Ⅰ はじめにブラジル北東部(ノルデステ)の熱帯半乾燥地域(セルトン)では,1970年代後半の大規模ダムの建設による灌漑農業の発展の結果,環境負荷の低減,貧困農民の定住化等への効果が期待される一方で,牧草地からの農地転用に伴う灌漑用水使用量の増加による地下水流動形態や水位への影響,施肥による周辺地下水や河川水水質への影響,これらの水文環境の変化に伴う農場周辺における植生環境への影響,安全な水の確保と健康被害,農業経営形態の大きな変化による地域住民の生活様式をはじめとする社会経済機構等への影響など様々な影響が懸念されている。本研究では,セルトンの典型的な土地利用変化を経験した事例農場を主な研究対象として地域住民の生活様式,社会経済機構,栄養・衛生状態への影響検証および地下水および河川水の水質・賦存量の実態検証を行い,それぞれの問題点の抽出から水資源・人間社会環境の旱魃への耐性について評価することを目的としている。
Ⅱ 対象地域の背景本研究対象地域はペルナンブコ州西部に位置するペトロリーナおよびその周辺地域である。この地域の代表的な植生であるカーチンガを流れるサンフランシスコ川中流域のペルナンブコ州西部は,地質的な理由から地下水利用に適した帯水層が形成されておらず,水質的にも悪い地域が広がっている。これらの地域では,16~17世紀にサトウキビ栽培によって繁栄した大西洋沿岸地域への食料供給地として牧畜業が発達した(丸山,2013)。頻発する干魃のたびに土地を所有しない貧農は,農場からの排斥によりアマゾンや沿岸諸都市への移住を余儀なくされ,不安定な生活を強いられてきた歴史がある。
この状況が大きく変化したのは,1978年のソブラディーニョダム建設以降に活発化したCODEVASFによる灌漑用水と農業団地の整備である。この結果,地域に安定収入がもたらされたことで住民の定住化が進み,ペトロリーナの人口は,約15万人(1989年)から約28万人(2009年)と大幅に増加している。
Ⅲ 研究の方向性プロジェクトの目的を達成するために,以下の課題を設け,現地調査を実施していく予定である。
1.土地利用・植生分布,土壌特性,水利用形態,地下水および河川水の水質・賦存量の実態検証と問題点の抽出
2.アグリビジネスの発展と貧困救済のための公的機関による大規模な灌漑施設および農業団地の建設と,地域住民の生活様式,社会経済機構,栄養・衛生状態への影響検証および問題点の抽出
3.農業経営・生産形態の変化に伴う水文環境・人間社会環境の干魃への耐性の評価
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