本稿は、真言声明の一派である南山進流の伝承を考察するものである。特に江戸時代中期である寛保三年(一七四三)に改版された南山進流の規範的教則本である寛保版『魚山蠆芥(たいがい)集』に焦点を当て考察する。寛保版『魚山蠆芥集』に焦点を当てる理由は、江戸時代中期が、声明を復興しようという機運が高まった時期であり、口決書や声明集が多く刊行された重要な時代だからである。
しかし、江戸時代中期は、研究者たちの間で楽理が正しく理解されていない時代と評価されている。江戸時代中期の南山進流声明は、「声明の堕落」とも非難され、寛保版『魚山蠆芥集』は悪書と評価された。この時代の楽理解釈の変化は、楽理を正確に記した史料が伝存していたにもかかわらず起こっている。この変化は、間違ってしまったのではなく、意図的な改変と見ることができるのではなかろうか。
本稿では改変の理由を探るため、寛保版『魚山蠆芥集』がどういった点に注意を払って編纂されたのかを考察した。その方法は、江戸時代に改版された『魚山蠆芥集』数本を比較し、寛保版『魚山蠆芥集』の特徴を探った。特に、「声点」「星」「注記」に焦点を当て比較し、考察した。また、同時期の古義派と新義派の系統を分けての比較検討も行った。そして、判明した編纂傾向を手掛かりに、楽理に関する記述がどういった根拠を以って改変されたのかを検討した。
その結果、寛保版『魚山蠆芥集』は、より古い記録を正統な伝承として捉え、理論の整合性よりも古来の伝承を重視していることがわかった。そのため、理論に適わない箇所が増えていることが確認できた。そして、この伝承を重視する改変が、声明理論を真個に解していないと批判された原因であると考えられる。また、より古い時代の記録を重視する姿勢が、比較的新しい楽理に正確な史料の記述を踏襲しなかった原因と考えられる。
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