中東および内陸アジアの楽器の誕生にかかわる神話伝説の中に、ウード生成譚がある。その説話の主人公は『旧約聖書』創世記に登場するレメクである。いくつかのヴァージョンがあるが、アブドルカーディル・マラーギー(1356-1435)がペルシア語で書いた『ジャーメオル・アルハーン(音楽全書)』のエピローグに記された説話の骨子を下に示す。
アダムの子孫でカインの子レメクがウードを創出した。レメクは晩年に生まれた一人息子を僅か五歳で失い嘆き悲しむ。遺骸を埋葬するに忍びず木の枝に吊したが、やがて崩れ落ちた。レメクは木片で亡き子を象り、その上に馬の尾毛を張って、ウードを作った。その弦を掻き鳴らしながら弔歌を吟じ慟哭した(別のヴァージョンでは、慟哭し続けた結果、視力を失った)。すなわち、ラマクはウードを考案し、これを奏でナウハ(哀傷歌)を歌う〔盲目の〕楽師の祖となった。
ほぼ同じ楽器生成譚が、十九世紀半ばに中国新疆のホータンでモッラー・イスマトゥッラー・ムージズが書いた『楽師伝
Tawārīkh-i Mūsīqīyūn』にも見える。ここでは、ノアの息子ヤペテにテユルクという息子がいて、その息子(つまり、ヤペテの孫)のハリズが主人公となっている。ハリズがタンブールやバルバトやウードを作って奏でた。ハリズは親族の葬儀でタンブールを爪弾き、弔歌を歌った。ハリズの子孫がヤルカンドとホータンに渡来して、この土地の民となった。
『楽師伝』の執筆に際してムージズが参照したという、ミール・ハーンド著の『清浄園
Rawżat al-Ṣafā』の中で語られる説話の主人公はハザルである。ハザルはヤペテの八人の息子の一人で、アダムを始祖とする旧約的普遍史に関係づけられたテュルク・モンゴル諸部族誌に現れる人物である。『楽師伝』のハリズは、このハザルが変身したものに違いない。
『楽師伝』はチャガタイ・トルコ語で書かれており、ウイグル・ムカームの歴史を語る最古の文献とされている。ここにはウイグル音楽史上で重要視される十七名の楽師が「音楽の聖者
pīr」として選ばれ、彼らの人となりや業績が語られる。とりわけ、第十七楽聖のマリカ・アマーンニサーには、ウイグル音楽史上最重要人物として、多くの頁が割かれている。
本稿はこの『楽師伝』の第一楽聖とされているハリズが、旧約的普遍史に位置づけられているハザルではないか、という閃きを書き留めた覚え書きである。
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