本論文は、浄瑠璃の一流派である新内節の音楽構造を解明するための手段として、「曲符」を用いた音楽分析が有効な手法であるということを示すものである。
「曲符」とは、新内節演奏家、岡本文弥の著書『新内曲符考』(一九七二)で示された用語である。同書の中で曲符の定義は明確には行われてないが、扉表紙の記述からは概ね新内節の文字譜のことを指しているようにも読める。文字譜は音楽情報を記すために考案された文字のことであり、新内節においては正本(台本)にメモ書きのように書き込まれて、どの部分をどのように演奏するかについて記した。
岡本文弥は『新内曲符考』において、江戸明治期に出版された正本を調べ、記入されている文字譜の示す意味を考察した上で、その演奏例を別売のカセットテープに録音して残した。本研究では、『新内曲符考』を新内節の音楽構造を解明するための重要資料であると捉え、『新内曲符考』の考察を行い、「曲符」の詳細な定義について再考した。
考察の結果、岡本文弥は多数の文字譜の中でも、類型性のある旋律を示す文字譜だけを「曲符」と捉え重視し、その「曲符」を利用して新内節を音楽的に研究、説明しようとしていることがわかった。
従来の文字譜は意味内容が時代によって異なるなど、明確な伝承が行われていないため、岡本文弥は文字譜の示す意味を限定したり、新しい名称の「曲符」を考案したりして、ひとつの「曲符」がひとつの旋律を指し示すように整理した。言い換えると「曲符」は旋律の名称とも言える。『新内曲符考』は「曲符」を利用した音楽分析の土台を作り上げた。
筆者は、曲符の演奏例を五線譜に採譜した。そして「曲符」を用いた音楽分析の具体的な手法を考案した。その手法は、『新内曲符考』の記述を手がかりに、岡本文弥の演奏した曲符と対象の新内節の演奏とを比べて、曲符を当てはめていくというものである。
この手法を用いることで、新内節の代表曲《若木仇名草》クドキの旋律について七割から九割程度、説明することができる。
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