企業での研究テーマを進める中で我々の目指している夢は, 物質変換のための酵素, 特に光学活性体の製造のために, 効率的な触媒となる新規酵素を提供し, 世の中で広く使用して頂くことである。酵素メーカーに所属していることから持ち続けているテーマである。入社間もない頃, 山田秀明先生 (京都大学名誉教授) のご講演の中で, 微生物にとって全く縁のない化合物が, いとも簡単に目的とする物質に変わってしまうマジックを聞き, なんとすばらしいことだという印象を持ったことを今でも鮮明に覚えている。また, 酵素という大きな分子の性質を簡単に変えてしまう遺伝子工学技術の進歩をみると, 21世紀に突入した今, どんな複雑な化合物までも目的とする形に変換できるようなスーパー酵素が作成されるであろうと想像するだけで楽しくなり, ますます夢が広がってくる。
さて, 現実的に, 酵素を有機化学の場で使用してみると, なかなか一筋縄では行かないのも事実である。酵素に影響を与えるファクターが多く, 反応条件を考える上でたいへん複雑なものとなっている。まず, 基質となる有機化合物は, 一般に水に溶けにくいため, 酵素反応の場を有機溶媒中, もしくは, 有機溶媒と緩衝液の2相系で行うことが多い。また, 酵素反応には, 適量の水分含量が必須もしくは必要であることなどから, 基本的には個々の酵素反応において最適条件を探索・確立する必要がある。そのことが, 別種の化合物を基質とする反応への応用を考えると, 障害ともなっている。結局のところ, 特定の基質で特殊な条件下で行う酵素反応に, これまでにない興味ある現象が見られるということになってしまう。
「酵素反応における立体選択性の予測は, 現時点で困難と言わざる得ない」が, 特定の条件下とはいえ, 予期せぬ結果が得られる時は, 研究者の大きな喜びであり, 次の新しい発見につながるきっかけともなる。
我々も, これまでに大変興味ある2つの酵素反応を観察している。
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