酵素モデルとしての大環状化合物を分子設計する場合に三つの基本的な構造形式が考えられる。すなわち, 図1に示すように環状空洞口の両側が開放されたままで蓋がないA型, 片側にのみ蓋があるB型, 両側とも蓋があるC型である。酵素モデルとしては通常環空洞内部および蓋の部分は疎水性をもつことが必要である。水溶液中で疎水性基質を取りこむためにはホストである大環状化合物の空洞がバルク相からなるべくしゃへいされている方が効果的である。従って, 基質を取りこむためだけであればA型よりもB型, B型よりもC型の方が優利であるはずである。勿論C型については少なくとも一方の蓋は可動であり, 基質の取りこみ過程では開口する柔軟構造でなければならない。
A型であれば基質が一方の空洞口から入ってきて, 生成物は他方の口から出ていくことになる。ところがB型になると基質が入ってきた口から生成物も出て行かなければならず, 分子運動エネルギーの損失がある。C型になると事態はもう少し複雑である。開口性蓋から入ってきた基質は空洞内で反応して生成物が同じ蓋から出ていくとしよう。基質と生成物の疎水性などの物性は同一でないと考えられるので, 基質が取りこまれ易ければ出て行き難いということになり, 触媒としての再生に問題がありそうである。図1では分解反応の例を示しているが, 矢印の方向を逆にできれば合成反応になる。大環状空洞内は一種のmagic boxであるといえよう。いかに高度の魔術性をもたせるかは分子設計次第であり, 酵素モデルの価値を左右することになる。
大環状化合物は会合状態でなく単量体として触媒機能を発現することができ, その構造は媒体の組成, イオン強度, pH, 温度などの外的条件に実際的にはほとんど左右されない。しかも触媒官能基は大環状骨格に固定されるため触媒基間の立体配置なども分子模型により確かめることができる。従って, 合成上の難易などの問題点はあるとしても, 空間充填型のCPK分子模型を用いることによりα一キモトリプシンの機能として提案されている電荷リレー系など酵素の活性中心の機能要因を大環状化合物で構築することも原理的には可能である。
本小文では代表的な環状化合物であるシクロデキストリン, クラウンエーテル, シクロファンなどについてその特性を解説したい。
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