【はじめに、目的】 膝関節疾患患者は、疾患由来の疼痛に悩まされ、日常生活動作(以下、ADL)の低下だけではなく、生活の質(以下、QOL)も低下する。しかし、人工膝関節全置換術(以下、TKA)は、患者を疼痛から解放し、ADLやQOLの向上が期待される。近年、TKA術後のアウトカム評価は、医療者側の客観的評価と同時に、患者側の主観的評価も重要であると言われている。また、日本版膝関節症機能評価尺度(以下、JKOM)は、変形性膝関節症患者の患者立脚型のQOL評価尺度として開発され、信頼性・妥当性はSF-36やWOMACとの比較検討において認められている評価尺度である。JKOMを用いた報告は、術後3ヶ月以降の報告が多く、術後早期の報告は少ない。そこで、今回は術前から退院時までの短期間に示すQOLの変化と退院時のQOLに影響を及ぼす因子を検討することを目的とした。【方法】 対象はTKAを施行された15例17関節とした。性別は女性13例、男性2例、平均年齢は72.5歳(49-81歳)であった。原疾患は変形性膝関節症15関節、関節リウマチ2関節であった。検討項目は、1)JKOMを術前と退院時に調査し各合計点の術前と退院時の比較を行った。JKOMとは、「膝の痛みやこわばり」、「日常生活の状態」、「ふだんの活動など」、「健康状態について」を問う25項目からなる5段階スケールであり、点数が低いほどQOLがよいことを表す。今回は、在院中には回答が不可能な「ふだんの活動など」の全項目と「日常生活の状態」の買い物・簡単な家事・負担のかかる家事の3項目を除いた17項目にて評価を行った。回収後に、「膝の痛みやこわばり」の合計点、「日常生活の状態」の合計点、「健康状態について」の合計点、全項目の合計点(以下、総合計点)を算出した。次に、2)JKOMの総合計点に影響を及ぼす因子を検討するために、術前と退院時に膝屈曲・伸展可動域、10m最大歩行速度、両側膝疼痛VAS(以下、膝VAS)、両側FTA、「膝の痛みやこわばり」の合計点、「日常生活の状態」の合計点、「健康状態について」の合計点、年齢、術後在院日数を調査し、総合計点と相関関係とした。両側膝VASは、100点満点で算出した。統計学的検討は、1)ウィルコクソンの符号順位和検定、2)Spearman順位相関係数を用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の目的と方法、個人情報の保護について十分な説明を行い、同意を得られたものに対して実施した。【結果】 1)術前と退院時の各点数は、「膝の痛みやこわばり」の合計点は19.6点、9.8点、「日常生活の状態」の合計点は15.4点、9.4点、「健康状態について」の合計点は4.7点、2.5点、総合計点は39.5点、20.6点とすべてにおいて有意に改善を認めた。2)総合計点との関連は、術側膝VASではr=0.73、術後在院日数ではr=0.55、「膝の痛みやこわばり」の合計点ではr=0.88、「日常生活の状態」の合計点ではr=0.82、「健康状態について」の合計点ではr=0.91であり有意な相関を認めた。【考察】 術前から退院時までの間にJKOM各合計点は有意に低値となり、術後早期においてQOLの向上が認められた。総合計点に影響を及ぼす因子として、JKOMの項目では、「膝の痛みやこわばり」の合計点、「日常生活の状態」の合計点、「健康状態について」の合計点と高い相関を認め、痛みやこわばり・ADL・健康状態が改善したことにより、総合的なQOLが向上したと考えられた。その他に影響を及ぼす因子として術側膝VAS、術後在院日数が強い相関を認めた。遠原らは、術後3ヶ月の時期は、運動機能よりも、疼痛の程度がQOLに強く反映されると報告している。今回の研究においても、10m歩行速度などとは相関を認めず、術側膝VASが有意な相関を認めており、術後早期においても運動機能よりも、疼痛の程度がQOLに反映することがわかった。また、在院日数はQOLに反映しており、在院日数が短いほどQOLが向上していることがわかった。今後は、より具体的なQOLとの関連を調査するために、JKOM下位尺度との関連を検討したいと考える。【理学療法学研究としての意義】 患者立脚型のQOL評価であるJKOMを使用し、報告の少ない術後早期のQOLについて調査した。術後早期は、運動機能よりも疼痛の程度がQOLに反映していることがわかった。また、在院日数がQOLに影響しているとわかった。TKA術後の理学療法では術側膝疼痛をできるだけ少なくすることで、QOLの向上及び在院日数の短縮を図れるのではないかと考えられた。
抄録全体を表示