現在、国内で飼育されているオランウータン(
Pongo sp.)は約50頭であり、年々その数は減少し高齢化が進んでいる。輸送時の麻酔のリスクや、特にオトナ雄は環境変化によるストレスから体調不良になった例もあることから、個体の移動が困難で、血統の偏りも懸念されている。個体を移動させずに繁殖を可能とする人工授精(AI)の応用が期待されるが、本種のAIの成功例は世界で1例(2014年5月にLEO Zoological Conservation Centerで誕生)しかなく、方法が確立されているとは言い難い。AIを成功させるためには雌の交配適期を的確に把握するだけでなく、良質な精子を準備することも求められる。本研究では、本種の基本的な精液の性状を把握するために、無麻酔下で採取した3頭の雄の精液について、季節変化と採精後の時間経過に伴う運動精子率の低下について調べた。
2014年1月~2015年3月に毎月1回採精し、液量、精子濃度および運動精子率を調べた。その結果、運動精子率は7月、8月に比較的高い値を示したが、その他は明瞭な季節変化は認められなかった。採精後から24時間までの精子の活性は、無処理(採精後、液状部と凝固部を分けずに25℃一晩静置)の検体でも24時間後で68%の精子活性があった。さらに主にヒトの精子保存に利用されているP1保存液と、マカク類の精子保存に利用されているTTE保存液で希釈して時間経過を調べたところ、P1よりTTEで希釈した検体の精子活性が高い傾向があった。
家畜や実験動物のAIでは、精子の運動率の低下を招くとして凝固部を取り除いて精子を保存している例が見受けられるが、少なくともオランウータンでは、凝固部を取り除かなくても、精子活性が保たれることが明らかになった。これにより、採精した精液を25℃下に静置することで、24時間程度はAIに供することが可能と考えられた。
抄録全体を表示