日本毒性学会学術年会
第49回日本毒性学会学術年会
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年会長招待講演
  • 岩田 久人
    セッションID: IL
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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     ワンヘルス(One Health)は、ヒト・動物・生態系の健康を持続的に調和・最適化することを目的とした統合的なアプローチである。現在世界的に問題となっている人獣共通感染症や薬剤耐性に関する研究の展開に伴い、公衆衛生学・獣医学分野の研究者によってワンヘルスは明確に認識されつつある。一方、環境毒性学研究者は近年までワンヘルスを意識してこなかったが、環境汚染物質問題をワンヘルスの視点で研究する基盤の構築は、ヒト・動物・生態系の健康に関する知見を統合し、地球上の全ての種の健康を監視・評価・保全するための活動を加速させる機会を提供するであろう。環境毒性学研究者の多くは学際的な環境科学研究者と連携してきたので、環境汚染物質問題のワンヘルスを推進するのに適している。

     我々はこれまでに、環境生物・非モデル生物を対象に環境汚染物質の影響とリスクに関する研究に従事してきた。その過程で、これら生物由来の細胞内受容体(AHR・PPAR・ERなど)のcDNAクローンを用いて構築したin vitro実験系が環境汚染物質に対する選択性や感受性を予測し、リスクを評価するためのツールになることを示してきた。さらに、これら受容体タンパク質のin silicoホモロジーモデルや環境汚染物質とのドッキングモデルは、多くの場合in vitroで得られた結果を支持しており、in silicoによるハイスループットなリガンドスクリーニングの可能性を示唆した。近年では、環境生物から単離した線維芽細胞や、線維芽細胞から誘導した神経細胞を用いたin vitro実験系での環境汚染物質のリスク評価法の確立に取り組んでいる。また野生個体群を対象に、トランスクリプトーム・プロテオームの解析により、環境汚染物質の影響評価も試みている。

     本発表では、これら成果とともに、環境汚染物質問題のワンヘルスを推進する際の課題と展望についても触れたい。

特別講演
  • 坂本 峰至
    セッションID: SL
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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     水俣病の原因物質は、チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造工程で副生されたメチル水銀である。成人の水俣病患者における神経病変は大脳の特定部位と小脳に起こり、傷害部位に応じた神経症状を呈した。さらに、脳性麻痺の症状を呈する子どもの多発が、汚染が最も激しかった時期に確認されて研究者らの注目を集めた。後になって、胎盤を介したメチル水銀による胎児性水俣病であることが確認された。妊娠・出産時の児は正常に見えたが、授乳期以降の首がすわらない、言葉を発しない、歩かないなどの運動機能や精神の発達遅滞によって、母親は子どもの異常に気づいた。昨年放映された「MINAMATA」の主人公であるユージン・スミスが撮った重篤な症状を呈する胎児性患者を抱きかかえて入浴する母親の写真は、胎児性水俣病の特徴を示す象徴的な一枚と言える。胎児性患者の母親が話す「子どもが毒を吸い取ってくれたから自分は無事であった」という言葉が印象に残った。

     私が国立水俣病研究センター(現、国立水俣病総合研究センター)で研究を始めた当時、WHOが発行した「環境保健クライテリア101メチル水銀(1990)」は、特にメチル水銀の胎児影響についての研究が必要であると勧告していた。水銀研究の第一人者であった故鈴木継美先生から「君の武器となる研究をはじめなさい」という助言を受けたこともあり、次世代を担う胎児の脳をメチル水銀の毒性から守るリスク・マネージメントに繋がる研究を行うことを決めた。

     本講演では以下の話題を紹介する。①水俣病の背景と胎児性水俣病発生、②母親から児への胎盤や母乳を介するメチル水銀移行、③臍帯中メチル水銀濃度が示した汚染の推移、④水俣病における男児出生性比の低下、⑤脳の発達ステージごとの高感受性部位、⑥セレンによるメチル水銀毒性防御、⑦妊婦における魚食のリスクとベネフィット、⑧水俣病におけるセレン濃度上昇。

教育講演
  • 堀井 郁夫
    セッションID: EL1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    医薬品安全性評価の基本的命題は「医薬品の安全性を担保することでなく、誘発されうる毒作用を明確に提示し、ヒトでのリスク評価・管理する」ことにある。その遂行上、安全性評価(薬効および毒作用)が多様性学問領域に裏打ちされた生命科学的同一プラットフォームにある事を理解する必要がある。医薬品開発研究において、薬効および毒性の明示とその作用機序を明らかにするとともにヒトへの外挿性検討やそのリスク評価(程度・容認性・軽減性・回避性など)・リスク管理(患者への的確な医薬適用提示など)に的確な情報を提示する事が要求される。

    実際的には、病気・病因に対する薬効薬理学的知見の把握・理解から始まり、誘発される毒性の特定から安全性評価が進められる。毒作用毒作用発現機序機序解明の原点は、創薬のターゲットから捉えたMOA(mode of action)と毒作用発現状態を提示したAOP(adverse outcome pathway) の両面思考を合わせて考究していくことにある。毒作用発現機序を提示する事は、それに関わる指標(バイオマーカー)を設定する事に繋がり、ヒト適用時のリスク評価・管理の方向性の提示に重要な役割を果たす。また、創薬初期から承認申請に至る過程でのリード・開発候補化合物選定時におけるDecision-makingへの貢献度は高い。更に、開発の方向性の示唆・決定や開発途中での “Go” “No-Go” DecisionやClinical hold への対応に意義のある情報を提供する。

    現実的に、医薬品安全性評価が承認申請上の観点から規制科学的な思考で展開されるのが常道とされていことは否めない。然しながら、生命科学の基盤に規制科学が立脚している事、新しい医薬医療の場には生命科学的思考が不可欠であることを忘れてはならない。

  • 渡辺 知保
    セッションID: EL2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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    人新世は,ごく最近始まった地質時代区分の名称として提唱されている言葉で,一言で言えば人間活動の規模に比較して相対的に地球が小さくなった時代ということになる.この人新世において毒性学の取り組むべき新たな課題について,プラネタリー・ヘルスという概念を紹介しつつ考えてみたい.プラネタリー・ヘルスとは,「地球と生態系の健康」と「ヒトと人間社会の健康」という2つの健康を考え,両者の相互依存する関係を定量的に明らかにし,両者が持続可能になるような方策を見極める研究・実践をまたぐ枠組みである.

    地球の大きさが相対的に縮んだことは,2つの点で毒性学と関係してくると考える.第一に環境中に放出された物質は,拡散・希釈されても環境中から消失するわけではない.したがって,環境中の物質の分布と(代謝されることによる)消失のスピードとが問題になることであり,様々な空間・時間スケールの中での物質の環境動態と.そこに生息する動植物の生態とを両睨みするような研究が必要となる.(従来の毒性学とは離れているが,CFCsによるオゾンの枯渇,GHGsによる気候変動なども物質の偏在が引き起こした問題である).第二に狭くなった地球にはヒト以外の生物が多数住んでおり,ヒトと環境を共有しており,また様々なタイプの生態系サービスを介してヒトの健康や社会にも影響を与えている.したがって動植物になんらかの毒性影響が及ぶ場合,それらの生物の生存や健康が問題になると同時に,生態系サービスの低下による人間社会への影響も考慮する必要がある.これらの課題はいずれも実験室における毒性学の知見を踏まえつつも,環境や生態系の数理モデルを用いたり,実際にフィールドに出てデータをとったりというアプローチが必要になってくるだろう.人新世の毒性学は忙しくも魅力的な挑戦に満ちた分野であり続けるに違いない.

  • 石井 健
    セッションID: EL3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    新型コロナウイルスのパンデミックは世界を一変させ、科学、医療、行政、そして外交や経済にまで大きく影響を与えました。特に、2020年はワクチン開発研究の革命が2つ起きた年として歴史に刻まれるでしょう。一つはmRNAという新たなワクチンの登場、2つ目はワクチンの臨床試験方法の革命です。30年前に登場した核酸ワクチンの歴史とサイエンス1,2、これから近未来に起こるワクチンに関する話題を基礎研究から臨床試験までお伝えします3,4。

    今回ほどワクチンが世界の人々にとって「自分事」になったことは今までなかったことですし、感染症や免疫だけでなく、毒性学も巻き込む基礎研究、臨床研究分野にも新しい潮流が生まれてきており、異分野融合が進むことが期待されます。一方、世界を見渡すと、ワクチン忌避や、ワクチン接種が進んでいない国も多くある現実があり、日本はもっと安全で良く効くワクチンを世界に提供しGlobal health coverageに貢献することが期待されています。本講義では「100 Days Mission to Respond to Future Pandemic Threats」やポストコロナのワクチン開発研究の新展開を議論できれば幸いです。

  • Alistair BOXALL, John WILKINSON, Alejandra BOUZAS MONROY
    セッションID: EL4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    We will all use pharmaceuticals at some stage in our life. During manufacturing and following their use, these substances can be released to the natural environment. As pharmaceuticals are biologically active substances, in recent years there has been increasing interest from scientists and the general public over the potential impacts of these molecules on aquatic and terrestrial organisms and on humans that consume contaminated drinking water and food items. To understand the impacts of pharmaceuticals in the environment it is essential to understand the concentrations of these molecules in the environment. Over the past two years, the University of York have been co-ordinating the Global Pharmaceutical Monitoring project which has quantified levels of pharmaceutical pollution at 1000 locations across 105 countries. Highest levels of pollution are seen in rivers in Africa and Asia receiving inputs from manufacturing plants, raw sewage disposal or trash dumping. Comparison of the data with available ecotoxicological effects data suggest that, at the most contaminated sites, the growth and reproduction of fish and invertebrate populations will be impaired and the levels of antimicrobial resistant bacteria will be enhanced. Solutions are therefore urgently needed to this problem in order to protect the health of ecosystems and human populations across the globe.

シンポジウム1
  • 高山 和雄
    セッションID: S1-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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     肝臓は体外から来た薬物や病原体などの異物の影響を受けやすい臓器であり、適切な治療を行わない場合には、肝線維化を経て、肝硬変や肝癌に至るリスクがある。異物暴露を原因とする肝疾患の病態を明らかにし、創薬研究を行うために、様々なin vitro肝細胞モデルが使用されている。しかし、平面的かつ静止状態で培養している肝細胞を用いた薬物評価試験の臨床予測性は十分に高くないことが課題である。そのため、生体内の三次元的かつ動的環境をin vitroで再現できるMPS技術を用いて開発した肝臓チップの創薬応用が期待されている。高機能かつ実用的な肝臓チップを作るためには、マイクロ流路デバイス製造と肝臓構成細胞作製の両面からの統合的な技術開発が必須である。

     我々は加工性の高いポリジメチルシロキサン(PDMS)を用いたデバイスを主に使用しているが、PDMSは薬物の収着リスクが高いことが懸念されている。薬物のPDMS製デバイスへの収着を検討したところ、薬物のlogD値によって、収着レベルを予測可能であることを見出した。最近、低収着性素材を用いたデバイス開発も行っており、本デバイスを用いることで、薬物収着リスクのほぼないアッセイが可能であることを確認している。

     我々は生体内の肝臓を再現することを目指し、上記で開発したデバイスに肝細胞や胆管上皮細胞、血管内皮細胞などの肝臓構成細胞を搭載し、胆管および血管構造を持つ肝臓チップを開発した。この肝臓チップを用いて、薬物毒性試験や代謝試験が実施できるだけでなく、胆管内への胆汁酸成分や薬物の排泄も評価できる。また、肝臓チップを用いて、新型コロナウイルスなどの病原体の感染を原因とする肝疾患の病態再現とその発症機序の解明も行っている。さらに、肝臓チップの有用性を検証するために、臨床データとの照合も行い、どの程度の臨床予測性を達成できたか確認している。

  • 松永 民秀
    セッションID: S1-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    バイオアベイラビリティは医薬品の効果や毒性を示す重要な因子であり、経口薬の薬物動態学的な予測において小腸と肝臓の初回通過効果を正確に評価することが必要である。肝臓の薬物動態研究においては、ヒト凍結肝細胞が最も広く用いられている。一方、ヒト結腸がん由来Caco-2細胞は小腸における薬物の吸収の予測に使われているが、トランスポーターや薬物代謝酵素の発現はヒト小腸と異なる。我々は、ヒトiPS細胞より低分子化合物を用いて薬物動態学的な機能を有する小腸上皮細胞に分化誘導する方法を確立した。近年、いくつかの組織や臓器を微小流路で連結して生体を模倣したmicrophysiological system(MPS)の技術は発達しており、医薬品開発におけるヒトのin vitroモデルとして注目されている。我々は、in vitroで初回通過効果を予測できるMPSの開発も行っている。シトクロムP450の基質薬物を小腸側に添加し、門脈相当部分と肝静脈相当部分において解析を行ったところ、経時的に基質薬物とその代謝物が検出された。ヒトiPS細胞由来細胞及びMPSは薬物評価系に使用されることが期待される。

  • 森口 博行
    セッションID: S1-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    Successful implementation of microphysiological systems (MPS) into drug discovery requires close communication between model developers and end-users to connect emerging technologies and context of use to build better systems (1). We have evaluated not only development devices but also commercial devices in the AMED project. Each of these devices has its own characteristics, and it was considered desirable to make the best use of those characteristics. For that purpose, the user needs to understand each device and select the device that suits each purpose.

    In this study, we collaboratively evaluated a new MPS as a tool for detecting hepatotoxicity after repeated exposure to chemicals. In addition, we explored the advantages of non-invasive monitoring, such as by optical coherence tomography (OCT), in the long-term culture in the MPS.

    We studied a new MPS device, consisting of a circulating small intestine-liver two-organ connection device developed at the Matsunaga Laboratory, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya City University (2). Human primary hepatocytes were seeded onto micro-patterned culture surfaces coated with mouse 3T3 feeder cells to form liver spheroids. The liver spheroids were exposed to acetaminophen (APAP) for 7 days, and the cytotoxicity of APAP was evaluated by ATP assay. Albumin, and APAP and its metabolites in the culture media were measured. Cell morphology was recorded by a phase-contrast microscopy and OCT. OCT data underwent image analysis.

    After APAP treatment, the appearance of the spheroids changed to a black-coloration. APAP concentration-dependent ATP reduction was observed, suggesting that this liver MPS is strongly able to detect hepatotoxicity after repeated exposure to potential toxicants. Image analysis of OCT data succeeded in counting spheroid numbers. In addition, APAP concentration-dependent decreases in volume, height, and surface area were observed. Albumin also showed an APAP-dependent reduction in culture media.

    This liver MPS is potentially applicable to the assessment of hepatotoxicity of chemicals after repeated exposure. OCT is useful for non-invasive monitoring of cellular morphology by image analysis.

    [Reference] (1) Biol. Pharm. Bull., 43 375-383(2020).

    (2) http://www.scetra.or.jp/business/

    [Funding] This research was supported in part by the AMED-MPS project

  • 石田 誠一
    セッションID: S1-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    MPSは一般的に「組織臓器内の血液の流れをin vitroで模倣し、血流が細胞に及ぼす力学的影響と共に、細胞の栄養素や代謝老廃物、または薬剤などの物質移動の影響をin vitroで解明できる培養装置」として定義できる。生体の細胞環境を模倣できるMPSは、新薬開発におけるin vitro評価の製薬企業が抱えるアンメットニーズを解消する培養技術として期待されている。新規評価系の開発は、定義された試験法が社会的に受け入れられること(社会実装)が行政的な利活用に向けた第一歩になると考えられる。MPSについては、現在創薬プロセスに組み込まれる為の技術要件がもつ具体的な課題についての議論が盛んに行われている状況にある。海外ではMPS World Summitなどの場などステークホルダーが集まる場が作られている。本発表では、令和3年度まで演者が参加してきたAMED-MPSプロジェクトにおける議論をもとに、創薬アンメットニーズに基づく「MPSの社会実装に向けた技術要件」の考え方を示し、レギュラトリーサイエンスから見た MPS 開発の課題について議論したい。

  • Paul VULTO
    セッションID: S1-5
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    健康な状態や病気の状態の生理学的な現象をOrgan-on-a-Chip(OOC)技術により包括的に捉えることができるようになってきている。特にこの技術を主に動物実験に代わる前臨床試験用に応用することが進んでいる。さらに、医薬品を効率的に創出するためには、創薬初期段階から薬効とともに毒性や薬物代謝の観点から総合的に評価することが重要である。創薬初期段階では、少量の化合物で多種の化合物を一度に評価するハイスループットスクリーニング(HTS)が必要になる。しかし、OOCの持つ複雑かつ緻密さが自動培養を困難にしほとんど実用化されていないのが現状である。加えて、複雑かつ三次元に構築される培養組織であるため、高効率に生理学的現象を数値化し解釈するに十分なデータを得ることができるアッセイ技術の開発が課題の一つである。

    ここでは、培養自動装置や分析装置に応用することを想定しデザインされている、MIMETAS社のOrgan-on-a-chipを用いて、腎臓や血管に関連するスクリーニングの事例、それから免疫系の細胞の挙動を数値化することを試みた事例を紹介し、今後のOOCをHTSに利用する上での課題や展望を発表する。

シンポジウム2
  • 藤本 和則, 渡邉 諒, 土屋 由美
    セッションID: S2-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    薬理標的に関する毒性学的懸念を洗い出すtarget safety assessmentにおいて、その標的をコードしている遺伝子が改変された動物の表現型情報は非常に有用である。一方、阻害剤に対するオンターゲット毒性をノックアウト動物で予測する際にはそのloss-of-functionのモードに違いがあることには注意が必要である。つまり、一般的にはノックアウト動物でみられる表現型はその標的をコードする遺伝子が胚発生期より不可逆的・恒常的に欠損することで発現しているのに対し、阻害剤でのオンターゲット作用に基づく表現型は個体出生後の特定の期間にその標的と阻害剤との可逆的・時間/濃度依存的な結合によりその活性が低下することで発現しており、この違いは生体の適応反応に影響し、それが最終的な表現型の違いを生じる可能性が示唆される。そのため、当社では薬理標的の妥当性を、遺伝子改変動物の表現型のみで判断することはせず、必ず適切な活性を有する化合物を用いた毒性試験の結果に基づいて判断している。

    また、発現した毒性がオンターゲット作用に基づいているのか否かを判断する際にも遺伝子改変動物は有用である。つまり、薬理標的を有していない動物に適切な薬理活性を有する化合物を投与し、その毒性が発現した場合にはオフターゲット作用、発現しない場合にはオンターゲット作用によると判断することができる。一方、遺伝子改変動物作製にはある程度の時間を要するため、このような評価を培養細胞を用いて行うことができれば、より効率的な毒性回避戦略の立案・実施が可能になる。

    本発表では、当社のこれまでの遺伝子改変動物・培養細胞の活用事例を共有・議論することで、今後の効率的な新薬開発の参考になることを期待する。

  • 上山 あずみ, 井村 智尋, 房前 裕順, 佐々木 義一, 奥野 隆行, 山本 美奈, 福島 民雄
    セッションID: S2-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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    RORγt阻害剤は、Th17細胞やγδ T細胞などのIL-17産生細胞の分化と機能を抑制することから、IL-17を介する乾癬や自己免疫疾患の治療薬として期待されている。一方で、RORγtは胸腺内リンパ球形成の過程でアポトーシス制御にも働いており、RORγt ノックアウトマウスでは胸腺内T細胞の分化異常と細胞周期異常がみられ、胸腺リンパ腫を発症する。そこで本研究では、RORγt阻害剤がオンターゲット性の副作用リスクを回避して乾癬治療薬となり得るかどうかを検証した。まず、ドキシサイクリン誘導性RORγtノックダウンマウスを構築し、10週齢からドキシサイクリンを投与した結果、先天性RORγtノックアウトマウスと同様の胸腺内T細胞異常とリンパ腫発症が観察されたことから、後天的なRORγt阻害によっても副作用懸念があることが示された。次に、経口吸収性の高いRORγt阻害剤を用いて、全身投与による薬効と胸腺への影響を調べた。乾癬モデルマウスに2週間連投すると、乾癬病態が抑制されたが、それと同時に、胸腺内T細胞において抗アポトーシス分子の発現低下と分化異常が観察された。一方、我々が創製したRORγt阻害剤S18-000003は、2週間の外用投与によって強力な乾癬病態の抑制を示し、胸腺内T細胞への影響はほとんど認められなかった。高い皮膚滞留性/低い血中移行性を有するRORγt阻害剤を開発することにより、副作用リスクの低い乾癬治療薬 (外用剤) を実現できる可能性を示した。

  • 高橋 智, 水野 聖哉, 杉山 文博
    セッションID: S2-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    遺伝子改変マウスは、医学・生命科学研究において必須の実験動物であるが、その作製には安定した技術と比較的長い時間が必要であった。特にマウスのゲノム改変が必要なノックアウトマウスやノックインマウスの作製には、胚性幹細胞(ES細胞)を用いた相同遺伝子組換え、ES細胞を用いたキメラマウスの作製が必要であり、ホモ変異マウスの作製まで1年から2年程度の時間が必要であった。しかし、2013年に報告されたCRISPR/Cas9システムを用いることにより、マウスの遺伝子改変はES細胞を使わずに受精卵での作製が可能となった。我々のセンターでは、受精卵を用いた遺伝子改変マウスの受託作製を行っており、既に多くの遺伝子改変マウスを作製し、供給している。本講演では、CRISPR/Cas9システムとマウス受精卵を用いた遺伝子ヒト化マウス作製の実際とその応用例、さらには注意点を紹介したい。

  • 依馬 正次
    セッションID: S2-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    これまで遺伝子改変マウスはヒト疾患を外挿する優れたモデル動物として長い間頻用され、薬効試験にも用いられてきた。一方、パーキンソン病、アルツハイマー病などのヒト疾患については病態を再現することが困難であった。

    非ヒト霊長類は解剖学的、生理学的、遺伝学的にヒトにより近いため、多くのヒト疾患を忠実に再現する可能性が高いと期待されてきたが、遺伝子改変の困難さが課題であった。これまでに我々は、非ヒト霊長類の1種であるカニクイザルに対して、レンチウイルスを用いてトランスジェニック動物を作製するとともに、CRISPR/Cas9法を用いたゲノム編集技術によって、ノックアウトマウス動物を作製し、ヒト疾患モデルカニクイザルを効率的に作出する基盤を築いてきた。講演では、常染色体多発性嚢胞腎(ADPKD)の原因遺伝子PKD1をノックアウトしたカニクイザルを用いた研究を中心に、これまでの遺伝子改変技術の開発とヒト疾患モデリングに対する我々の取り組みについて紹介する。

シンポジウム3
  • 三島 雅之
    セッションID: S3-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    1982年に世界で初めてのバイオ医薬品がFDAに承認されて以降、2000年のICH S6ガイドラインまで、我々は長い間バイオ医薬品の遺伝毒性試験を実施してきた。安衛法で要求する有害性評価からバイオ製品のAmes試験が除外されたのは2020年になってからである。1990年代にはバイオ医薬品のAmes試験や交差しないげっ歯類試験は無意味との意見があったが、なぜ企業はAmes試験を実施し続け、規制当局は要求し続けたのか。標準的な非臨床安全性試験パッケージから逸脱することを、皆が恐れたからである。現在では無用とされる試験を手厚く実施したが、致死的な毒性を発見できなかったTGN1412の悲劇が起きた。こうした歴史は、新モダリティへの対応は、過去の実績から離れる勇気を持ち、科学的に妥当と思われる方法で取り組むべきという教訓である。我々は、中分子ペプチド、遺伝子治療、核酸医薬品のような現在のニューモダリティの遺伝毒性評価をどう考えたらよいのだろうか。昨年、米国では開発中のAAVベクター遺伝子治療薬BMN307でマウスの最高用量群6/7例に腫瘍が発生して、FDAはクリニカルホールドを命じた。しかしながら、Ames試験で遺伝子治療の発がん兆候はとらえられそうにない。特定の部位にDNAが挿入されることが悪いので、ランダムに挿入される製剤なら問題ないとの考え方があるが、代表的な遺伝毒性発がん物質のほとんどはランダムに遺伝子変異を起こす。ここでは、中分子ペプチドと遺伝子・核酸医薬を中心に、ニューモダリティの遺伝毒性について、何を気にかける必要があるのか、それをどうやって見にいくのか、科学の視点で考える。

  • 橋本 清弘
    セッションID: S3-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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    強力な遺伝毒性発がん物質として知られているN‐ニトロソジメチルアミン(NDMA)がバルサルタン原薬へ混入するという事象が2018年に発覚し、これ以降に諸外国の規制当局から全ての医薬品について原薬合成及び製剤製造工程におけるニトロソアミン類が不純物として混入するリスクについて一斉点検を求める通知が発出された。本邦でも2021年10月8日に同様の通知が発出された。

    混入リスクが確認されると、ニトロソアミンの量を懸念の無いレベルまで低減する、あるいはゼロにする管理手法の設定が求められている。低減する場合、M7のコンセプトに則って10万分の1の発がんリスク以下に管理することが求められ、発がん性試験データがない化合物についてEMAはデフォルト値として18 ng/day以下を提示している。このデフォルト値はニトロソアミン類の中でも一番発がん性の強いNDEA等の発がん性データを根拠に設定されているが、その一方ですべてのニトロソアミン化合物が強力な発がん性を示すとは限らないことを示唆する報告もある。ICHM7ガイドラインでは不純物の遺伝毒性評価としてQSARの利用が認められているが、ニトロソ化合物についてはCohort of Concernとして「混入してはいけない不純物」と取り扱われてきた背景から、QSARが最適化されておらず発がんリスクを適切に見積もることが出来ていない化合物クラスとも言える。このため、今回の事象を契機としてこの化合物クラスの変異原性及び発がん性リスク評価を妥当に行うにはどのような情報が必要で、どのように評価を進めるのが適切かを当局と産業界で議論中である。

    本公演では、これらの経緯を紹介するとともに、ニトロソアミン類不純物のリスク評価方法にまつわる諸外国における規制当局と産業界での議論点について紹介する。

  • 戸塚 ゆ加里
    セッションID: S3-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    医薬品などの化学物質開発の際に、遺伝毒性の評価は必要不可欠である。現在汎用されているin vitro, in vivo遺伝毒性試験は、いずれも標的遺伝子の変異に伴う表現型を指標としているが、こういった手法では結果にバイアスがかかることが以前から懸念されてきた。一方、ノンバイアスな手法として、次世代シークエンサーを用いた変異解析が注目されている。特に、次世代シークエンサーにより得られた各々の変異スペクトルの内訳を、変異箇所の前後を含んだ周辺配列により分類したものを変異シグネチャーと呼び、環境暴露を反映することが知られている。さらに、変異シグネチャーにおいて、転写鎖側と非転写鎖側で変異頻度が異なる現象が観察される場合があり、これをストランドバイアスと呼ぶ。この現象は転写共役修復機構により起こるとされており、当該箇所の変異導入にはDNA付加体が寄与していると考えられている。つまり、これらのDNA付加体は、変異誘発に重要なDNA付加体、すなわち「ドライバー付加体」と考えられる。したがって、変異シグネチャーに関連するドライバーアダクトをスクリーニングして同定することで、化学物質が誘発する遺伝毒性のAdverse Outcome Pathwayを得ることも可能となり、より精度の高い遺伝毒性評価が可能になることが期待される。本シンポジウムでは、次世代シークエンサーによるゲノム解析やDNA付加物の網羅的解析などの集学的なアプローチを用いた研究について紹介し、これら手法を化学物質の遺伝毒性評価に応用する展望について述べる予定である。

  • 鈴木 孝昌, 山影 康次, 安井 学, 築茂 由則, 井上 貴雄, 小原 有弘, 杉山 圭一
    セッションID: S3-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    ゲノム編集の本質は、標的部位のDNA二本鎖切断にある。ゲノム編集の毒性としては、主に類似配列の切断による“オフターゲット毒性”が注目されているが、遺伝毒性の観点からはDNA二本鎖切断そのものの安全性、すなわち“オンターゲット毒性”が重要である。

    放射線の例のように、DNA二本鎖切断は染色体異常を引き起こしやすいと考えられるが、昨年CRISPR-Cas9によるゲノム編集で誘発される小核等の染色体異常がChromothripsisを引き起こすことが報告された。Chromothripsisは一度のイベントで大規模なゲノム不安定性を引き起こし、癌化や遺伝的疾患の直接の原因となることから、ゲノム編集の“オンターゲット毒性”として注目を集めた。我々は、ゲノム編集により異なる染色体上の2か所を切断することにより、切断した遺伝子間での融合遺伝子(染色体転座)を人工的に合成することを試みているが、この過程で起こるゲノム編集による染色体異常誘発性に関して、小核試験及びクロモソームペインティングによる染色体解析により検討を行った。

    HEK293T細胞を用い、2番染色体上のALK遺伝子と、7番染色体上のMETまたはSMO遺伝子間の転座融合遺伝子を作製するため、それぞれの遺伝子の特定箇所を切断するsgRNA発現ベクターを設計し、Cas9発現ベクターと一緒にトランスフェクションした。

    ALK/MET及びALK/SMOとも、ゲノム編集直後の細胞のクロモソームペインティング解析により、数パーセント程度目的とする染色体転座を観察するとともに、それ以上の頻度で、当該染色体切断点と推定される部位での染色体切断及び染色分体切断が観察された。一方、同様に小核誘発に関しても検討を行ったところ、多数の小核が観察されたが、これは使用したベクタープラスミド由来のアーティファクトであることが明らかとなった。そこで、小核誘発に関しては、プラスミドを用いず、Cas9タンパク質とsgRNAの複合体をトランスフェクションする方法を用いた検討を行っている。

    今後、これらの異常がchromothripsisを誘発する可能性に関して検討を行う予定である。

  • 井上 善晴
    セッションID: S3-5
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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     ゲノムを安定して正しく継承することは、すべての生物にとって最も根幹的な生命活動の一つである。何らかの原因によりDNAに損傷が生じると、細胞はそれを修復するまで細胞周期を停止させる。正しく修復が行われない場合、それは変異としてDNAに固定され、誤った遺伝情報が次世代へと受け継がれてしまう。DNAに損傷を与える原因は紫外線などの外的要因に加え、細胞内でのエネルギー代謝により生じる代謝物が遺伝毒性を示す例も知られている。その一例として、解糖系酵素の一つであるトリオースリン酸イソメラーゼ反応の中間体から生じるメチルグリオキサール(MG)は、DNAのグアニン残基とadductを形成する。

     筆者の研究室では、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)をモデル生物として、MGの生理機能について研究を行なっている。高濃度のMGは酵母だけに限らず全ての生物に対して致死的に作用するが、亜致死濃度のMGは酵母の核形態を球からjellybeansのような扁平な形に変形させることを発見した。真核生物の核は通常、球形である。高等真核生物と異なり、酵母は核分裂の際に核膜が消失しないclosed mitosisを行う。そのため、核分裂が起こるanaphaseの核は母細胞と娘細胞の間で成長軸に沿って引き延ばされるが、それ以外の細胞周期では基本的に球形である。酵母をMGで処理すると、サイクリン依存性キナーゼCdc28のTyr19のリン酸化が起こる(G2/Mアレスト)とともに、核はbud neck(母細胞と娘細胞の間)近傍の母細胞側で、成長軸に対して横に押されたような扁平な形状(jellybeans型核形態と命名)に変化し、娘細胞が核を受け入れるのに十分なサイズになっているにもかかわらず、核は母細胞に留まり核分裂が停止する。本シンポジウムでは、MGによる核分配阻害に関与するマシナリーの探索と、そのメカニズムについて考察したので紹介したい。

シンポジウム4
  • 佐藤 玄
    セッションID: S4-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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     健康・医療戦略(令和3年4月9日一部変更)によると,「我が国が健康長寿社会を形成するためには,医療分野の研究開発及び新産業創出を図り,それを通じた経済成長を図ることが重要であり,政府が講ずべき施策を総合的かつ計画的に推進するための計画として,本戦略を策定する」と書かれている。その具体的施策の一つとして,医薬品医療機器総合機構(PMDA)内に平成30年4月新設されたレギュラトリーサイエンスセンターにおいて,臨床試験データなどの活用,審査・相談の高度化や医薬品等の開発に資するガイドラインの策定等の取組の推進について記載されている。

     PMDAのレギュラトリーサイエンスセンターのウェブサイトを参照すると,申請電子データの収集・解析のイメージ図には,臨床試験のみならず,非臨床試験データについても言及されている。令和4年2月の時点で,非臨床のCDISC標準であるSENDの提出は日本で義務化されていないものの,PMDAが将来,臨床・非臨床のCDISC標準データを統合的に利活用することによって,承認審査及び安全対策の質の向上や,ガイドライン等の作成などに役立つと考えていることが伺える。

     本シンポジウムでは,臨床及び非臨床側からCDISC標準データの利活用について発表する予定である。本発表(非臨床側)では,SENDとその利活用と題して,単に臨床試験開始時,あるいは製造販売承認時の審査におけるSENDの活用(非臨床試験レビューの補助的な使用)に留まらず,より広く医薬品開発の上流から下流までを考慮して提示する。すなわち,臨床データとの統合的な解析や,蓄積したデータから浮かび上がる非臨床試験の適正化(対照群の削減や3Rへの貢献など),さらには非臨床試験ガイドラインへの反映など,より安全な新薬を効率的に開発するための電子データ利活用について議論する。

  • 小宮山 靖
    セッションID: S4-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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    既報[1]にて論じたようにデータの標準化は、①再利用を可能にする力、②相互利用を可能にする力、③異なる試験のデータを併合し単独の試験では得られない知見を得る力を持つ。CDISC標準が広く定着した将来においては、組織を跨いだデータの活用に関わる②、③の恩恵が期待される。複数の医薬品に共通する副作用の検討などの非競争的分野では、データ共有が比較的実現しやすい。Critical Path InstituteのPredictive Safety Testing Consortium[2]がその好例である。しかし、製造販売承認が近い、あるいは承認直後の段階にある新規性の高い医薬品では、これらのデータ共有は進みにくい。CDISC標準に遵ったデータを受け入れ、集積している規制当局は、競争的分野においても、上記②、③の力を発揮する機会を有している。企業を跨いだデータにアクセスできる規制当局は、申請者が自社のデータのみからでは見いだせなかった知見を得る可能性があるし、医薬品への反応に大きな影響を及ぼす効果修飾因子の探索や、反応を予測するためのより良いモデルを提案できる可能性もある。効果修飾因子に関する知見は、国際共同治験における一貫性評価のみならず、どのような背景を持つ患者集団が医薬品の恩恵を受けやすいか、受けにくいかの評価にも役立つ。反応の予測モデルは今後Model Informed Drug Developmentにおいて不可欠のコミュニケーションツールになっていくはずである。CDISC標準を実装することによって、上記②、③の力は企業側も強くなっていくし、企業を跨いだデータにアクセスできる規制当局も強くなっていく。両者が協力することによって、我々の医薬品評価はもう一段、二段、高いレベルに到達できるのではないだろうか。

    [1] 小宮山、淡路、土屋、橋尾、鈴木、月田、製薬企業における臨床試験データのCDISC標準化、レギュラトリーサイエンス学会誌 2020 年 10 巻 3 号 p. 169-174

    [2] https://c-path.org/programs/pstc/

  • 安藤 友紀
    セッションID: S4-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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    本邦では、新医薬品承認申請時の臨床試験の電子データ(申請電子データ)の提出が2016年10月1日から開始された。2020年3月31日には経過措置期間が終了し、現在、ほとんどの新医薬品承認申請の際に、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が必要とする臨床試験及び解析に関する被験者レベルの電子データが提出され、当該申請品目の審査に活用されている。

    医薬品開発においては、その開発の様々な段階で得られるデータや関連する外部情報を積極的に活用し、開発の効率化、迅速化につなげるという様々な提案や実際の活用がなされてきている。そのような積極的なデータ活用を検討する中で、標準化された臨床試験データは特に重要な位置付けとなると考えられ、PMDAにおいても、申請電子データの蓄積に応じた有用な情報の抽出及びその審査業務等への活用について検討しているところである。

    本発表では、申請電子データについて、データ提出を開始するまでの準備や検討、データの提出状況とその利用の現状、及び新医薬品の審査・相談に携わる中で考える今後のデータ利用について議論する。

  • 春日 寛司
    セッションID: S4-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    非臨床のCDISC標準であるSENDに準拠して作成されたデータ(SENDデータ)は、標準形式で格納されることから、累積による利活用が期待される。実データを用いて蓄積したSENDデータの利活用の模索を行うためには、最初にデータを蓄積するデータベース(DB)を準備する必要があるが、このDBの設計のためにはデータの詳細(Domain/Variable)に関する適切な理解が重要である。しかし、特に各インターフェースに対応させるDomainセット及びこれを構成するDomain間のキーの設計検討のためには実データ解析による実態把握が必要であり、複数の作業を並行して行わなければならないというジレンマが存在する。

    我々は、スポンサーからSENDデータが提出されDBに蓄積したという仮定で、その利活用を模索している。開発計画の選択肢の一つとして、データ格納・クエリ・インターフェース構築をリレーショナルデータベース(RDB)アプリケーションを用いて簡略化し、簡易的に設置したDBを作成しているところである。そして、AMED研究班活動の一環で、スポンサーよりボランティア提出されたSENDデータ(XPTファイルセット)を用いた解析の試行として、Domain間のキー検討を開始した。

    現在、特定の機能に特化させず、改修を前提とした設計のDBを受皿に、SENDデータを累積し、今後の可能性及び開発方針を検討している。仮実装の段階で(1)データを継続的に累積する上で必要となる構造設置、及び、(2)異なるXPTファイルセット間での物質名等の表記揺れへの対応の、2つの必要性を認識した。本発表では、これらの点を可能な範囲で共有し、現状の進捗状況を示すとともに、今後の展開等について考察を行いたい。

シンポジウム5
  • Kyuhong LEE, Mi-Kyung SONG, Sung-Hoon YOON, Dong Im KIM, Jiyoung PARK, ...
    セッションID: S5-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    Since the available scientific evidence on the causal relationship between chloromethylisothiazolinone and methylisothiazolinone(CMIT/MIT) exposure and lung injury is limited, the victims exposed to CMIT/MIT exposure remains unresolved.

    Two studies have performed and compared responses of the mouse lung to inhaled and intratracheally instilled the CMIT/MIT.

    Intratracheal instillation of CMIT/MIT induced increase in the number of eosinophils and neutrophils, and concentrations of T helper 2(Th2) cytokine in BALF. Moreover, CMIT/MIT induced increase the epithelial cytokine expression like IL-25, IL-33 and TSLP in lung tissue. Histopathological analysis revealed increased eosinophilic inflammation, mucous cell hyperplasia, and fibrosis following CMIT/MIT instillation.

    Inhalation of CMIT/MIT induced an increase in the number of inflammatory cells and the concentrations of Th2 cytokines in BALF. Epithelial cytokine expression were also increased. However, inhalation of CMIT/MIT did not induce significant histopathological injuries. We suggests that the initial stage of Th2-mediated lung injury was induced in current exposure condition.

    Although our data are insufficient to reflect the entire responses induced by CMIT/MIT, this is the first study to demonstrate the association of inhalation exposure of CMIT/MIT with Th2-mediated lung inflammation in an animal model.

    Further studies on chronic inhalation exposure are warranted to evaluate the CMIT/MIT–altered histological lung injuries.

    This work was supported by grant from the National Institute of Environment Research (NIER-2021-04-03-001).

  • Ha Ryong KIM
    セッションID: S5-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    Polyhexamethylene guanidine phosphate (PHMG-p) was used as a disinfectant for the prevention of microorganism growth in humidifiers, without recognizing that a change of exposure route might cause significant health effects. Epidemiological and toxicological studies indicated that PHMG-p is strongly associated with interstitial lung diseases. Herein, we have outlined the cellular and molecular mechanisms underlying pulmonary fibrosis induced by PHMG-p. The leakage of zwitterionic liposomes, induced by PHMG-p, was more extensive than that of negative liposomes, indicating that PHMG-p adsorption onto lipid head groups via electrostatic interaction cannot fully explain the induced lipid membrane damage. Using PHMG-p-FITC conjugate, we identified that PHMG-p is rapidly located in the endoplasmic reticulum (ER) and causes ER-stress-mediated apoptosis. PHMG-p triggered G1/S arrest and apoptosis through p53 pathway in lung epithelial cells. We assumed that G1/S arrest induced by PHMG-p may precondition cells undergoing EMT, contributing to the expansion of fibroblasts. Epithelial cells at other phases may result in apoptosis. PHMG-p activated the Akt/β-catenin and Notch signaling pathways, resulting in increased ZEB2 expression. The interplay between these pathways induced EMT, resulting in PHMG-p-induced lung fibrogenesis.

  • 市原 学, Radwa SEHSAH, Sandra VRANIC, Walaa ABDELNABY, Alzahraa FERGANY, ...
    セッションID: S5-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    Hazard assessment for manufactured nanomaterials: Along with the development of nanotechnology, variety of nanomaterials have been designed and manufactured. However, the hazard of nanomaterials has not been studied fully. Inhalation study is considered a golden standard for hazard assessment of nanomaterials, but alternative method of intratracheal instillation is usually used in academia because of the limitation of facilities.

    Safe by design: To develop safer nanomaterials, knowledge how the design of nanomaterials can reduce the hazard of nanomaterials is needed. We compared bare silica nanoparticles and amino or carboxyl-functionalized silica nanoparticles for pulmonary toxicity in mice. The study shows amino- or carboxyl-functionalization of silica nanoparticles reduces the inflammation in lung and toxicity to macrophage, thus providing useful information for development of safer nanomaterials.

    Role of Nrf2 in pulmonary effect of manufactured nanomaterials: Nrf2 is known to be a master regulator for anti-oxidative-stress genes. However, recent studies showed Nrf2 negatively regulate expression of proinflammatory cytokines. We compared pulmonary effect of exposure to zinc oxide nanoparticles between Nrf2 null mice and wild type mice. The result shows that deletion of Nrf2 enhances inflammatory response for exposure to zinc oxide nanoparticles in the lung of mice, suggesting inhibitory effect of Nrf2 on zinc oxide-induced pulmonary inflammation.

    Systemic effect of particles: Recent epidemiological studies show association between air pollution and cognitive dysfunction. One of hazardous compositions of particulate matter is polycyclyic aromatic hydrocarbons such as benzopyrene. An epidemiological study also suggests neurobehavioral effect of benzopyrene on workers. We are studying neurobehavioral and neurotoxicological effect of benzopyrene in mice by pharyngeal aspiration method, and the result shows harmful effect of benzopyrene on the density of noradrenergic axons and behavior.

    Conclusions: Information on effect of particles, not only nanoparticles but also conventional or unintentionally produced particles in humans suggests us the priority of research on manufacture nanomaterials. Not only pulmonary toxicity but also systemic effect of nanomaterials or particles should be studied further.

  • 西村 泰光
    セッションID: S5-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    結晶性シリカとアスベスト(石綿)は共に二酸化ケイ素を主成分とし、両粉塵への曝露は塵肺(珪肺, 石綿肺)や肺癌の原因となる。一方、前者は強皮症などの自己免疫疾患の合併を示し、後者は特徴的な悪性疾患である中皮腫を引き起こす。吸入された粉塵は肺組織において肺胞マクロファージによる炎症応答を引き起こすだけでなく、リンパ節へ蓄積した粉塵が慢性的に免疫機能に影響し関連疾患の一因となることが考えられた。そこで我々は、シリカと石綿の曝露が引き起こす免疫機能影響に着目し、基礎的検討と臨床検体の免疫機能解析を行ってきた。研究成果は、シリカ曝露下で培養されたリンパ球および珪肺患者の末梢血リンパ球が共に活性化および免疫抑制機能の低下の特徴を示すこと、逆に石綿曝露下で培養されたリンパ球および悪性中皮腫患者の末梢血リンパ球が抗腫瘍免疫機能低下および免疫抑制機能の亢進を示すことを明らかにした。シリカ曝露はCD69+活性化T細胞の誘導とFoxp3+制御性T細胞(Treg)の減少を引き起こした。これと一致して珪肺患者の末梢血では活性化指標である可溶性IL-2R濃度の高値とTreg細胞の免疫抑制能の低下が確認された。一方で、石綿曝露下での培養はNK細胞の活性化受容体発現低下、CD4+T細胞のTh1機能低下とTreg機能亢進およびCD8+T細胞の細胞傷害性低下を引き起こした。それらの知見と一致して、抗腫瘍免疫機能低下および関わる指標分子の発現量変動は悪性中皮腫患者の末梢血細胞においても確認された。以上の知見は、シリカやアスベストの曝露が炎症応答として肺胞腔内に類似の影響を与えるだけでなく、“免疫機能影響”としてリンパ球機能の活性化または機能低下を引き起こし、関連する自己免疫疾患や悪性疾患の発症にそれぞれ寄与することを示す。免疫機能分子が関連疾患の予防や早期発見に資するバイオマーカーや治療標的となることが期待される。

シンポジウム6
  • 入江 浩大, 古川 賢, 竹内 和也, 星川 優美子, 町田 雄一朗
    セッションID: S6-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    魚類短期繁殖試験(TG229)は、化学物質の魚類の生殖機能障害を誘発する内分泌かく乱作用を評価するスクリーニング試験である。TG229ではファットヘッドミノー、メダカあるいはゼブラフィッシュに被験物質を曝露し、産卵数、ビテロジェニン(vtg)、生殖腺の病理学的変化及び2次性徴への影響を指標に評価する。TG229はエストロゲン、抗エストロゲン、アンドロゲン及びステロイド合成阻害の4種の作用について検出できるが、内分泌かく乱作用の有無の判断が目的であり、いずれの作用かを明らかにする試験ではないとされている。これら4種の作用についての有害性発現経路(AOP)はすでに確立されており、産卵数の減少やvtgの変動などがAOPのキーイベントとなっている。よって、TG229の試験結果から、いずれの作用なのかについてはある程度判別することが可能である。エストロゲン作用については、雄のvtgの増加により特定可能である。抗エストロゲン作用及びステロイド合成阻害については、雌のvtgの減少及び産卵数の減少により推定可能であるが、厳密には両者は区別できない。アンドロゲン作用については、雌における雄様の2次性徴が発現することにより特定可能である。雄様の2次性徴とは雄化の指標となる外観の形態変化で、メダカでは臀鰭尾部側における乳頭状突起の形成、ファットヘッドミノーでは頭部における繁殖結節の形成であり、AOPのキーベントには含まれていない。これらの雄様の2次性徴の発現はアンドロゲンにより制御されており、アンドロゲン様物質に対する感度はvtg及び産卵数の変化よりも高いことが報告されている。一方、ゼブラフィッシュでは明らかな雄様の2次性徴は発現しないため、この指標を評価に用いることはできない。本発表では、TG229において評価する4つの指標についてAOPと感受性の観点からそれらの特長について説明する。

  • 山本 格
    セッションID: S6-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    農薬の登録にはヒトへの安全性評価に加え、環境中に生息する生物に対する影響評価も必要である。近年、化学物質による内分泌かく乱作用 (ED) に関心が高まっている。化学物質がEDの基準に該当するかどうかはヒトと非標的生物 (環境生物)のそれぞれで評価する手法がとられている。ED評価では、EATS (エストロゲン、アンドロゲン、甲状腺、ステロイド産生)様式に注目したin vitro/in vivoの様々な試験法が開発され、化学物質の有害性評価の試験方法としてOECDのテストガイドラインとして採択されている。OECDの環境毒性分野テストガイドライン231、両生類変態試験(AMA)は環境生物を用いたEDスクリーニングアッセイの1つで、視床下部-下垂体-甲状腺(HPT)軸の正常な機能を妨げる可能性のある被験物質の特定を目的とした試験である。HPT軸は両生類の変態と強く関連しており、被験物質に暴露されたオタマジャクシの発育が正常に比べて遅延する/促進するかどうかに基づいて、被験物質の甲状腺に対する影響を検出することができる。試験動物種は実験室での飼育や入手が容易なアフリカツメガエル(Xenopus laevis)である。また本種はホルモン注射により繁殖が可能なため、試験に使用する大量のオタマジャクシを得ることが可能である。本発表ではアフリカツメガエルのオタマジャクシの変態を応用した両生類変態試験について紹介する。

  • 関根 達也
    セッションID: S6-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    農薬の環境毒性試験は、ハチに影響を及ぼすと考えられる農薬が対象となる。生物多様性の観点からヨーロッパでは、ミツバチのみならずマルハナバチとソリタリービーも農薬の環境毒性試験が将来的に考えらる。2013年にGuidance Document on the risk assessment of plant protection products on bees (Apis mellifera, Bombus spp. and solitary bees) がEuropean Food Safety Authorityから出されている。

    ミツバチの実験室での試験はOECDのガイドラインで確立しているのでミツバチ試験の概要を見てマルハナバチとソリタリービー試験の将来への可能性をみる。

    ミツバチ試験の場合、第一段階として、ミツバチの発育過程の違いによる実験室における急性接触、経口試験(OECD 213と214)、10日間の経口慢性毒性試験(OECD 245)及び7日齢までの単回幼虫試験(OECD 237)と22日間の幼虫試験(OECD 239)を実施する。

    実験室の試験でミツバチに影響がある場合には、セミフィールド試験(トンネルを使用したEPPO170及びOECD75,経口投与によるオーメンデルイター試験)が必要となる。

    セミフィールド試験で影響があった場合には、フィールド試験に移行する。

    現時点ではマルハナバチのOECD ガイドラインは急性接触、経口試験(246と247)のみで、10日間の経口慢性毒性試験とトンネル試験はInternational Commission for Plant-Pollinator Relationshipsの作業部会で検討中である。

    ソリタリービーに関してはICPPRの作業部会で実験室での急性接触、経口試験を実施しており試験方法の確立に向けて準備を進めている。

  • Klaus WEBER
    セッションID: S6-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    The extent of possible effects of chemicals on mollusks came into public regard with the dramatic effects of tributyltin (TBT) compounds, which have broadly been used as antifouling agents for ships. The females of the Dog Whelk (Nucella lapillus) and of at least 160 further species exposed to TBT developed male parts in addition to the female genital organs, a syndrome named ‘imposex’. With a number of approximately.

    Therefore, a review paper of the OECD (2010) recommended test procedures for optimization and possible validation for partial life cycle (PLC) test P. antipodarum (freshwater, gastropod), full life cycle (FLC) with L. stagnalis (freshwater, gastropod), and Crassostrea gigas (bivalve, marine). It was also recommended to develop protocols for FLC with P. antipodarum and PLC with L. stagnalis. The OECD (2016 a, b) published a guideline for a reproduction test with L. stagnalis and P. antipodarum. Histopathology was detailed in the guidelines but stated as ‘…other endpoint (e.g., histopathology)…’ (OECD, 2016b) and was mentioned under point 3.3. and in the Annex for possible histopathology evaluation (OECD, 2016a).

    The current guidelines target mainly endocrine disruptor effects. However, inflammatory, and degenerative processes or parasitic infestations can mask or mimic endocrine effects. Therefore, a histopathological examination should be performed. The cost and labor are not high.

    References

    OECD 242. 29 Juy 2016a.

    OECD 243. 29 Juy 2016b.

    OECD. ENV/JM/MONO(2010)9

シンポジウム7
  • 小川 久美子, 西村 次平, 西川 秋佳
    セッションID: S7-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    2012年2月のトピック化によって開始されたICH S1改定の議論が、2013年8月−2017年12月のがん原性評価文書(CAD)募集及び2020年12月までのがん原性試験結果募集に基づく前向き評価を経て2021年5月にICH S1B(R1)の補遺案が作成され、パブリックコメントを受けた最終化に向かっている。

    前向き評価では、開発中の低分子医薬品を対象に「証拠の重み付け (Weight of Evidence;WoE)」に基づいた2年間ラットがん原性試験の結果予測に関するCADが募集され、各CADに対する5つの規制当局の見解及び実際のがん原性試験結果と比較された。収集された45件のCADについて、提出企業及び全ての規制当局が「WoEから、ヒトにおける発がん性がない可能性が高いと結論できるため、2年間ラットがん原性試験の実施意義はない」と結論し、2年間試験の結果も矛盾のなかった品目、提出企業及び全ての規制当局が実施意義はないと結論したものの2年間試験の結果に矛盾のみられた品目、並びに意見の一致が見られなかった品目に分けて精査し、2年間ラットがん原性試験結果の予測に重要なWoEを抽出した。本補遺は、当該薬物、類薬のデータ及び文献情報などのWoEから統合的にがん原性の懸念がないと評価できる場合は、2年間ラットがん原性試験が実施免除となる可能性を提案するものである。ただし、今回の前向き評価はラットの検討結果に基づいていることから、WoE 評価によって2年間ラットがん原性試験は免除可能と判断されても、マウスのがん原性試験は従来のICH S1Bで規定される2年間試験またはトランスジェニックモデルを用いた短期試験の何れかが推奨されている。

    今回の改定(案)によって、マウストランスジェニックモデル、中でも、背景情報が蓄積されつつあるrasH2-Tgマウスを用いた短期試験の実施が検討される可能性がある。本シンポジウムでは、rasH2-Tgマウスを用いた試験の特性について情報共有し、適切な応用に繋がることが期待される。

  • 鈴木 雅実
    セッションID: S7-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    rasH2-Tgマウスは、がん原性リスク評価への活用を目的に公益財団法人・実験動物中央研究所(実中研)で開発され、標準化された品質管理・安定供給システムにより世界中に供給されている。rasH2-Tgマウスは、rasH2ホモ遺伝子型が致死性のため、ヘテロ遺伝子型マウス(tg/wt)として維持している。がん原性試験には、幅広い発がん感受性を持たせた近交系同士(C57BL/6J-TgrasH2とBALB/cByJ)のF1ハイブリッドを供している。rasH2-Tgマウス生産のために、3系統のマウス凍結胚(C57BL/6J-TgrasH2、C57BL/6J、およびBALB/cByJ)が実中研に保存されている。3系統の凍結胚は、日本クレアとTaconic Biosciencesに送付され、両施設で個体復元を行い、その後、生産コロニーへと拡大し、F1ハイブリッドのrasH2-Tg(tg/wt)ならびにrasH2-Wt(wt/wt)を得ている。rasH2-TgとrasH2-Wtの選別は各個体のジェノタイピングによって行われる。生産コロニーは、遺伝的浮動(genetic drift)を防ぐために、10世代を上限とし、約5年ごとに凍結胚からの個体復元により更新される。rasH2-Tgマウスの表現型と均一性を維持するために、両施設のコロニー更新に合わせ、陽性対照化合物N-メチル-N-ニトロソ尿素(MNU)を用いた短期発がん性試験の標準プロトコルに基づく感受性モニタリングを実中研で実施している。また、約1年毎にMNU誘発腫瘍が好発する前胃を対象としたモニタリングも実施している。このように、最適に設計された品質管理・安定供給システムにより、発がん性の再現性と安定性を備えたrasH2マウスが世界中に供給されている。

  • 藤原 利久
    セッションID: S7-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    S1Bガイドラインの改定案が2021年に提出され,rasH2-Tgマウスを用いたがん原性試験の実施が具現化してきた.しかし,現状はrasH2-Tgマウスに関する認識が乏しく,背景データや実施経験の不足を理由に実施を躊躇することが少なくない.そこで今回,rasH2-Tgマウスへの理解を深めるため,病理学的背景と特徴的病変について紹介する.rasH2-Tgマウスを用いた26週間がん原性試験は,1群雌雄各25匹で,3用量群に加え,陰性対照群(NC)と試験系の有効性確認のためMNUやウレタンなどの既知の発がん物質を投与する陽性対照群(PC)を置くことが標準である.弊社背景データ(雌雄各50例)では,26週時点の生存率はNCで98% / 94%(雄 / 雌),PC(MNU)で6% / 22%であった.体重の推移についてはNCとPC間に顕著な差はなかった.

    剖検では,NCの少数例で皮膚の乳頭状腫瘤,脾臓及び肺の腫瘤が観察された.PCではほぼ全例で前胃の腫瘤,半数以上で皮膚の乳頭状腫瘤及び胸水の貯留,胸腺,リンパ節及び脾臓の腫大が観察された.また脾臓及び肺の腫瘤も少数例で観察された.

    病理組織学的には,NCで脾臓の血管腫及び血管肉腫,肺の腺腫及び腺癌,皮膚の扁平上皮乳頭腫,角化棘細胞腫及び扁平上皮癌が少数例で観察され,これらがrasH2-Tgマウスの自然発生腫瘍の特徴と考えられた.PCではほぼ全例で前胃の腫瘍(扁平上皮乳頭腫又は扁平上皮癌)がみられ,次いで,リンパ造血器系の悪性リンパ腫が高頻度に観察された.また,半数程度で皮膚の腫瘍(扁平上皮乳頭腫,角化棘細胞腫又は扁平上皮癌)が,さらに少数例で膣の扁平上皮乳頭腫及び子宮の腺腫が観察された.一方.脾臓の血管腫及び血管肉腫,肺の腺腫及び腺癌の発生数はNCとPCの間にほとんど差はなかった.講演ではこれら背景データについて詳細に報告する.

  • 久田 茂, 坪田 健次郎, 井上 健司, 山田 久陽, 池田 孝則, Sistare D. FRANK
    セッションID: S7-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    ICH S1C(R2)で規定されている2年間げっ歯類がん原性試験におけるヒト曝露の25倍による高用量選択は、6か月間rasH2-Tgマウスがん原性試験(以下rasH2-Tgマウス試験)には一般的に許容されない。そこで我々はrasH2-Tgマウス試験の高用量選択に適切な曝露比を検討するために、rasH2-Tgマウス試験及び2年間げっ歯類試験が実施された53薬物(rasH2-Tgマウス陽性13薬物、同陰性で2年間げっ歯類試験陽性22薬物、及び両モデル陰性18薬物)の添付文書、申請資料及び公表論文から、腫瘍が発生した用量における最大推奨臨床用量に対するAUC比(AM)あるいは体表面積ベースの用量比(DR)を調査した。

    その結果、rasH2-Tgマウスにおける腫瘍発生用量は、遺伝毒性陽性の6薬物では0.05~5.2倍DRで、遺伝毒性陰性の7薬物では0.2~47倍AM/DRであった。病理組織学的リスク因子(HPRF:肥大、過形成、変異細胞巣及び前がん病変)に関しては、26薬物で50倍AM/DR未満でHPRFが発生した。1薬物では211倍AMでHPRFが発生したが、1用量のみの試験であった。2薬物ではHPRFが350倍AM以上のみで発生したが、発生した過形成にrasH2-Tgマウス及び2年間ラット試験における腫瘍発生との関連は認められなかった。19薬物ではHPRFの発生が見られず、5化合物ではHPRFに関するデータが得られなかった。以上の結果から、曝露比50倍を超える高用量はrasH2-Tgマウス試験における意義がないことが示された。

    本講演では、2017年に製薬協加盟企業を対象としたrasH2-Tgマウス試験に関するアンケート調査の結果についても併せて紹介する。

シンポジウム8
  • 篠澤 忠紘
    セッションID: S8-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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    Recently, the approaches focusing individual susceptibility to drug have been taken toward drug discovery/development. The backgrounds of patients are diverse, and in fact, there are some cases in which idiosyncratic toxicity is suspected as the reason of drug development failure. Given the acceleration of aging in Japan and the diversity of patients' drugs, we could need to update drug safety strategy. Nevertheless, the conventional drug safety assessment is conducted using models such as homogenous cell lines and normal animals, and it is not enough to understand or predict the individual susceptibility to drugs in patients. As an approach for predicting individual susceptibility to drug in patients, (1) deeply understand the background of the patients, (2) create a hypothesis based on that background, and (3) extrapolate the hypothesis experimentally are applied. To promote these stepwise approaches, first, it is necessary to understand the type of disease, medical history or co-/multi-morbidity, and trend of polypharmacy in patients. Then, it is considering susceptibility to drugs in a specific patient, so that preparing an appropriate in vitro model. In particular, regarding in vitro model, recent advanced models such as iPS cell-based platforms have been versatile for some assays and are highly expected to be leveraged for predicting individual susceptibility to drugs in patients. In the presentation, I would like to discuss a concept to assess individual susceptibility to drug, including examples, and expand the future potential.

  • 小井土 大
    セッションID: S8-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    ヒトの多因子疾患の感受性多型はゲノム上に無数に存在する。全ゲノム関連解析(GWAS)から疾患感受性多型を多数同定できるが、治療標的やバイオマーカー探索にはGWAS結果から生物学的知見を導出するpost-GWAS解析が必要である。我々はごく最近、GWAS結果から構築したポリジェニック・リスクスコア(PRS)をヒト細胞で詳細に解析する新規手法「Polygenicity in a dish」を提唱し、薬剤性肝障害(DILI)にて有用性を証明した。様々な薬剤に共通のDILI感受性多型が無数に存在し、その影響の足し合わせが遺伝的DILIリスクであるとの仮説を立て、それを数理モデル化したPRSをDILIの国際コンソーシアム(iDILIC、DILIN)との共同研究から構築した。臨床試験データに加えて、ヒト初代培養肝細胞やiPS 細胞由来肝オルガノイドによる薬剤処理試験においても、遺伝的DILIリスクがDILI発症の一定部分を説明できた。興味深いことに、in vitroでのトランスクリプトーム解析や薬剤処理試験によって遺伝的DILIリスクが酸化ストレス感受性の違いによるものとわかり、GWAS結果からDILIの予防に繋がる知見が導出された。「Polygenicity in a dish」以外にも、疾患感受性多型が非翻訳RNA(特に活性化エンハンサーから転写されるRNA)周辺に集積することに着目し、DNA配列パターンから非翻訳RNAの発現を予測するAIモデルMENTRを開発した。これは、古くより行われてきた配列モチーフ解析から着想を得つつ、AIによるオミクス統合解析から高度化した手法である。これまでに、従来解釈不可能であった極めて稀な多型が非翻訳RNAを介して喘息やアトピー性皮膚炎の発症に影響する機序を解明した。本講演では、このような遺伝統計解析・機械学習を駆使した研究の最新の動向を紹介する。

  • 曳野 圭子
    セッションID: S8-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    演者は、シカゴ大学小児集中治療部でのフェローとして米国の臨床現場で診療をする中でのクリニカルクエスチョンであった薬物反応の個人差をより理解するために、同時に所属したシカゴ大学臨床薬理・ファーマコゲノミクス講座でのフェローシップにおいて、ファーマコゲノミクス研究を臨床応用する1200 Patients Projectに参画し、ファーマコゲノミクスをどのように実際の薬物治療に役立てていくかということを実体験した。当時、シカゴ大学はファーマコゲノミクスの臨床応用を試みる世界でも数少ない施設の1つであったが、その後、欧米ではファーマコゲノミクスの実臨床への応用は着実に進み、Clinical Pharmacogenetics Implementation Consortium (CPIC)のガイドラインを用いる病院のみでも世界各国から計53カ所 (米国、40;カナダ、2;欧州、8;オーストラリア、1;エジプト、1;中国、1) が登録されている。近い将来、この流れが日本にも訪れるであろうことは疑う余地もないが、現時点では日本の臨床現場においてファーマコゲノミクスがどのくらい認知されているかという問題があり、またCPICから出されている26のガイドラインにおいても、アリル頻度が低いため日本人では使用できないもの、小児でのエビデンスが限られているものもあり、日本で臨床応用するための課題は山積しているのが現状であると考える。現在、理化学研究所生命医科学研究センター・ファーマコゲノミクス研究チームでは、将来的に日本の小児医療現場でのファーマコゲノミクスの臨床応用を実現するために、小児病院・大学小児科との共同研究も開始している。本シンポジウムでは、我々の研究と合わせて、小児におけるファーマコゲノミクスの最新の知見と世界の動向も紹介したい。

  • 紺野 紘矢, 玉井 聡, 赤井 誠, 三輪 恭子, 後藤 大輝, 沖田 弘明, 和田 直也, 岡本 敦之, 三井田 宏明, 土屋 由美
    セッションID: S8-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    近年、患者個々の医薬品に対する有効性・副作用を予測し患者を層別化することで適合医薬品を選択する個別化医療が注目されている。低分子や抗体など様々な医薬品の個人間の薬効及び毒性感受性を決定する要因として、疾患の状態や生活習慣などの他に、遺伝子多型に関しても臨床研究から多く報告されてきた。ヒトと遺伝学的に近縁な霊長類であるカニクイザルは、医薬品開発の一般毒性試験や安全性薬理試験で汎用されているが、マウスやラットなどのげっ歯類を用いた毒性試験と比較して、しばしば毒性発現の感受性に個体差を認める。この一因として遺伝子多型も考えられるが、使用動物数に制限があり、試験内で毒性発現の感受性差と遺伝子多型の関連を解析することは困難な場合が多い。

    一方、カニクイザルを含めたマカク属サルの遺伝子については解析が進められ、ヒトとの相同性を含む遺伝的多様性が明らかになってきており、各遺伝子変異における機能面の影響についても研究が進展している。ヒトへの外挿性はいまだ不明な点が多いが、ヒトと相同な変異を中心にヒトと類似した機能的変化が報告されつつある。我々はtrastuzumabなどADCC活性を持つ抗体医薬品の反応個人差の要因の一つとして報告されているFcγ受容体上の変異に着目し、カンボジア産カニクイザルの遺伝子解析によりヒトや他のマカク属サルとの類似性を明らかにした。本セッションでは前述の研究事例を紹介するとともに、これまでの研究で得られたFcγ受容体遺伝子多型に関するデータを紹介し、毒性発現感受性の個体差について議論したい。

シンポジウム9
  • 三島 雅之
    セッションID: S9-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    TGN1412の臨床試験においてサイトカイン放出症候群(CRS, Cytokine Release Syndrome)による悲劇的な事故が起きたが、MABELアプローチが推奨されるようになったことで、それ以降の臨床試験で抗体医薬品がCRSによる大事故を起こしたとの報告はない。しかしながら、CRSは過去の問題ではなく、今もなお抗体医薬品開発の大きな問題として存在し続けている。CRSのリスクを抱えた抗体医薬品の多くは抗がん剤であるが、MABELアプローチを採用した場合、まったく治療効果が期待できない低用量から慎重に用量をあげていくため、治療効果が得られるまでに長い時間が必要になる。治験に参加する患者にとってみれば、1日も早く治療効果のある用量に到達することが望まれる。なぜ、そうせざるを得ないのか。ヒト細胞を用いたin vitro試験でCRSのポテンシャルの有無については予測できるようになったが、ヒトで起きるCRSの重篤度や用量相関を非臨床で予測することができないので、結局のところ、ヒトに打ってみなければわからないのが現実だからである。もう一つの理由は、CRSの恐れがある医薬品では標準的にプレメディケーションが行われており、またステロイド等による対症療法も行われるが、多くの場合その効果が不十分で、おきてしまった場合の安心感が得られないためである。この状況を改善するため、臨床、非臨床でいまどんな努力がされているのか。本シンポジウムでは、CRSポテンシャルを持つ抗体医薬品開発の最前線でいま行われている、臨床のCRS対応と、企業の非臨床研究を紹介する。

  • 久保木 恭利
    セッションID: S9-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    サイトカイン放出症候群(CRS)は、CAR-T細胞輸注療法下で比較的多く見られる副作用の一つで、CAR-T療法を受けた多くの患者さんで軽度ないし中等度の症状(発熱等)を呈す。しかし、一部の患者さんでは重度の低血圧、呼吸困難などが誘発され症状が急激に進展し、適切な介入がない場合重篤化することもある。

    一方、最近ではCAR-T療法以外に、T細胞上のCD3などと腫瘍細胞に発現する特異的タンパク(抗原)などを認識する二重特異性抗体(BiTEなど)の開発が盛んであり、そのような新規免疫抗体療法においても、CRSが発現することが報告されている。CAR-TやBiTEは現時点では血液腫瘍を対象として承認されているが、その種類・多様性は多くなってきており、固形がんにおける開発も現在急速に進んでおり、抗がん剤開発の中ではここ数年で一番伸びている分野でもある。

    CRSの治療は、初期治療として個々の徴候・症状への対症療法、またはコルチコステロイドなどの投与による、過剰な炎症反応の抑制が行われる。しかし、重症度が高い場合には、血中サイトカイン濃度の過度な上昇を抑制するため、抗サイトカイン療法による治療が行われることが一般的である。薬剤の多様性の増加と開発の対象の裾野が広がるに伴い、CRSへの対応は、これまで以上に医療現場で重要性が増してきており、固形がんにおいては、これまでのような血液腫瘍を対象とした薬剤におけるCRSへの対応が参考になる一方で、個人間差や薬剤間差を認めるため、個々の症状や開発に応じた対応がより求められており、一つ一つの経験をもとに、実地体制を整える必要がある。

    本シンポジウムにおいては、今後、細胞療法・抗体療法の研究、開発が進む中で、日本の医療現場の実情も踏まえながら、どのように安全かつ効果的な治療を患者さんに提供するかを議論したい。

  • 伊藤 志保
    セッションID: S9-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    サイトカイン放出症候群は抗体医薬品の投与によって生じる代表的な副作用であるが、新規抗体医薬品の開発中断や遅延につながる可能性もあり、患者における発症リスクの回避や低減は重要な課題である。サイトカイン放出症候群のリスク評価において、動物を用いる評価では標的やFcγR発現がヒトと異なることからリスクの予測が困難であると考えられ、ヒトの末梢血単核細胞又は全血を用いるサイトカインリリースアッセイが汎用されている。

    本発表では、当社の抗体医薬品の臨床試験でサイトカイン上昇が認められた事例を取り上げ、非臨床でのヒト末梢血単核細胞及び全血を用いたリスク評価や作用機序の検討に関する取り組みを紹介する。

  • 仁平 開人
    セッションID: S9-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    医薬品開発においてヒトでの安全性リスクの評価は重要であり、非臨床安全性試験はその役割を担っている。しかし、現状の非臨床試験による安全性リスクの予測は決して十分とは言えず、非臨床と臨床の間にはいわば死の谷(Death Valley)が存在する。

    サイトカイン放出症候群(cytokine release syndrome:CRS)は、サイトカインの放出によって引き起こされる発熱、頻呼吸、頭痛、頻脈、低血圧、皮疹、低酸素症などの種々の症状の総称である。抗体医薬品をはじめとするバイオテクノロジー応用医薬品の投与後にしばしば認められるほか、近年はキメラ抗原受容体T細胞(chimeric antigen receptor T cell:CAR-T)療法におけるT細胞の移入後や、COVID-19感染の関連症状としても認められる。

    重篤な場合はサイトカインストームと呼ばれる致死的な状態に陥ることもあるため、CRS誘発リスクを予測し、未然に回避・予防することは医薬品開発において重要な課題である。

    しかし、標的分子のわずかなアミノ酸配列の違いによって生じる薬剤の標的への結合力や活性、下流シグナルに対する感受性及び免疫システム自体の種差により、通常の非臨床試験の中でヒトにおけるCRSの発生リスクを見積もることは容易ではない。

    いわば、非臨床と臨床の間に存在する死の谷は埋まるどころか、サイトカインという濁流でその溝はますます広がっているとすら考えられる。

    本発表では、臨床試験においてCRSが認められた当社抗体医薬品の事例について、その非臨床における評価の取り組みを含めて紹介する。今日の予測法の限界とそれを乗り越えるための試みについて、本事例をもとに議論したい。

  • 岩田 良香, 原田 麻子, 三島 雅之
    セッションID: S9-5
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    CD3二重特異性抗体(CD3BiAb)は、T細胞に発現するCD3とがん抗原に同時に結合し、T細胞とがん細胞を結びつけることでT細胞を活性化し、がん細胞を傷害する。CD3BiAbは血液腫瘍において高い治療効果を示すことが知られており、現在、固形腫瘍を含む様々ながんに対する効果が期待されて開発が進められている。サイトカイン放出症候群(CRS)はCD3BiAbの重要な副作用であり、その抑制や軽減について様々な検討が行われている。CRSに対して、ステロイドや鎮痛解熱剤の前投与、抗IL-6薬の投与、漸増投与レジメンなどの有効性が報告されているが、決定的な対策を見出すことができていない。GPC3に対するサルサロゲートCD3BiAbを用いたin vivo実験では、1週間の漸増投与により薬物血中濃度を徐々に上昇させることでCRSの症状が改善され、その後は1週間間隔の高用量投与でも重篤なCRSを起こさなかったため、何らかの寛容状態が誘導されている可能性がある。ADCC抗体においても、CRSは初回投与時に起こりやすく、2回目投与以降ではCRSが大きく軽減されることが知られている。しかし、抗体医薬の反復投与時にCRSが軽減されるメカニズムは不明である。我々は、in vitroでCD3BiAbを前処理することでサイトカイン産生を抑制するモデルを作成し、リンパ球の反応を検討した。CD3BiAbをヒトリンパ球に反復処置すると、CD3下流のシグナルは抑制されないが、サイトカインmRNA転写は抑制される。ATAC-seqにより、初回刺激を受けたリンパ球では経時的にクロマチンアクセシビリティが変化しており、エピジェネティックな変化が重要な役割を担っている可能性が示唆された。本発表では、これらCRS抑制を目指す非臨床研究について紹介する。

シンポジウム10
  • 髙橋 祐次, 横田 理, 広瀬 明彦, 菅野 純
    セッションID: S10-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    Inhalation exposure to nanomaterials (NMs) is the most likely route to be unintentionally exposed in all life cycle of products from the manufacturing to being wasted, and greatest concern in harmfulness. With the progress of product development applying NMs, it is desired to develop an evaluation method that can rapidly and easily obtain fundamental and quantitative information necessary for preventing health damage. However, inhalation exposure study of particulate matter including NMs requires specialized equipment such as aerosol generators, particle concentration measuring equipment, and requires a great deal of time and cost. Furthermore, in the chronic inhalation exposure study of particulate matter, there has been controversy regarding, as it is called, overload; the accumulation of particles in the lungs throughout the exposure period. We have been developing an intermittent exposure method as an alternative to a chronic inhalation exposure study that is more efficient than the usual two-year continuous inhalation exposure study. We first initiated a 4-week intermittent exposure inhalation study, mimicking the lung burden of the rat study reported by Kasai et al., 2016. Male C57BL/6 mice were exposed to 53 μm mesh-filtered Mitsui MWNT-7 aerosol by Taquann system (J. Toxicol. Sci. 2013) at the mass concentrations of ca. 2.6 and 5.0 mg/m3, for 6 hours per day every 4 weeks. MMAD was ca. 500 nm. Lung burden at 6 months were ca. 6.4 and 15.2 μg per animal, and at 12 months 22.3 and 45.8 μg per animal, respectively. Histologically, MWNT-7-laden macrophages were found at the terminal bronchioles to alveolar region. Microgranulomas were often observed. MWNT-7 were also found in pleural cavity, local lymphnodes and, distally, in renal glomeruli. Further details will be presented. (Health and Labour Sciences Research Grant, Japan)

  • 北條 幹
    セッションID: S10-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

     ナノマテリアルの慢性毒性・発癌性については近年、情報が集積しつつあるが、その中でも、アスベストに類似した特徴を持つカーボンナノチューブの呼吸器毒性が注目されてきた。多層カーボンナノチューブ(MWCNT)については、慢性炎症に伴う間質の線維化・肉芽腫形成および反応性の肺胞上皮過形成が指摘されているが、2年間の連続吸入曝露試験の報告は、MWNT-7のラット肺発癌性を示した笠井らの1報のみである(2016年)。一方、津田らは、2週間程度の短期間の反復気管内投与後に2年間観察するという手法により(TIPS法)、数種のMWCNTの発癌性評価を行ってきたが、MWNT-7に関しては、笠井らとは異なり、胸膜中皮腫のみ有意な発生率の増加を認めた(沼野ら2019年)。連続吸入曝露ではMWCNTの肺負荷量(残存量)が次第に増加するのに対し、TIPSでは投与期間終了時にピークとなるため、両実験は、肺負荷量の経時変化が大きく異なっており、それが結果の違いにつながった可能性がある。

     これを踏まえ、我々は、肺負荷量の経時変化が吸入曝露に類似した気管内投与のデータが必要であると考え、長期にわたる間欠曝露試験を実施した。F344ラットにMWNT-7を4週間に1度、2年間、気管内投与した実験では、肺腫瘍と胸膜中皮腫の両者の発生頻度が有意に増加した。また、前処理により繊維長を短くしたMWNT-7を4週間に1度、1年間投与後に1年間観察した実験では肺腫瘍は発生せず、胸膜中皮腫が孤発性に認められた。これらから、肺負荷量の経時変化の違いやMWCNTの形状の違いが肺腫瘍の誘発性に影響すること、また、気管内投与試験では吸入試験に比べ胸膜中皮腫が誘発されやすいことが示唆された。

     本発表では、肺負荷量やMWCNT繊維の胸腔移行に注目し、気管内投与法による発がん評価の利点や課題について論じたい。

  • 足利 太可雄
    セッションID: S10-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    多様なNMの毒性を効率的かつ高精度で評価できる試験法の開発および国際標準化は喫緊の課題であり、それを可能にするin vitro試験法が求められている。そこで本研究では、異物認識の根幹を担う抗原提示細胞に各種がNM与える影響に着目し、毒性メカニズムの解明と試験法の開発を行うことを目的とした。方法としては、抗原提示細胞の活性化を指標とする皮膚感作性OECDテストガイドラインであるh-CLATを用いて各種NMの評価を行った。ナノシリカについては、今回検討した5種全てh-CLAT陽性となり、一部はCD54の発現をコントロールに比べ20倍以上に亢進させた。銀ナノ粒子については、アレルゲンである銀イオン同様、THP-1細胞のCD86およびCD54発現を亢進したが、培地中への銀ナノ粒子から銀イオンの溶出が認められたことから、銀ナノ粒子によるTHP-1細胞の活性化は溶出した銀イオンによるものと考えられた。また酸化チタンNMについては、一部についてCD54発現の弱い亢進がみられた。さらにカーボンナノチューブについては、低濃度においてCD54発現の強い亢進が見られた。以上より、NMの免疫毒性評価のスクリーニング試験としてのh-CLAT試験の有用性が示唆された。

     今後、インフラマソーム解析などによりNMによるTHP-1細胞の活性化のメカニズムを明らかにするとともに、NMのin vivo吸入曝露による肺胞マクロファージへの影響を解析することで、in vivoにおける毒性発現とin vitroにおけるTHP-1細胞活性化との関係性を明らかにする予定である。さらに多変量解析により、in vivo, in vitroそれぞれの試験結果と物性の関係を明らかにする。以上より、抗原提示細胞であるTHP-1細胞の活性化を指標にしたNMのin vitro免疫毒性試験法の開発を目指す。

  • Ulla VOGEL, Sos POULSEN, Pernille DANIELSEN, Claudia A.T. GUTIERREZ, N ...
    セッションID: S10-4
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
    会議録・要旨集 フリー

    Particle inhalation has been causally linked to diseases including cancer, COPD, fibrosis and cardiovascular disease. We have proposed a biological mechanism of action for particle-induced cardiovascular disease causally linking particle exposure to induction of acute phase response, which is a known risk factor for atherosclerosis and cardiovascular disease.

    Inhalation and pulmonary deposition of particles induces inflammation, which is proportional to the total surface area of the pulmonary-deposited particles. In mice, inflammation is accompanied by an acute phase response, which is long-lasting for insoluble particles. Acute phase protein Serum Amyloid A (SAA) is among the most differentially expressed genes in lung tissue following particle exposure.

    SAA is causally implicated in atherosclerosis and both overexpression and pulmonary dosing of SAA promotes plaque formation in ApoE-/- mice. In humans, controlled exposure to metal oxides and combustion particles induce dose-dependent increases in blood levels of SAA and C-reactive protein. Blood levels of acute phase proteins SAA and C-reactive protein are risk factors for cardiovascular disease in prospective, epidemiological studies.

    Nanoparticles have a higher specific surface area than larger particles with similar chemical composition, and therefore, nanoparticles are more hazardous than larger particles of similar chemical composition in relation to cardiovascular disease. This underscores cardiovascular disease as a particle-induced occupational disease.

シンポジウム11
  • 小川 誠司
    セッションID: S11-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/08/25
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    がんは単一の起源となる細胞とその子孫の細胞集団が正常組織の細胞集団の中で陽性選択をうけ、さらには生体の恒常性を逸脱して異常に増殖するにいった一群のクローナルな細胞集団によって生ずる疾患群である。この選択の過程においては、後天的に獲得される「ドライバー変異」とこれらの変異を獲得した細胞を選択する環境が本質的に重要な役割を担っていることが示されており、現在では主要な癌腫の多くについて、ドライバー変異の同定が進んでいる。一方、診断時にはしばしば数千億個に達するがん細胞集団が、その初期にどのようにして発生するのか、それはいつから生ずるのか、また、それが環境やいわゆる発がんリスクによってどのように影響されるのかについては、十分な理解が得られていない。一方、近年、遺伝学的な解析技術の格段の進歩によって、こうしたがんの初期発生の過程におけるクローン選択に関する知見が蓄積されつつある。我々の研究を含むこれらの知見によれば、正常の組織は、しばしば、加齢や環境の影響をうけて、がん細胞と同様の遺伝子変異を有する多数のクローンによって再構築され、発がんの初期関与していることが強く示唆されている。本講演では、喫煙や飲酒に関連した食道扁平上皮がんと慢性炎症に起因する炎症関連大腸がんに着目して、がんの初期発生過程に関する近年の知見を紹介したい。

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