横光利一研究
Online ISSN : 2424-2462
Print ISSN : 1348-1460
最新号
選択された号の論文の15件中1~15を表示しています
── 特集『文藝時代』創刊一〇〇年 ──
  • ─新感覚派論争再び ─
    中村 三春
    2024 年2024 巻22 号 p. 1-15
    発行日: 2024年
    公開日: 2026/04/01
    ジャーナル オープンアクセス
    「新感覚派」の呼称を生んだ千葉亀雄の評論「新感覚派の誕生」(一九二四・一一)は、「小さな穴」で「大きな内部人生」を「象徴」すると論じたが、これはいわゆる表出的全体性に依拠した芸術表現にほかならない。その意味でそれは表現主義的であると同時に、最も広義のリアリズムの理念とも合致する。しかし、そこに見出された「大きな内部人生」は、現代アートという「芸術の非人間化」(オルテガ・イ・ガセット)段階を迎えた芸術のあり方を受け入れられず、製作者と受容者が見出そうとして見出した幾つかの仮説に過ぎなかったのではないか。伝統的な代理表象の観念に躓いた従来の文芸受容について改めて論じてみよう。
  • ─『文藝時代』創刊と新感覚派の東京をめぐって―
    十重田 裕一
    2024 年2024 巻22 号 p. 16-26
    発行日: 2024年
    公開日: 2026/04/01
    ジャーナル オープンアクセス
    文学流派を示す新感覚派が、評論家の千葉亀雄によって『文藝時代』同人たちに与えられたものであることはよく知られている。しかし、『文藝時代』同人の多くが大正時代に地方から高等教育を受けるために上京してきた若者たちであったことの意味は、十分に検討されてはいない。本稿では、横光利一・川端康成・片岡鉄兵の三人を中心に、新たなメディア環境の中で『文藝時代』がいかに創刊されたかを考察する。一〇〇年前の日本の文学界が男性中心であったことから、「上京青年」たちについての言及が中心となるが、新感覚派の文学活動に共感した女性作家、尾崎翠にも本論の末尾で照明を当てることにしたい。
  • ──一九二五年の文壇言説空間の中で──
    三浦 卓
    2024 年2024 巻22 号 p. 27-40
    発行日: 2024年
    公開日: 2026/04/01
    ジャーナル オープンアクセス
     一九二四(大正一三)年一〇月に創刊された『文芸時代』はその創刊自体がすでに同人と菊池寛との関係をめぐる文壇ゴシップの対象であった。創刊号はそのような言説への反論から始まるが、それは文壇政治をめぐるゴシップ的に把握されるこ とへの嫌悪感が〈文学〉への真摯さの主張とともに表現されている。しかし、そのような志向とはうらはらに、特に翌一九二五(大正一四)年は文壇ゴシップの年であったともいえる状況となる。その大きな要因として『文芸春秋』と並んで『文芸 時代』をも仮想敵とした『不同調』が七月に創刊されたことを挙げることができる。本稿は一九二五年の文壇言説空間での文壇ゴシップに関して『文芸時代』を視座にして、『不同調』なども含めつつ概観するものである。
  • ──『文芸時代』における構成派受容──
    梁 馨蓉
    2024 年2024 巻22 号 p. 41-57
    発行日: 2024年
    公開日: 2026/04/01
    ジャーナル オープンアクセス
     本稿では、新感覚派時代の横光利一に焦点を当て、同時代に興隆した構成派芸術とくに村山知義の文学活動との関連を検討したうえで、短篇作「街の底」(『文芸時代』一九二五・八)における空間造形の特質を明らかにする。「街の底」の世界は思考不能な主人公「彼」の知覚によって構築されている。それにより、本作の表現は前半の整頓された「街」(昼)と後半の崩壊した「街」(夜)に分裂を生じさせていると同時に、その齟齬が「彼」の中に集約されている。これが横光のいわゆる「構成派の智的感覚」の内実を示しているのである。要するに、本作に認められるのは、震災体験に直面した人間の入り組んだ感情の受け皿として構成派的な方法論を導入するという横光独自の創作意識である。
  • ──書くものから書かれるものへ──
    大久保 美花
    2024 年2024 巻22 号 p. 58-65
    発行日: 2024年
    公開日: 2026/04/01
    ジャーナル オープンアクセス
自由論文
  • 英 荘園
    2024 年2024 巻22 号 p. 66-80
    発行日: 2024年
    公開日: 2026/04/01
    ジャーナル オープンアクセス
     「春は馬車に乗つて」(『女性』、一九二六年八月)に代表される横光利一の病妻小説群には、妻への愛情を主張する説と主人公の内面を強調する説という二つの流れがあった。本論文では、横光の病妻小説を親族の死を描く小説というより広い文脈で捉え、この系列に一貫する「運命」というキーワードを指摘した。横光は、東洋的運命観から出発し、その理論的根拠を西洋科学に求めていた。彼は、社会の発展や人類の歴史が自然現象の周期性によって支配されるという思想を形成する過程で、親族の死を何度も経験した。彼は、創作を通して、親族の生命を周期的自然現象として統合し、その思想を伝達しようと試みたのである。
  • ──〈場〉の生成と死の表象──
    中村 梨恵子
    2024 年2024 巻22 号 p. 81-94
    発行日: 2024年
    公開日: 2026/04/01
    ジャーナル オープンアクセス
     横光利一「花園の思想」を論じた。この作品では、「肺療院」内外の〈場〉から〈場〉へと語り手である「彼」が移動することで〈場〉の形象が変容し、「彼」自身の死に対する認識も変化していく。本稿では、舞台である「肺療院」の記述が、発表当時の社会に醸成されていた「サナトリウム」と「都市」に対する認識を前提としていることを指摘した。このような具体的な場のイメージを基に、作品中でそれぞれの〈場〉の位相が規定されていく過程と、〈場〉の形象に変化をもたらす「彼」の機能を明らかにした。また、「街」に関する記述や、「彼」が媒体となることで「花園」内部の認識をも変容させていくことを指摘し、横光が「病妻もの」の前後で発表した「街」を描いた作品群との類似性にも言及した。
《第二三回研究集会・講演》
《小特集「子どもの表象」報告》
公開インタビュー
《「横光利一研究」別冊について》
《資料紹介》
feedback
Top