植生学会誌
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32 巻, 1 号
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原著論文
  • 村松 弘規, 冨士田 裕子
    2015 年 32 巻 1 号 p. 1-15
    発行日: 2015/06/25
    公開日: 2015/08/07
    ジャーナル フリー
    1. 釧路湿原の温根内高層湿原においてエゾシカの影響とその駆動因を解明するため,空中写真から獣道(シカ道)を抽出し,2011-2012 年に現地で採食痕および植生調査を行った.植生調査では方形区をエゾシカの影響の多寡に合わせて設置し,さらにエゾシカの影響が小さかったと推定される2002-2004 年に同調査地で行われた既存の植生調査結果を加えて解析を行った.
    2. 2004 年から2010 年にかけて温根内高層湿原において抽出したシカ道の密度は約4-8 倍に増え,エゾシカによる踏圧の増加が示唆された.一方,2011-2012 年の8 月下旬に植生調査を行った方形区では,その8 割以上で採食痕を発見できなかった.以上のことから,高層湿原が受ける影響は採食圧よりも踏圧の方が大きいと考えられた.
    3. 2011-2012 年の調査で得られた植生調査結果は,modified TWINSPAN によってブルテのカラフトイソツツジ群落とシュレンケのミカヅキグサ群落に区分された.
    4. 各群落において,エゾシカの影響の多寡に合わせて設置した2 種類の方形区群および2002-2004 年に同調査地で行われた既存の植生調査結果の間で,積算被度(生活形ごと)や種構成を比較した.その結果,矮性低木およびコケ植物の積算被度はエゾシカによる影響の大きい方形区で顕著に低下した.他方,多年生グラミノイドの積算被度は相対的に低下しにくいなど,エゾシカによる踏圧への耐性は生活形によって異なることが推測された.また,一年生草本のホシクサ属植物が,ブルテ・シュレンケ複合体においてエゾシカの踏圧・攪乱により形成された裸地に侵入し,エゾシカによる影響の大きい方形区で増加した.
    5. エゾシカは高層湿原特有のブルテやシュレンケを破壊していた.特に微地形が破壊されたブルテのカラフトイソツツジ群落では,地形の回復に伴う植生の回復には長い時間を要すると推測された.
  • 加藤 ゆき恵, 冨士田 裕子
    2015 年 32 巻 1 号 p. 17-35
    発行日: 2015/06/25
    公開日: 2015/08/07
    ジャーナル フリー
    1. 北米・北欧を中心に分布する多年生草本ムセンスゲ Carex livida( Wahlenb.) Willd. は,極東地域ではカムチャツカ,千島列島,サハリン北部,朝鮮北部および北海道に点在し,北海道内では北部の猿払川流域の低地湿原,知床半島羅臼湖周辺の山地湿原,大雪山高根ヶ原の山地湿原に隔離分布する.その中でも,北欧・北米の自生地と最も似た寒冷な環境と推察される大雪山で,ムセンスゲが生育する湿原の植生と微地形の特徴を明らかにすることを目的とした.
    2. 大雪山高根ヶ原南部,平ヶ岳南方湿原と忠別沼湿原の83コドラートで蘚苔類と維管束植物について植生調査を行い,群落を区分した結果を北海道内の高山の植生と比較した.また,それぞれの湿原で微地形測量を行った.
    3. 植生調査の結果,平ヶ岳南方湿原で2群落を区分し,それぞれ2つの下位単位を区分した.忠別沼湿原では2群落を区分し,うち1群落では3つの下位単位を区分した.平ヶ岳南方湿原のブルテ植生は風衝矮小低木群落に,忠別沼湿原のブルテ植生は雪田群落に類似し,それぞれ湿原要素が混生していた.シュレンケ植生は両湿原ともにヤチスゲ群集に相当すると考えられた.
    4. 微地形測量の結果,両湿原においてケルミ-シュレンケ複合体が形成されていることを確認した.これは猿払川湿原,知床半島羅臼湖周辺湿原とも共通しており,また,北米・北欧のpatterned mire とも類似の微地形であった.ケルミとシュレンケの比高差は平ヶ岳南方湿原で明瞭で,忠別沼湿原は比高差が緩やかであった.
    5. ムセンスゲは平ヶ岳南方湿原,忠別沼湿原の両方においてシュレンケの群落に出現し,特に水深の浅い群落で優占度が高い傾向があったが,湿原内でムセンスゲが生育する地点は,湿原全体および湿原内の微地形の違いに応じて,両湿原の間で違いが見られた.また,両湿原は比較的距離が近いにもかかわらず気象条件,微地形の違いにより,湿原の全体の植生はブルテ植生を中心に異なっていた.
    6. 平ヶ岳南方湿原と忠別沼湿原の植生を大雪山系の他の高地湿原と比較すると,種組成や成立する湿原群落に違いがあり,それは標高や地形による気象条件の違いによるものと推察される.この「永久凍土地帯の環境とそれに対応する植生」によってムセンスゲの生育環境も維持されていると考えられる.
  • 鈴木 康平, 上條 隆志, JAMSRAN Undarmaa, 小長谷 有紀, 田村 憲司
    2015 年 32 巻 1 号 p. 37-48
    発行日: 2015/06/25
    公開日: 2015/08/07
    ジャーナル フリー
    1. モンゴルの森林ステップ域と典型ステップ域における耕作放棄後の植生回復について評価するために,それぞれの植生帯で2 年間休耕されている耕作地,20 年間以上放棄されている耕作放棄地,自然度の高い放牧地の種組成を近傍する地点で比較した.また両植生帯の植生変化プロセスを比較することにより耕作放棄後の植生回復を妨げる要因について考察した.
    2. 森林ステップ域に位置するセレンゲ県北部において,休耕地で7 スタンド,耕作放棄地で6 スタンド,放牧地で5 スタンド,典型ステップ域に位置するトゥブ県中部において,休耕地で17 スタンド,耕作放棄地で5 スタンド,放牧地で8 スタンドを設定し植生調査を行った.
    3. 耕作停止後の種組成変化,その変化プロセスにおける地域的な差異を検証するために,NMDS による序列化およびPermutational MANOVA を行った.耕作放棄後の種組成変化が同地域の自然度の高い放牧地に近づく変化であるかを評価するために,各地域の放牧地のスタンド群についてどの既存群集との類似性が高いのかを明らかにし,類似性が高いと判断された既存群集の標徴種群が放棄地と放牧地の種組成の類似に寄与しているのかについて判断した.
    4. セレンゲ県のステップ植生はPoo attenuatae-Stipetum grandis に類似し,トゥブ県のステップ植生はCymbario dahuricae-Stipetum krylovii に類似していた.NMDS による序列化とPermutational MANOVA の結果より,トゥブ県に比べセレンゲ県の方が休耕地と放棄地間の種組成の相違が大きく,かつ放牧地に種組成が類似していることが示された.また,セレンゲ県の放棄地では群集標徴種,群団標徴種,クラス標徴種が出 現していたが,トゥブ県の放棄地では群団標徴種とクラス標徴種は出現していたものの群集標徴種は出現していなかった.
    5. セレンゲ県の放棄地の種組成は20 年かからず放棄直後から大きく変化し,調査地点周辺のステップ植生を特徴づける標徴種群も再定着するが,トゥブ県の放棄地の種組成は約20 年程度では放棄直後からあまり変化せず,耕作により失われた標徴種群の再定着も困難であった.セレンゲ県では耕作放棄後に植生回復しないリスクが低く,トゥブ県では耕作放棄後に植生回復しないリスクが高いと評価された.
    6. セレンゲ県の放棄地では,降水量が多いため耕作放棄地に散布された種子の発芽・定着の機会が多く,一方で,トゥブ県の放棄地では,降水量が少ないため放棄地に散布された種子の発芽・定着の機会が少なく,植生回復プロセスに違いが生じた可能性がある.
短報
  • 川田 清和, TSENDEEKHUU Tsagaanbandi, NARANTUYA Naidan, 黒須 麻由, 中村 徹
    2015 年 32 巻 1 号 p. 49-56
    発行日: 2015/06/25
    公開日: 2015/08/07
    ジャーナル フリー
    本研究は,モンゴルの草原の状態を修正立地状態指数(mSQI)により評価することを目的とする.mSQIは出現種の拡張相対優占度(ESn)と指標種のスコア(s-score)を乗算し,それらを総和することにより調査地点の状態を評価する指数である.ESn はすべての調査対象地域または研究期間中に最大優占度を示す種に対する相対優占度である.s-score は種の特性を示した値であり,ESn をオクターブ変換し禁牧区と放牧区の比から算出した.s-score が1 より大きい種は放牧によって減少することを示し,1 より小さい種は放牧によって増加することを意味する.本研究でもこれまでに嗜好性が低いと報告されている種に低いs-scoreが与えられ,mSQI を低下させていた.すなわち,mSQI による評価は,利用価値の低い植物現存量が増えても土地の状態が良くなったと判断する従来の定量的な評価方法とは異なり,現地牧民が期待する利用価値の高い草原を示すことができる種の定性的な特性も加味した新たな評価方法である.
  • 南野 拓也, 高嶋 敦史, 吉田 茂二郎, 石井 弘明
    2015 年 32 巻 1 号 p. 57-63
    発行日: 2015/06/25
    公開日: 2015/08/07
    ジャーナル フリー
    1. 樹上に着生する木本植物の種組成と群落構造を定量的に明らかにするために,屋久島の針広混交林において,江戸時代の伐採後に更新したスギ(更新木)および伐採されなかったスギ(残存木)各1 個体にロープをかけ登り,直接測定による調査を行った.
    2. 更新木には計4 種8 個体の木本植物しか着生していなかったが,残存木には計12 種391 個体が着生していた.
    3. 残存木の樹上において,サクラツツジは幹の下部に多く着生しており,アクシバモドキは樹冠下層中層,ナナカマドは樹冠上層,といった着生種の階層化がみられた.
    4. 樹上で個体数の最も多かったアクシバモドキとナナカマドのサイズ構造はL 字型の頻度分布を示し,地上にはほとんど存在しなかったことから,樹上で自然更新していると考えられた.
    5. 本調査地のように過去に伐採された森林においては,残存木が地上には存在しない種の逃避地の機能を果たし,森林の種多様性の豊かさに貢献している可能性があり,残存木を保護することによって,森林の種多様性保全に貢献できると考えられる.
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