であるから,基本的には既存の化学物質に対する環境リスク評価の考え方を医薬品にも適用できると考え,欧 州医薬品庁(EMEA)の内容もほぼその既存の方法に沿っている。詳細な手法については触れないが,生態毒性試験として推奨される, OECDテストガイドラインのTG201(藻類), TG202, TG211(甲殻類), TG203, TG210(魚類), TG207(ミミズ)などをもとにPNEC を算出する。
    しかしこの一般化学物質の環境リスクの考え方を単純に並行移動させて医薬品に適用するには,幾つかの問題点を整理しておくことが 必要である。
    ・医薬品はヒトに対して明らかに生理活性を持つ。しかしそれらの生理反応が多種多様な野生生物に対してもヒトと同じように作用す るとは思えない。よって医薬品の分類(抗がん剤,消炎剤,向精神薬,,,など)が野生生物の影響を考える上では有効でない場合が多い。 どこに作用するか分からない物質の生物試験のエンドポイントはどうすればよいのか。上記の生態毒性試験だけで良いのか。
    ・ヒト医薬品の環境への曝露経路(動態)は,大部分下水処理場を介している。そして下水処理場では必ず複数の医薬品が存在し,医 薬品同士または医薬品と一般化学物質との相互作用が存在する可能性がある。個別薬品のリスク評価は処理場排水全体としては, 足し算か,引き算か,掛け算か? それとも別の総体的に捉える手法は無いのか。米国で工場排水の排水規制で行われているWET (WholeEffluentToxicity)規制は使えるか。
    上記の問題について考えを述べたい。
  • 東 泰好
    セッションID: S8-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     厚生労働省等の調査で,水環境における医薬品の検出が報告されている。その検出濃度は,医薬品の種類や調査地点,時期により変 動がみられるものの,多くがng/Lのレベルであり,薬効が期待される濃度や副作用が心配される濃度と比べ,はるかに低い。しかしな がら,極低濃度で長期間曝露される環境中生物相への影響に関しては,科学的データが殆どない。欧米では既に医薬品の環境影響評価 に関するガイドラインが制定され,新薬承認申請の際に有効性や安全性に関するデータと共に,環境影響評価のデータを提出すること が義務づけられている。わが国においても同様の環境リスク評価が求められることが予想されている。しかしながら,医薬品の環境影 響評価は,環境中への排出量の正確な把握(予測を含め)が難しく,気候・地理的条件等によっても影響され,また,極低濃度で長期曝 露された際の生物相への影響を正しく評価する方法も確立されていないことなどから,科学的根拠に基づいた完璧な「安全基準」を提示 すことは容易ではない。事実,このような問題の難しさを反映するかのように,既に規制を実施している欧米においても,環境影響評 価ガイドラインの見直しを含め,より適切なリスク評価・リスク管理のあり方についての議論が続いている。
     一方,医薬品が有する医学的・社会的便益の大きさを考えると,環境リスク評価の結果に基づいて策定されるリスク管理のあり方も また慎重であることが求められる。
     環境に対する影響を心配することなく,必要な医薬品を安心して使っていただけるようにするためにはどのような環境影響評価の方 法が科学的観点から好ましいか,また,社会全体としてどのようなリスク管理が望ましいかについて,製薬業界の立場からの提案を交 えながら考えてみたい。
ワークショップ
ワークショップ1
W1 マイクロRNAのトキシコロジーにおける役割
  • 中島 美紀
    セッションID: W1-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     マイクロRNA(microRNA, miRNA)は22塩基程度のnon-coding RNAであり,標的となるmRNAの主に3'-非翻訳領域に部分相補的 に結合し,翻訳を抑制またはmRNAを分解することにより発現を負に制御する。miRNAは細胞の分化,発生など様々な生命現象の制 御を担っており,miRNAによる制御システムの異常が癌や糖尿病など多くの疾患の発症や進展と大きくかかわっていることが明らか になってきた。ヒトではこれまでに700種類以上のmiRNAが同定されており,ヒト遺伝子の30%以上がmiRNAによって制御されてい ると推定されている。個々の遺伝子について,制御に関わるmiRNAが徐々に解明されてきているものの,情報はまだ十分とはいえない。
     シトクロムP450(CYP)は薬物や環境因子などの生体外異物の解毒や発癌性物質の代謝的活性化を担う重要な薬物代謝酵素である。 我々は,エストラジオールをDNA損傷性の代謝物に変換し,多環芳香族炭化水素類の代謝的活性化を触媒するCYP1B1がmiR-27bに よって制御されていること,多くの薬物の解毒を担うCYP3A4の発現を制御する転写因子PXRやHNF4αがmiRNAによって制御され ていること,アセトアミノフェンやハロタンなどの代謝に関与するCYP2E1がmiR-378によって制御されていること,などを明らかに した。これらの発現制御における生理学的,薬理学的および毒性学的意義について議論する。
     また近年,miRNAが血中に安定的に存在することが明らかになり,癌や糖尿病などの病態を反映するバイオマーカーとなることが 注目されている。我々は,特異的なマーカーが存在せず,病型の診断が困難な種々の肝障害のバイオマーカーとなる血中miRNAの探 索を行っており,得られた最新情報についても併せて紹介する。
  • 福島 民雄
    セッションID: W1-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    マイクロRNAは約20bpの小さなRNAであり,たった1種類で数百種類のmRNAを制御し,mRNAの安定性及びタンパク質発現の制御 を行っている。近年,肝毒性や発ガンに関与するマイクロRNAの研究が行われ,組織中だけでなく,血中に漏洩したマイクロRNAの 存在も確認されており,バイオマーカーとしての応用も期待されている。発生生殖の分野では,精子形成,精巣成熟に関与するマイク ロRNAが報告されているが,精巣毒性におけるマイクロRNA発現への影響に関する研究はほとんどない。本研究では,精巣毒性に関 与するマイクロRNAを検討するため,精巣毒性を惹起するエチレングリコールモノメチルエーテル(EGME)を50及び2000mg/kgを ラットに単回経口投与した。その後,投与6及び24時間後に発現変動するマイクロRNAを,マイクロアレイ法にて網羅的に検討し,特 定のマイクロRNA発現を定量PCR法にて確認した。その結果,EGME 2000mg/kg 投与6または24時間群で対照群に比し,miR188, 125a-3p,760-5pの発現は2~10倍増加し,miR449a, 92aは半減した。TargetScanによる解析から,これらのマイクロRNAは精 子形成に関与するInhibinB,Notch1,Caspase,BcL2などを制御することが予想された。EGMEの精巣毒性にはアポトーシスの関 与が知られているが,InhibinBのようなホルモンやNotch1シグナルを介した精子形成異常のメカニズムへの影響もあると示唆された。 また,発現変動したマイクロRNAの中には,精巣に特異的なものあり,精巣毒性における新たなメカニズム探索のツールとして,さら に精巣毒性評価のためのバイオマーカーへの応用が期待される結果となった。これらの知見を踏まえ,精巣毒性におけるmiRNAの役 割を議論したい。
  • 瀧 憲二
    セッションID: W1-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    マイクロRNA(microRNA, miRNA)とは生体内で産生されるタンパク質をコードしないノンコーディング(non-coding)RNAの1種で, 約20-25塩基の長さで存在している小さな1本鎖RNAである。各動物種で数百のmiRNAが同定されており,がん細胞特異的に発現す るものや,肝毒性発症への関与が示唆されるmiRNAの存在も明らかになってきているが依然として多くのmiRNAの機能は不明のまま である。
    胎盤は,胎児と母体とを結ぶ器官であり,栄養,免疫などを胎児側に供給している重要な器官であり,胎盤での異常が胎児の催奇形性 を惹起することも知られている。近年,胎盤で特異的に発現するマイクロRNAがあることが見出されたが,胎盤毒性との関連性につい てはよくわかっていない。
    本研究では,胎盤毒性とmiRNA発現との関連性を検討するため,6-mercaptoprine 60mg/kgを妊娠SDラット(妊娠11日および12日) に2日間反復腹腔内投与した。妊娠13日または妊娠15日に帝王切開し,妊娠状況を確認した。胎盤重量については,妊娠15日で顕著 な減少がみられた。着床数,黄体数に変化はなかった。胎児の生存数にも影響はみられなかった。胎盤からmiRNAを含む総RNAを抽 出して,Agilent miRNA arrayにて,発現変動するmiRNAを検討したところ,胎盤重量に大きな影響のなかった妊娠13日において多 くのmiRNAが発現変化していた。発現が変化したmiRNAには,miR-21やmiR-23aなどの発現が増加していた。これらのmiRNAは胎 盤で発現していることが知られており,胎盤で重要な機能を有することが示唆される。また,これらのmiRNAは胎盤重量変化が起き る以前から変化しており,毒性変化の初期の変化を反映していると考えられる。既報に加え,これらの知見を含め,胎盤毒性発現にお けるmiRNAの役割について議論していきたい。
  • 柴山 良彦, 田口 深雪, 池田 龍二, 古川 龍彦, 武田 泰生, 山田 勝士
    セッションID: W1-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    【目的】マイクロRNA(miRNA)は,相補的な複数のメッセンジャーRNAと部分的にハイブリダイズすることにより,遺伝子の翻訳を制 御すると考えられている。miRNAはがんの発生や悪性化との関係が示唆されているが,本研究では薬剤耐性に関与しているP糖蛋白質 (P-gp)が高発現している細胞におけるmiRNAの発現変化について検討を行った。
    【方法】ヒト咽頭癌由来KB-3-1細胞,KB-3-1をコルヒチン処理により選別した多剤耐性細胞であるKB-C2細胞(1),そしてKB-3-1に MDR1 遺伝子(ABCB1)を導入したKB-G2細胞,さらにK562細胞およびMDR1 遺伝子を導入したK562-MDR1細胞を用いた。本研究 ではがん細胞における悪性化との関連が示唆されているmiRNA30b, 93, 98, 126, 210の発現の変化をTaqMan MicroRNA Assayに より検討した。
    【結果】多剤耐性細胞であるKB-C2細胞では,対照群の細胞に比べmiRNA126と210の発現が有意に低下しており,miRNA98の発現 は上昇していた。一方,miRNA30bおよび93の発現に変化は認められなかった。一方,MDR1 遺伝子を導入した細胞であるKB-G2, K562-MDR1細胞では,分析したマイクロRNAの発現に変化は認められなかった。
    【考察】P-gpの遺伝子を導入した細胞ではmiRNAの発現変化は認められなかったが,KB-C2細胞ではmiRNA126,210および98の発現 に変化が認められた。KB-C2はビンクリスチンなどの複数の抗がん薬に耐性を示し,P-gpを高発現していることが報告(1)されているが, 本研究結果はがん細胞の薬剤耐性化にmiRNA98,126と210が影響を及ぼす可能性を示唆している。
    (1)Ichikawa et al., J. Biol. Chem. 266, 903-8, (1991).
  • 吉田  武美
    セッションID: W1-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
    最近,20~30塩基程度の低分子RNA(small RNA)が遺伝子発現制御に重要な役割を果たしていることが明らかにされている。Small RNAの中でも,その機能や発現の研究が基も進んでいるのがマイクロRNA(miRNA)である。すでに,特定の疾患においてmiRNAの発 現プロファイルの変化が関与していることが多く報告されており,各種病態下で発現変化するmiRNAが遺伝子発現の変動を引き起こ していると考えられている。これらの知見は,実験動物やヒトへの薬毒物暴露において生じる様々な遺伝子発現変動にも,miRNAが 一定の役割を演じていることを示唆する。これまで薬毒物の毒性を遺伝子の発現プロファイルの解析により予測や評価を行うトキシコ ゲノミクスの研究が盛んに行われている。この既存の遺伝子発現による毒性評価に,新規にmiRNAの発現プロファイルを組み込むこ とが出来れば,より詳細な毒性評価が可能となると考えられる。本ワークショップでは,これまで得られている各種情報を紹介すると ともに,我々が実施している薬物代謝酵素や薬物トランスポーターなど,多くの遺伝子を誘導するPBと金属毒性としてカドミウムを 用いた例を紹介する。C57BL/6系雄性マウスにPB(100mg/kg)あるいはカドミウム(CdCl2として3mg/kg)を腹腔内投与一定時間後に 肝臓を摘出し,遺伝子発現とmiRNA発現変動の関連性を検討した。肝臓より抽出した総RNAを用いて,アジレント社製DNAマイクロ アレイ及びmiRNAマイクロアレイにより解析したところ,PBは,176個の遺伝子(薬物代謝酵素で48個,トランスポーターで12個)が 2倍以上の発現変動を示した。また,miRNAマイクロアレイの結果,PBにより90個のmiRNAが1.3倍以上の発現変動を示した。一方, Cdは,変動の増減比によるが,数百から一千以上の遺伝子の変化と数百のmiRNAが変動した。Cd投与では,投与初期の増減変化 から,経時的に,miRNAが減少していく方向にあった。薬毒物によって誘導される遺伝子発現変動にmiRNAが一定の役割を担ってい る可能性が示唆された。以上のような紹介も含め,miRNAに関する議論を進めたい。
ワークショップ2
W2 サル類における最近の毒性評価
  • 福西 克弘, 柴生田 由美子, 原 卓司, 西条 武俊
    セッションID: W2-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     実験動物としてのサル類利用の現状と将来予測を目的として,PubMedを用いて2007年までの30年間のサル類を用いた研究に関す る文献数の推移を5年ごとに集計して解析した。
     対象としたサル類はカニクイザル,アカゲザル,マーモセット,リスザル,ヒヒ,チンパンジー及びニホンザルとした。調査した領 域はサル類を用いた,毒性,薬理,薬物動態及びその他とした。毒性領域については,肝毒性等の器官毒性,抗体医薬等の新規毒性, 生殖発生毒性,がん原性等とした。また,薬理領域は,動物モデルを含む種々の疾患での利用,新技術(遺伝子技術,ES細胞等),治 療法(遺伝子治療,再生医療等)等とし,薬物動態やその他の研究領域に関しても文献数の推移を調査した。
     サル類の累積文献総数はアカゲザルが最も多く,次いでチンパンジーであった。初期にはアカゲザルが増加し,次に約10年遅れてヒ ヒ及びチンパジーが,さらに10年遅れてカニクイザルが増加していた。特に,近年(2003-07年)ではチンパンジーの著しい増加がみ られた。
     毒性領域の文献数では,アカゲザルは1973-77年から,カニクイザルは約15年遅れて増加した。一方,ヒヒは1983-87年をピー クとして,以降は減少傾向が続いた。上記の傾向は今後も続くものと予想される。
     薬理関連領域ではカニクイザル,アカゲザル及びマーモセットは免疫疾患及びがん関連領域で,また,マーモセットは中枢系疾患 領域での使用増加が予想される。サル類で得られた薬効データを医薬品開発に生かすための新技術としては,ゲノム情報やGenomic biomarker等でアカゲザル及びチンパンジーの文献数が増加した。一方,薬物動態領域ではアカゲザルでのトランスポーターに関する 文献数が近年急増しており,薬物代謝及び薬物相互作用領域に関する文献数も増加していることから,この傾向が続くことが予想される。
  • 渡部 一人, 櫻井 貴之
    セッションID: W2-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
    会議録・要旨集 フリー
     バイオ応用医薬品の非臨床安全性評価におけるヒト以外の霊長類(NHPs)の利用機会は,ヒト標的分子に対する特異性が優れたヒト 抗体医薬品等の開発が急速に拡大しているために益々増えてきている。毒性試験に汎用される実験動物のうち,遺伝子学的に最もヒト に近いNHPsを用いて安全性評価を行うことの科学的妥当性が高いことは自明であるが,TGN1412治験での事故の教訓からも,安易 にNHPsのみを適切な動物種と規定することが危険なケースも見受けられる。すなわち,バイオ応用医薬品は難病治療の画期的な新薬 として有望視される反面,より注意深くデザインされた非臨床安全性評価の必要性とヒト副作用予測技術の向上が問われてきている。 加えて,限りある資源としてNHPsの有効利用を推進する上で,3Rsの精神を遵守することが重要な課題と認識されている。これらの 背景を踏まえて,ICH S6「バイオ応用医薬品の非臨床評価ガイドライン」の補遺作成における専門家作業部会では,5トピックス(動物 種選択,試験デザイン,生殖発生毒性,免疫原性,がん原性)について議論が交わされた。
     本ワークショップでは,これらの最新の国際動向を踏まえてバイオ応用医薬品の非臨床安全性評価におけるNHPsの利用価値と留意 点,並びに試験の組合せや新たな試験系に関する話題を提供すると共に,機能的な相同タンパク(サロゲート)を用いた代替評価法また はヒト標的分子を有する遺伝子操作動物の利用価値及び解決すべき課題についても提言したい。また,利用可能なNHPsは遺伝子学的 な統御に基づく国際標準化は困難なため,データの精度や再現性の観点から,げっ歯類に比べて安全性評価上に留意すべき点も多い。 これらの問題点を克服するために,マーモセットの国際標準化へ向けた取り組みや遺伝子操作モデルへの発展なども興味深い話題とし て紹介する。
  • 小原 栄, 寳来 直人, 中村 隆広
    セッションID: W2-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
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    疾患モデル動物は,ヒト疾患の病態解明とその診断・治療法の確立に重要な役割を果たしている。マウスやラットなどの小動物では, 遺伝的背景が明確な系統が維持されており,その中から自然発生疾患モデルや遺伝子組換え技術を応用した疾患モデルなどが数多く作 られている。ところが,サル類はマウスやラットのように系統化されておらず,遺伝的背景についてはほとんど調べられていないのが 現状である。例えば,カニクイザルのコラーゲン誘発関節炎(Collagen induced Arthritis;CIA)モデルは,ヒト関節リウマチに極め て類似した病態を示すことから,注目されている疾患モデル動物である。しかしながら,CIA発症については個体差があり,安定した モデル動物の供給が難しい問題点も持っている。ヒト関節リウマチの場合,ヒト白血球抗原型(Human Leukocyte Antigen;HLA)領 域に位置するHLA-DRB1遺伝子の多型などが,リウマチの発症と極めて強い関連性を示すことが知られている。そこで我々は,カニ クイザルCIA発症に関連する遺伝子も,HLA領域に相当する主要組織適合遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex;MHC) 領域(Mafa)に位置するものと考え,この領域内にある6種類のマイクロサテライトマーカーを用いて多型解析を実施した。その結果, Mafa-DRB1マーカーの特定のアリルにおいて,コラーゲン刺激に対して感受性が低いことが明らかとなった。また,このアリルを有 する個体を除外することで,発症率は個体選抜前と比較して63.5%から81.8%にまで上昇した。以上の結果から,カニクイザルにお いてMafa-DRB1 遺伝子がCIA発症に関与していることが明らかとなり,ヒト関節リウマチと病態だけでなく遺伝的背景も類似してい ることが明らかとなった。
  • 伊勢 良太, 宇野 泰広
    セッションID: W2-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/18
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    霊長目オナガザル科マカク属であるカニクイザルは,実験動物として前臨床試験に用いられている。近年のゲノム解析技術の発展に伴 い,2007年には同じくマカク属であるアカゲザルのゲノム配列が解読され,マカク属の遺伝学的な情報の整備が進んでいる。一方,げっ 歯類を用いた網羅的な遺伝子発現解析は,医薬品開発の分野でtoxicogenomicsやpharmacogenomicsとして活用されており,毒性お よび薬効作用機序の解明は開発時間の短縮,コスト削減,リスク軽減等の面から重要である。しかしながら,カニクイザルの遺伝子発 現解析に関してDNA microarrayを用いて実施した例は,げっ歯類と比較して未だ少ない。これまでに我々は,1)epinephrine誘導タ コツボ心筋症カニクイザルにおけるmetoprololの薬理機序の検討,2)カニクイザルcytochrome P450(CYP)の遺伝子発現解析ツール 開発と応用,3)サリドマイド投与によるカニクイザル胎児の催奇形性誘発機序,に関する研究においてDNA microarrayによる遺伝子 発現解析を実施した。1)では,左心室心尖部を心基部と比較し,薬効マーカーとなる遺伝子挙動を解析・同定した。2)ではカニクイザ ルCYPに特異的なプローブを搭載したDNA microarrayを作製し,臓器別発現分布に加え,初代培養肝細胞を用いてCYPの誘導を解析 した。3)では,ヒトで特異的な催奇形性が知られており,マカク属でも再現可能なサリドマイドによる胎児への影響に関して,変動遺 伝子をシグナル伝達の点から考察した。本発表では,これらの解析内容を薬効薬理試験,薬物動態試験,生殖発生毒性試験への応用を 考慮しながら,カニクイザルの遺伝子発現解析で得られた知見を提示し,カニクイザルの有用性について報告する。
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